-soujirou-
「ボタンを外してた・・・・・って、どういうことだよ?それ!?」 思わず声がでかくなる。 あきらに手で制止され、慌ててまた声を抑える。 「・・・・・どういうことだ?」 吉野教授というのは、まだ30歳の若い教授で、先日の北條の事件のときつくしがレポートを提出しに来た教授だった。 「いや、俺も見たときにはびっくりしたんだけどよ。本人は全然悪びれた様子もなくて・・・・・。ただ、息苦しいだろうと思って上のボタンだけ外してやってたらしいんだけど」 あきらの言葉に、俺はほっと息をついた。 「なんだ、それなら・・・・・」 「ああ。心配ないと思う。それ自体は・・・・・。ただ・・・・・」 「ただ、何だよ?さっきから歯切れわりいな」 俺はちょっとイライラとしてあきらの顔を見た。 「桜子が言ってたことが気になるんだよ」 「桜子?」 「吉野教授てのは若いし、意外にフランクで学生たちにも人気がある。けど、やっぱり学生との間には一線を引いてるって言うか・・・・・必要以上に学生と親しくしたり、大学の外で学生と会ったりする様なことは決してしない人なんだって」 「へえ」 「だけど・・・・・なんでだかしらねえけど、ここのところつくしに対しては妙に親しげにしてて、講義の後にも2人で話してる姿をよく見るって。俺らは学科が違うからそこまで知らなかったけど・・・・・。同じ学科内では、吉野教授はつくしに気があるんじゃねえかってもっぱらの噂らしい」 「マジかよ」 「もちろんただの噂だけど・・・・・。総二郎、つくしから吉野教授の話なんか聞いたことあったか?」 あきらの言葉に、俺は首を振った。 「いや・・・・・ねえな」 いやな感じだ。 俺たちの知らないところで、つくしに近づくやつがいる。 牧野は無防備だから、相手に下心があってもそれに気付かず心を許してしまうところがある。 「学科が違うのに、俺たちがつくしのあとをのこのこくっついてくわけにもいかねえ。かといって桜子あたりに頼むのにも限界がある。つくしが・・・・・もう少し用心してくれると良いんだけどな・・・・・」 あきらが溜息をつくのに、俺も頷く。 「同感。それにしても、どういうつもりなんだ、その吉野教授・・・・・」 「ん・・・・・・」 そのとき、身じろぎをしてつくしがゆっくりと目を開いた。 「つくし、大丈夫か?」 俺の声に、ゆっくりとこちらに頭を動かす。 「・・・・・西門さん、美作さんも・・・・・ここは・・・・・」 「大学の医務室だよ。お前、講義中に貧血起こして倒れたんだって。ちゃんと飯食ってんのか?」 俺の言葉に、つくしはちょっと眉を顰めた。 「食べてるけど・・・・・いつも途中で気持ち悪くなっちゃって。一度にたくさんは食べられないの。気をつけてるつもりだったんだけど・・・・・」 「病院、行くか?」 あきらの言葉に、つくしは首を振った。 「大丈夫。貧血のお薬はもらってるから。・・・・・雪乃さんに相談して、食事の方法を考えてみる」 「分かった。類は、今日6時ごろまでには帰るってさ。それまでは、俺たちがついてるから」 「え・・・・・大丈夫だよ。もう・・・・・送ってもらえるなら、家でおとなしくしてるし・・・・・」 そう言うつくしに、俺たちは首を横に振った。 「ダメだ」 「お前がよくても、俺たちの気がすまねえし」 「それに、お前に聞きたいこともあるし。ゆっくり休めると思うなよ?つくしちゃん」 にっこりと微笑んでそう言えば、つくしの顔が、心なしか引きつったのだった・・・・・。
「吉野教授が・・・・・?」 花沢邸までつくしを送り、つくしの部屋でソファーでつくしを休ませ、俺たちはその傍へ椅子を持ってきて座った。 「そ。お前を医務室まで運んでくれたんだと」 「そうなんだ・・・・・。じゃ、明日お会いしたらお礼言わなきゃ」 「で・・・・・その吉野教授のことだけど」 俺がじっとつくしを見つめると、つくしはきょとんとしながら俺を見返す。 「何?」 「お前・・・・・吉野教授と仲いいの?」 「へ・・・・・?仲・・・・・悪くはないけど・・・・・それ何?」 わけがわからないというふうに呆けた顔をするつくし。 「お前・・・・・その顔馬鹿っぽいぞ」 俺の言葉に、むっと顔を顰める。 「何よそれ」 「総二郎、つくしに遠まわしな言い方しても無駄だぜ」 「らしいな」 「だから何!!」 つくしが声を荒げるのに、俺とあきらは顔を見合わせた。 「・・・・・じゃあ聞くけど」 「何よ」 「吉野教授がお前に気があるって噂、聞いたんだけど」 あきらの言葉に、つくしが目を瞬かせる。 そして口を開こうとしたとき―――
「それ、ほんと?」 声の主は、類だった。 「類?ずいぶん早かったね」 つくしが目を丸くする。 まだ5時になったばかりだ。 「早めに終わらせたから。そんなことより、吉野教授って・・・・・」 「こないだ、類も会っただろ。北條の事件のとき、つくしがレポート出しに行った教授」 「ああ・・・・・。それで、何であの教授が?」 「それを、つくしに聞きたい。お前から、あの教授の話を聞いたことってねえよな。どういうことか説明してくんねえ?」 俺の言葉に、つくしは首を傾げる。 「どういうことって言われても・・・・・・別に、何も怪しまれるようなこと・・・・・」 「噂になってるってほんと?それは何で?」 類の目が厳しい。 「噂なんて、あたしは・・・・・」 「桜子に聞いた。講義の後、よく2人で話し込んでるって。それが、他の奴が入っていきにくいほど親しげな感じで、どう見ても怪しいって」 あきらの言葉に、つくしがぎょっと目をむく。 「そんなことないってば!桜子が大袈裟に言ってるだけだよ。別に、普通に話してるだけだし・・・・・」 「何を?」 類が、相変わらず厳しい目でつくしを見つめる。 「教授と、いつも何話してるの?」 「え、それは・・・・・」 そこで、言いよどむつくし。 困ったように眉を寄せるつくしを見て。
聞かれたら困るような内容なのだろうかと、勘ぐってしまうのは仕方のないことのような気がした・・・・・。
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