-tsukushi-
「おかえり」 家に帰ると、部屋では類がベッドに腰掛けてあたしを待っていてくれた。 「ただいま」 あたしがゆっくりベッドに近付くと、類があたしの手を引きゆるりと抱き締めた。 「・・・・・潮の匂いがする」 「うん。海に行って来たの」 「総二郎と・・・・・前に行ったっていう?」 「うん」 そっと体を離し、至近距離で見つめられる。 「式の前に・・・・・牧野を借りたいって言われたんだ」 「うん」 「断わろうかと思ったんだけど・・・・・。最後の我が侭だって」 「最後の?」 「うん。式をあげて子供が生まれたら・・・・・やっぱり今までと同じってわけにはいかないだろうからって。その前に2人きりの時間をくれって言われたんだ」 「そう・・・・・だったんだ」 『最後』という言葉があたしの胸を締め付ける。 仕方のないことなんだってわかってはいるけど・・・・・
「明日はあきらだって」 「え」 「大学が終わる頃、車で迎えに来るって」 「美作さんが・・・・・」 美作さんともやっぱり『最後』になるのかな・・・・・。 でもきっと、それが彼らの優しさだと思うから。 あたしはただそれを受け止めるしかない・・・・・。
「淋しそうな顔、してる」 類があたしの頬に手を添える。 「・・・・・寂しい、よ。でも・・・・・わかってたことだから。大丈夫。あたしには・・・・・類と、この子がいるもの」 そっと下腹部に触れる。 服の上からでも微かにわかるほど、大きくなってきたお腹。
―――この中に、確かにあたしたちの子がいる。
それは、幸せという名の命・・・・・。
この幸せは、あたしだけのものじゃない。 類と、それからあたしを見守ってくれた人たちが与えてくれた、幸せ・・・・・。
『幸せになれよ』
そう言ってくれた人たちの気持ちを、無駄にしちゃいけない・・・・・。
あたしの手に重なるように、類もあたしの下腹部に手を置いた。 「・・・・・なんだか、不思議な感じだ」 「そう?」 「ん・・・・・。俺とつくしの子なのに・・・・・・もっとたくさんの、何かを感じる。きっとこの子はたくさんの愛情に包まれて生まれてくるんだね」 「うん・・・・・あたしもそう思うよ」 類の唇が、優しくあたしの唇に重なる。
冷たいのに、優しく、暖かいキス。 何度も繰り返すうちに、なぜだか涙が頬を伝った。 その涙を、類の唇が掬う。
「海の味、みたいだ」 くすりと笑みを零して言う類に、あたしも笑った。 「・・・・・なんだろうな。総二郎と2人きりにさせて、心配じゃなかったわけじゃない。嫉妬してる気持ちだっていつもと同じくらいあるのに・・・・・すごく、幸せな気分だ。ここに、つくしがいてくれる。それだけで、満たされるんだ。たとえ、つくしが誰と会ってても、帰る場所はここだって・・・・・必ず、俺の元へ帰ってくるって確信?そんなものを感じるよ」 「帰ってくるよ。あたしの居場所は、ここだもの」 「だからって、浮気はダメだよ。って言っても・・・・・あいつらならこう言いそうだな」 類がおかしそうに笑う。 「なんて?」 「―――『俺たちのは、浮気じゃなくって本気だ』ってね」 その言葉に、あたしはぷっと吹き出した。 「あは・・・・・ほんとに言いそう」
類の腕が、あたしの腰を引き寄せそのまま抱きしめられる。 「・・・・・でも、妬いてるのも本当だから・・・・・ちゃんと、確かめさせて」 「・・・・・何を?」 「・・・・・つくしの気持ちを」 そう言って、類はあたしの体を静かにベッドに横たえた・・・・・。
翌日。 大学の講義を終えて大学を出たあたしの前に、1台の車が止まった。 「よお、彼女。乗ってく?」 そう言って運転席から顔を覗かせたのは、サングラスをかけてちょっと派手めなスーツに身を包んだ美作さんだった。 「うん、乗ってく」 くすりと笑って助手席に乗り込むあたし。 美作さんはサングラスを外すと、その優しい眼差しをあたしに向けた。 「じゃ、行こうか」 その言葉に、あたしも笑顔で頷いたのだった・・・・・。
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