-tsukushi-
北條君の部屋の前に立ち、1つ深呼吸をする。 「・・・・・つくし、大丈夫?」 類が、心配そうにあたしの顔を覗き込む。 「うん。皆一緒だから・・・・・大丈夫」 ちょっと笑って見せてから、あたしはインターホンを押した。
暫く間があってから、インターホンのスピーカーから声が聞こえた。 『・・・・・はい。どなた?』 「北條君?あたし、牧野です」 正確にはもう花沢なんだけれど・・・・・ 話がややこしくなるので、とりあえず牧野で通すことにした。
向こうで、息を呑むのがわかる。 「少し、話がしたいんだけど・・・・・・開けてくれる?」 『・・・・・・わかりました』 そう言ってぷつりとインターホンが切れ、暫く間があった後、扉の鍵が外れる音がした。
扉を少しだけ開け、顔を覗かせる北條君。 相変わらず血走った目をぎょろりとさせ、あたしを見た。 そしてF3が揃っているのを見て、戸惑ったような表情を見る。
あたしは、北條君の顔を見た途端、体が震えだすのを感じていた。 足ががくがくと震える。 そのあたしの肩をしっかりと抱き、支えてくれているのは類だった。 「・・・・・・話って?」 「とりあえず、入れろよ。落ち着いて話せねえだろ」 そう言って扉をぐいと開けたのは、西門さん。 扉に手をかけていた北條君が、よろけるように出てくる。 「そ、そう言われても、今荷造りしてるから・・・・・」 「・・・・・いつ、帰るの?」 「明日だよ。母親が、早い方がいいからって」 そう言って、北條君は俯いた。 あたしとは、目を合わせようとしない。 「・・・・・あたしに、何か言うことないの?」 その問いに、北條君は落ち着きなく手を握り合わせ、まるで誰かに聞かれでもしないかと心配するようにきょろきょろと周りを見回した。 「誰かに聞かれるのが心配なら、中に入れろよ」 美作さんにそう言われ、北條君は仕方ないといったように肩を竦め、あたしたちを中に通した。
部屋に散乱したダンボールと洋服や日用品、本など。 雑然とした部屋で、あたしたちは思い思いの場所に立ったまま話をすることにした。 とてもじゃないが、座ってくつろぐような場所じゃないし、状況でもなかった。
「それで・・・・・僕にどうしろと?」 北條君が口を開いた。 その言葉に、西門さんの眉がピクリと動いた。 「どうしろ、だって・・・・・?」 そして、つかつかと北條君に近づき、その胸倉を掴んだ。 「てめえ!つくしは死ぬとこだったんだぞ!お前のせいで、2人の人間が死んじまうとこだったってのに、どうしろってのはどういうことだこら!!」 「ちょ、ちょっと西門さん!!」 あたしが西門さんを止めに行こうとするのを、隣にいた類があたしの手をやんわりと引いて止めた。 「つくし、いいよ」 「だって・・・・・」 「あれくらい、やられたほうがいい。俺だって、殴りたいくらいだから」 そう言って北條君を見た類の目は、激しい怒りを含んでいるようだった。 「同感」 美作さんも北條君を睨みながら言う。 「お前に何かあったら・・・・・・殴るくらいじゃ済まさないところだぜ」 「美作さん・・・・・」 「く・・・・苦しい・・・・・」 北條君が苦しそうに顔を歪めるのにも、西門さんはその手を緩めようとしない。 「ああ、苦しいだろうな。あの時のつくしも、お前以上に苦しかったはずだぜ。お前って男がどんなにサイテーな奴かも知らずにのこのこ着いてって、そしてサイテーな形で裏切られたんだ。もしもつくしに、つくしと類の子に何かあったら、今お前はこの世にいなかったかも知れねえぜ」 「ぐっ・・・・・」 北條君の顔色が、どんどん青くなっていく。 「やめて!」 あたしは2人に駆け寄り、西門さんの腕を押さえた。 西門さんがぱっと北條君を離し、北條君はその場に崩れ、げほげほと苦しそうに咳き込んだ。 「・・・・・なんだよ・・・・・そんな子供なんて・・・・・・誰の子か、分かったもんじゃない・・・・・」 咳込みながら、そんなことを言い出した北條君。 これに、F3の顔色が変わった。 「てめえ・・・・・」 「死にてえらしいな・・・・・・」 3人が一歩踏み出した瞬間。
あたしは、北條君の頬を平手で打っていた。
パンッ!!
という乾いた音が響き、部屋にいた全員が固まった。
「・・・・・あんたなんか、大っキライ」 その言葉に、北條君は目を見開いた。 「あんたなんかに、あたしは負けない。自分の体も、お腹の子の命も、あたしが守って見せる。自分の勝手な思いだけで、人の気持ちも考えない、命の大切さもわからないあんたなんかに、絶対負けない!」 そう言って睨みつけるあたしに、何も言い返さず、ただ固まっている北條君。 「・・・・・もっと・・・・・ちゃんと、相手を見なよ。あんたは、あたしのことを好きだって言ったけど、本当に好きだったらその人を傷つけるようなこと、出来ないはずだよ。本当に好きだったら、相手の気持ちを1番に考えてあげてるはずだよ。あなたは、ただあたしを好きになったと思い込んで、あたしを自分のものにしようとしただけ。そんなの・・・・・・愛情じゃない」 真っ直ぐに北條君を見つめてそう言うあたしから目を逸らし、俯く北條君。 「もう会うこともないだろうから、ここで全部言いたいこと言っておこうと思って、来たの。本当は、絶対謝らせてやろうと思ってたんだけど・・・・・それは、もういい。無理やり謝らせてもしょうがないし。だけど、これだけは言っておく。・・・・・あたしと、彼らとの関係をあんたにとやかく言われる覚えなんかない。あたしにとって、彼らは特別で・・・・・とても大切なの。その大切な人たちを馬鹿にするようなこと・・・・・二度と言わないで!」 「僕は・・・・・・誰かのことを、そんなふうに思ったことはない。僕にとって、特別は君だけだった・・・・・」 「あなたの事、大切に思ってくれてる人だっているはずだよ」 「そんなの・・・・・」 「・・・・・あなたの両親があなたを英徳大に入れたのは何のため?あんなバカ高い学費を払って、あなたに1人暮らしをさせてまで入れたのは?あなたのためを思ってのことでしょ?そんな両親の思いを・・・・・・無駄にしないで。ご両親には・・・・・ちゃんと謝ってよね」 あたしはそこまで言うと、北條君に背中を向けた。 「つくし・・・・・」 類が、あたしの肩を抱く。 「帰るか」 西門さんが先に立って歩き出す。 「じゃあな。もう二度と俺たちの前に姿現すなよ」 美作さんが一瞥し、最後に部屋を出た・・・・・
全員でマンションを出て、ほぼ同時にそのマンションを見上げる。 こぎれいな、まだ新しいマンション。 きっと家賃だって安くないだろうこのマンションに彼を住まわして、憧れの大学に通っていると思っていた彼の両親は、今何を思っているだろう。
だけど・・・・・ 北條君が望んでいた生活は、そんなものじゃなかった。 それに両親が気付いてたら・・・・・・ 北條君が、自分の望む道を進んでいたら・・・・・・
それは、北條君とその両親がこれから解決していくことだ。
もう、あたしは・・・・・・
「・・・・・つくし。行こう」 類に促され、あたしは車に乗り込んだのだった・・・・・。
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