-rui-
「俺、反対だよ」 家での食事中。 俺は、つくしの話にそう言い放った。 「類・・・・・」 つくしが困ったように眉を顰める。 「そんな、知りもしない女に会いにいくなんて」 「だって、教授に縁談の相手だよ?それに妊婦さんだし。とりあえず、会うだけ会ってみたいの。それで・・・・・できれば類たちが事情を知ってることも話して、類たちも協力できるってこと、教授に話したいの」 必死で俺を説得しようとするつくしに、溜息が出る。 人のために一生懸命になる。 それはつくしのいいところではあるんだけど・・・・・。
-tsukushi-
「類が、まだ吉野教授のこと信用してないっていうのはわかってるよ」 あたしの言葉に、類は箸を持つ手を止めた。 「そのくらい、あたしだって分かるんだよ。類は、いつも何にも言ってくれないけどさ・・・・・。でも、いつも一緒にいるんだもん。類が吉野教授に不信感持ってることくらい、わかる」 「つくし・・・・・すごい、成長したね」 「・・・・・その、保護者みたいな言い方やめて」 思わず顔を引き攣らせて言うと、類がぷっと吹き出した。 「変な顔」 「類!」 ひとしきりくすくす笑った後、類があたしの顔を見つめた。 「・・・・・わかった」 「え?」 「行ってもいいよ。だけど、俺も一緒に行く」 「ええ?でも―――」 「大丈夫。近くにいるだけ。たぶん・・・・・総二郎たちも同じこと考えてると思うから」 にっこりと微笑まれたら・・・・・ もう、あたしに断る理由は見つからなくて。 「もう・・・・・」 仕方なく、溜息をついたのだった・・・・・。
翌日、あたしは類の車に乗って、待ち合わせ場所のホテルへ向かった。 あたしがロビーできょろきょろしていると、ロビーの椅子に座っていた女性が立ち上がり、にっこりと微笑んだ。 とてもきれいな人だった。 ひっつめた髪はきれいなお団子にまとめられていて、色は透ける様に白く、上品なピンクの口紅が引かれた唇は程よく口角を上げ、品の良い笑顔を作っていた。 ふわりとしたお嬢様の雰囲気を持っていながら、英徳でよく見られたようなつんとした嫌味な感じをまったく受けることがない女性だった。
「こんにちは。私、今野美幸です。お会いできて嬉しいわ」 頬を紅潮させて、本当に嬉しそうに言うので、あたしの方が照れてしまう。 「い、いえ、こちらこそ・・・・・」 「上のバーでお話しましょ」 「あ、はい」 あたしが答えると、美幸さんはくすくすと笑った。 「緊張なさらないで。年もそんなに変わらないんですもの。もっと楽にしていて」 ふわりと、花の様に笑う。 女のあたしでも、思わず見惚れてしまうような笑顔。 こんな素敵な人の恋人って、どんな人だろう。 やっぱり素敵な人かな・・・・・
そんなことをぼんやり考えながらも、あたしの頭に思い浮かぶのは類の笑顔で。 その思考に、溜息がでる。 あたしの男の基準って・・・・・・
最上階までエレベーターで上がり、まだ客もまばらなバーに入る。 窓際の席に2人で並んで座り・・・・・ ちらりと後ろを見ると、類、西門さん、美作さんの3人が入ってくるのが見えた。
ノンアルコールのカクテルを頼み、2人で笑いあう。 「おかしいわね、バーに来て、2人してノンアルコールのものを頼むなんて」 「ほんと。お店の人、変な顔してたし」 「でも、下の喫茶スペースでは人が多すぎて・・・・・。ごめんなさいね、つき合わせてしまって」 申し訳なさそうに言う美幸さんに、あたしは首を振った。 「ううん。あたしも人の多いところは苦手だし。静かなところのほうが落ち着いて話せるからちょうどいいですよ」 そう言って笑って見せると、美幸さんもほっとしたように微笑んだ。 「孝一郎さんの言っていたとおり・・・・・素敵な人ね」 孝一郎―――吉野教授の名前ね。 「すごく、おもしろい子がいるんだって聞いてたの。いつもF4と呼ばれる人たちと一緒にいるんだけど、あなた自身はF4の友達だというのを笠に着るわけでもなく、飾らない人なんだって。あなたの陰口を叩く人もたくさんいるのに、決して怯まないんだって。そして勉強熱心で・・・・・あんなに熱心な生徒には会ったことがないって、嬉しそうに話してたわ」 「そんな・・・・・・それ、褒めすぎです。あたしだって講義中に寝ちゃうことだってあるし」 「ええ、それも聞いたわ。でも、その後にレポートを提出させると、寝ていたはずの講義の内容も、しっかり勉強してあるって感心してたの」 そりゃあ・・・・・学費を全て出してもらってるっていうのに、サボるわけにはいかないもの。 「その牧野つくしという人が・・・・・恋人の患者で、妊娠してるって聞いたときには、本当に驚いたって言ってたわ」 その言葉に、あたしは頷いた。 「あたしも、びっくり。まさか吉野教授と白井先生が恋人同士だったなんて・・・・・」 「縁談を断ることが出来なくて、孝一郎さんとお会いして・・・・・。おかしいのよ、彼。お見合いの席だっていうのに2人になった途端、自分の恋人や大学のこと、それからあなたのことばかり話して・・・・・。あたしと結婚するつもりはないって、そりゃあもう簡単に、まるで、今日の夕食はいらないって言うみたいに言ったんだから」 くすくすと笑う美幸さん。 「夕食、ですか・・・・・。それすごいですね。でも、教授らしいかも」 思わずあたしも噴出す。 飄々とした吉野教授が、美幸さんにそう言ったところを想像してしまう。 「それでね・・・・・あたしも、話すことにしたの。私の彼のこと、そして・・・・・お腹の中に赤ちゃんがいるということも」 そっと、下腹部に手を添える美幸さん。 愛しそうに、まるで宝物を見るみたいに自分のおなかを見つめる美幸さんは、とてもきれいだった。 「彼・・・・・孝一郎さん、少しも驚かなかった。あたしが無意識におなかを庇うような仕草をいていたことに、気付いてたのね。楽しみだねって、そう言ってくれたの。わたし、妊娠したことを彼にも・・・・・友達にも話すことが出来なくて、生もうかどうしようかとても悩んでいたから、孝一郎さんのその一言が本当に嬉しくて・・・・・・涙が出てしまったの」 今も、目にうっすら涙が光っていた。 「わかります。わたしも・・・・・妊娠してるかもって思ったときは、本当に悩みました。婚約はしていたけど、まだ大学生なのにって・・・・・」 あたしの言葉に、美幸さんも頷いた。 「精神的に、不安定になるものなのね。わたし、何を言われても彼とだけは別れないって決めていたのに、妊娠した途端、彼の負担になってしまうんじゃないかって思って、なかなか言い出せなかったわ。彼は、普通のサラリーマンで・・・・・彼の負担には、なりたくなかったから。でも、孝一郎さんと話して、何を悩んでいたんだろうって思った。わたしには、彼しかいないのにって・・・・・・それで漸く彼に告白して・・・・・すごく喜んでくれたわ。結婚しようって・・・・・言ってくれたの」 嬉しそうに。 本当に幸せそうに話す美幸さんが、とても素敵だった・・・・・・。
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