***Sweet Angel vol.36***




 -tsukushi-

 「おかえり」
 家に帰ると、部屋では類がベッドに腰掛けてあたしを待っていてくれた。
「ただいま」
 あたしがゆっくりベッドに近付くと、類があたしの手を引きゆるりと抱き締めた。
「・・・・・潮の匂いがする」
「うん。海に行って来たの」
「総二郎と・・・・・前に行ったっていう?」
「うん」
 そっと体を離し、至近距離で見つめられる。
「式の前に・・・・・牧野を借りたいって言われたんだ」
「うん」
「断わろうかと思ったんだけど・・・・・。最後の我が侭だって」
「最後の?」
「うん。式をあげて子供が生まれたら・・・・・やっぱり今までと同じってわけにはいかないだろうからって。その前に2人きりの時間をくれって言われたんだ」
「そう・・・・・だったんだ」
 『最後』という言葉があたしの胸を締め付ける。
 仕方のないことなんだってわかってはいるけど・・・・・

 「明日はあきらだって」
「え」
「大学が終わる頃、車で迎えに来るって」
「美作さんが・・・・・」
 美作さんともやっぱり『最後』になるのかな・・・・・。
 でもきっと、それが彼らの優しさだと思うから。
 あたしはただそれを受け止めるしかない・・・・・。

 「淋しそうな顔、してる」
 類があたしの頬に手を添える。
「・・・・・寂しい、よ。でも・・・・・わかってたことだから。大丈夫。あたしには・・・・・類と、この子がいるもの」
 そっと下腹部に触れる。
 服の上からでも微かにわかるほど、大きくなってきたお腹。

 ―――この中に、確かにあたしたちの子がいる。

 それは、幸せという名の命・・・・・。

 この幸せは、あたしだけのものじゃない。
 類と、それからあたしを見守ってくれた人たちが与えてくれた、幸せ・・・・・。

 『幸せになれよ』

 そう言ってくれた人たちの気持ちを、無駄にしちゃいけない・・・・・。

 あたしの手に重なるように、類もあたしの下腹部に手を置いた。
「・・・・・なんだか、不思議な感じだ」
「そう?」
「ん・・・・・。俺とつくしの子なのに・・・・・・もっとたくさんの、何かを感じる。きっとこの子はたくさんの愛情に包まれて生まれてくるんだね」
「うん・・・・・あたしもそう思うよ」
 
 類の唇が、優しくあたしの唇に重なる。

 冷たいのに、優しく、暖かいキス。
 何度も繰り返すうちに、なぜだか涙が頬を伝った。
 その涙を、類の唇が掬う。

 「海の味、みたいだ」
 くすりと笑みを零して言う類に、あたしも笑った。
「・・・・・なんだろうな。総二郎と2人きりにさせて、心配じゃなかったわけじゃない。嫉妬してる気持ちだっていつもと同じくらいあるのに・・・・・すごく、幸せな気分だ。ここに、つくしがいてくれる。それだけで、満たされるんだ。たとえ、つくしが誰と会ってても、帰る場所はここだって・・・・・必ず、俺の元へ帰ってくるって確信?そんなものを感じるよ」
「帰ってくるよ。あたしの居場所は、ここだもの」
「だからって、浮気はダメだよ。って言っても・・・・・あいつらならこう言いそうだな」
 類がおかしそうに笑う。
「なんて?」
「―――『俺たちのは、浮気じゃなくって本気だ』ってね」
 その言葉に、あたしはぷっと吹き出した。
「あは・・・・・ほんとに言いそう」

 類の腕が、あたしの腰を引き寄せそのまま抱きしめられる。
「・・・・・でも、妬いてるのも本当だから・・・・・ちゃんと、確かめさせて」
「・・・・・何を?」
「・・・・・つくしの気持ちを」
 そう言って、類はあたしの体を静かにベッドに横たえた・・・・・。


 翌日。
 大学の講義を終えて大学を出たあたしの前に、1台の車が止まった。
「よお、彼女。乗ってく?」
 そう言って運転席から顔を覗かせたのは、サングラスをかけてちょっと派手めなスーツに身を包んだ美作さんだった。
「うん、乗ってく」
 くすりと笑って助手席に乗り込むあたし。
 美作さんはサングラスを外すと、その優しい眼差しをあたしに向けた。
「じゃ、行こうか」
 その言葉に、あたしも笑顔で頷いたのだった・・・・・。









  

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