-tsukushi-
類の両親が、帰国する。
類は心配いらないって言うけど、あたしの胸は不安でいっぱいだ。
「ちょうど、日本に来る予定があったんだ。それを1週間早めてもらった。大事な話があるとだけ言ってある。大丈夫、俺からちゃんと話をするから。牧野は俺の隣にいてくれればいいから」 いつものようにやさしく笑ってくれる類。 この笑顔に、何度救われたかわからない。 あたしは類の袖をきゅっと掴んだ。
「お帰りなさい」 「牧野さん、お久しぶりね。まあ、以前よりもずいぶんおきれいになったんじゃない?」 「あ、ありがとうございます」 「まあ、座らないか。話があるんだろう?食事でもしながら話そう」 類のお父さんが既に食事が運ばれてきているテーブルの席について言った。 「悪いが、あまり時間がないんだ。1時間後には出なきゃならん」 「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね、牧野さん。せっかっく久しぶりにお会いできたのに・・・・・」 「いえ、こちらが無理にお願いをしたんですから・・・・・」 「牧野、座って。時間がないなら、早く食事を済まそう」 そう言って類に促され、席に着く。 続いて類のお母さんが席に付き、4人で食事を始めたのだった・・・・・。
「牧野が、妊娠したんだ」 オブラートに包むこともなく、いきなりそう切り出した類。 目の前に2人並んで座っていた類の両親が、一瞬食事の手を止め、目を見開いた。 「まあ、それは・・・・・」 「確かなのか?」 「病院に行って診察を受けてるよ。だから呼んだんだ。俺は・・・・・牧野と籍を入れたいと思ってる。1日でも早く。それを、報告したかったんだ」 夫妻が、顔を見合わせる。 その表情からは、考えを読み取ることまではできない。 「報告、か。許しを得たいとかじゃないところがお前らしいな」 肩をすくめて、お義父さんが苦笑した。 「反対する理由はないでしょ?」 類の言葉にお義母さんも苦笑する。 「適わないわね。あなたには。籍を入れるのはいいとしても・・・・・これからどうしようと考えているの?あなたは」 お義母さんの言葉に、類はチラリとあたしを見てから口を開いた。 「時期を見て、式を挙げたいと思ってます。牧野の体の事もあるから、それは牧野と相談して決めたい」 類の言葉に、お義母さんがクスクスと笑いだす。 「ごめんなさい、急に。あなた、相変わらず牧野なんて呼んでいるのね。籍を入れるのなら、そろそろ名前で呼んであげなくちゃ」 「そうだな。もうすぐ花沢になるのに牧野はおかしいな」 お義父さんまでがクスクスと笑っている。 予想外の和やかなムードに、あたしはなんとなく何も言えないでいたが、それでもなんとか口を開く。 「あ、あの」 「なあに?牧野さん」 「あの・・・・・大学は、辞めなくちゃいけないんでしょうか」 夫妻が、顔を見合わせる。 「・・・・・つくしさんはどうしたいんだね?」 お義父さんの言葉に、あたしはごくりと唾を飲み、口を開いた。 「私は・・・・・出来れば、辞めたくないです。せっかく通わせて頂いているのに、途中で辞めてしまうのはもったいないと・・・・・」 「だったら辞めることはないわ」 そう言ってお義母さんが優しく微笑んだ。 「休学という処置が必要にはなると思うけれど、辞める必要はないわ。休学して、1年は育児に専念して欲しいところだけれど・・・・・その辺は類とも相談して決めるといいわ。もちろん、その間は類にも日本にいてもらうようにします。類の仕事についてはいくらでも調整できるわ。ねえ、あなた?」 お義母さんに笑顔を向けられ、お義父さんは困ったように肩をすくめた。 「まあ、仕方がないな。類とつくしさん、そしてかわいい孫のためとあらばこちらは何でもしよう」 そう言って、お義父さんはあたしに笑顔を向けた。 「・・・・・心配していたんじゃないかね?私たちに反対されると。婚約したとは言え、まだ大学生の身だ。君は、まじめな子だ。もちろん子供のことも考えただろうが、類の仕事のことも心配していたんじゃないかな?」 何もかも、あたしの気持ちをわかってくれているような優しい瞳。 まるで類に見つめられているようで、あたしの胸がきゅんとなる。 「・・・・・言っただろう?君は、私たちにとっても大切な娘だ。君が苦しむようなことはしない。孫の誕生ももちろん楽しみだが・・・・・・君自身の体も、大切にしておくれ。いいね。無理だけはしないように・・・・・。わたしたちが君に言いたいことはそれだけだ。事務的なことは私たちに任せなさい。君は、くれぐれも体に気をつけるんだ。いいね」 「はい・・・・・。ありがとうございます」 「大丈夫よ。類だけじゃないわ。あの2人・・・・・総二郎君やあきら君も付いてくれてるんだもの。3人のナイトたちが牧野さん・・・・・いいえ、つくしさんにはついててくれてるんだもの。こんなに心強いことはないわよね」 お義母さんの言葉に、類がちょっと肩をすくめて見せた。 お義父さんが楽しそうに笑う。 「相変わらず楽しくやっているようだな。あの2人は頼りになるだろう。なんといってもつくしさんが信用しているようだからな」 お義父さんの意味深な言い方に、ちらりと類を見上げれば、類は苦笑してあたしの髪を撫でた。 「・・・・・俺も信用してるよ、あの2人のことは。牧野のことをどれだけ大事に思ってるか・・・・・きっと俺たち3人にしかわからない」 西門さんと美作さん。 あたしにとっても、類にとってもとても大切で、切り離せない存在・・・・・・。 あたしと類の子が生まれても、それは変わらないのだろうか・・・・・・。
「少しは安心した?」 類の両親が家を出た後、類があたしの肩を抱いて言った。 「うん・・・・・。ありがとう、類。あたし・・・・・なんだか幸せすぎて罰が当たりそう」 「何言ってんの。牧野はいつもがんばってる。それだけがんばってればこれくらいのご褒美は当たり前だよ。それに・・・・・新しい命のために、これからもっとがんばってもらわなくちゃいけない。だから、俺たちができることは何でもやらせて。遠慮はなしだよ。これから、俺たちは夫婦になるんだから・・・・・いいね?」 「ん・・・・・」 類の唇が、優しくあたしの唇に重なる。 何度も啄ばむような、やさしいキス。 類の傍にいたい。 類と一緒にいられれば、きっとどんなことも乗り越えていける・・・・・・。
この時のあたしたちは、この後起こる出来事を想像することなんて、とても出来なかった・・・・・。
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