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「つくし!!」 抱き起こそうとすると、つくしは真っ青な顔で俺を見上げた。 「類・・・・・あの子は・・・・・?」 「ああ、大丈夫だ。なんともない」 「そ・・・・・よかった・・・・・」 「つくし―――」 「大変!!破水してるわ!!」 駆け寄ってきた、さっきの車を運転していた女性が叫んだ。 「急いで病院に運ばないと!あの、かかりつけの産婦人科は近くですか!?」 「車で、10分ほどです」 「だったら、早く連れて行ってあげてください!」 「はい。つくし、運ぶよ」 つくしの体をそっと抱き上げ、車の傍へ行くとあの女の子の母親が俺の手から車のキーをとり、ドアを開けてくれる。 「あなた、タオルを引いてあげて。ほら、そこにあるわ。―――すいません、勝手に」 「いえ・・・・助かります」 女の子の父親の方が、後部座席に置いてあったタオルを座席に引いてくれる。 「そっと・・・・・衝撃を与えすぎると、赤ちゃんが出てきちゃいますから、なるべく安全運転で・・・・・でも、できるだけ急いであげてください」 「ありがとう」 俺が礼を言うと、女の子の母親は涙ぐんで首を振った。 「お礼なんて、言わないでください。きっと、わたしたちのせいで・・・・・・」 「いや、あなたのせいじゃありません。彼女が無理しすぎたのと、それに気付かなかった僕のせいです。じゃ、失礼します」 「わたし、ついていたほうが・・・・・・」 なおも申し訳なさそうに言う母親に、俺は再び首を振り、笑って見せた。 「大丈夫です。彼女は、強い女ですから。それに、僕がついてます。じゃあ」 車に乗り込み、その場を去る俺たちを見送りながら、2組の親子が頭を下げているのが見えた。
とにかく急がなければ。 後ろの席では、座席に横たえられたつくしが真っ青な顔をして荒い呼吸を繰り返している。 時折呼吸が落ち着いては、また突然苦しみだす。
陣痛が始まっているんだ。 破水しているのだから当然といえば当然だが、まだ予定日までは1ヶ月もある。 気ばかりが焦るのを何とか抑えるように、俺は運転に集中する。
病院に向かう途中、信号待ちしている時に白井先生に知らせる。 つくしは苦しそうにしながらも、いきまないよう必死で堪えていた。 「つくし、もうすぐ着くからがんばれ」 俺の言葉に微かに頷く。
俺はハンドルを握る手に力を込めた・・・・・。
「花沢さん!」 病院に着くとすぐに、白井先生と看護婦が駆けつける。 寝台につくしを載せ、すぐに分娩室へと運ぶ。 「陣痛は何分間隔はわかります?」 「たぶん、2分間隔だと」 「わかりました。類さんも立ち会いますか?」 「良いんですか?」 「お二人がよろしければ」 白井先生の言葉に、俺はつくしを見つめた。 つくしが俺を見て、頷く。 「・・・・・春日さん、類さんの白衣を」 白井先生の言葉に看護婦の1人が頷き、その場を離れたかと思うと、白衣など一式を持ってきて俺に渡してくれた。 それを身につけ、つくしの傍へ行くとつくしは白井先生の指示に従っていきみ始めていた。 「つくしさん、痛みが来たら力を入れて、そう、そのままいきんで。首を上げちゃダメよ。お腹に力入れて!そうよ、上手上手。類さん、つくしさんの肩を抑えてあげて」 「はい」 言われるまま、つくしの肩を抑える。 つくしは上体を起こさないよういきむという独特の方法を痛みが来るたび繰り返し、額からは汗が滝のように流れていた。 「もう頭が見えてるわ。つくしさん、もう少しよ!がんばって!」 「つくし、がんばれ!」 俺の手にも力が入る。 「はい、いきんで!そう、もっと力入れて!もう少し!もう一度!はい!――――出るわよ、はい、力入れて!―――よし!!」
その瞬間、白井先生の手には小さな赤い塊が滑り込むように収まり、次の瞬間には弱々しくもしっかりとした泣き声が響いたのだった。 「ふみゃああっ」 猫みたいだ、と瞬間的に思ってしまった。 白井先生はその子を看護婦に手渡すと、もう一度つくしに向き直った。 「さあ、つくしさん、もう一頑張りよ。また痛みが来るから、思い切りいきんで」 「は・・・・・はいっ」 1人目が無事に生まれたことが、つくしに新しい力を与えたようだった。 またすぐにいきみ始め、同じ動きを3度、4度と繰り返し・・・・・・ 「はい!2人目も出たわよ!」 「ふみゃああっ」 やっぱり猫の声・・・・・と思っていると。 「猫、みたい・・・・・」 大仕事を終え、息も絶え絶えのつくしが弱々しい声でそんなことを言ったので、俺は思わず噴出した。 「俺もおんなじこと、思ってた」 つくしが俺を見て、柔らかく微笑む。 その笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりもきれいに見えた。 「お疲れ・・・・・。頑張ったね」 そっと額の汗を拭ってやる。 「つくしさん、本当にお疲れ様。2人とも元気な男の子よ」 白井先生と看護婦の腕には小さな赤ん坊が抱かれていた。 「抱いてあげて下さい。お父さんも」 言われて、つくしは先生から、俺は看護婦から赤ちゃんを受けとる。
小さな体、小さな手、小さな足・・・・・。 全てが小さくて、全てが柔らかい。 そしてなんとも言いようのないぬくもり。
我が子を抱いた瞬間、つくしの表情が喜びの表情に変わり、それはまるで女神のようだと俺は思ったのだった・・・・・。
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