***Sweet Angel vol.20***




 -tsukushi-

 大学に着くころ・・・・・
 あたしは、ふと思いついて言った。
「ね・・・・・今日は、レッスンもお稽古も、ない日だよね」
 その言葉に、西門さんが頷く。
「ああ。けど、家まではちゃんと送っていくぜ」
「うん。でも、その前に、行きたいところがあるんだけど・・・・・できれば、2人と一緒に」
「俺たちと?」
 2人が、バックミラー越しに顔を見合わせる。
「うん。北條君のところに・・・・・・」


 「正気の沙汰じゃねえ。なんだってまたあいつのところになんか!」
 大学での講義が終わり、再び西門さんの車の中で。
 車の運転をしながら西門さんが文句を言うのに、美作さんも頷く。
「まったくだぜ。類から聞いてるだろ?北條は、昨日の内にもう退学届けを出してる。たぶん実家のある四国の方へ帰るはずだ。そうなればもうこっちへ来ることもない。会うことだってないはずだ。このまま、あいつとは関わらない方がいいんじゃないのか?」
「うん・・・・・類にも言われたし・・・・・そのときはあたしもそう思ったよ。あの時は本当に死ぬかと思ったし、すごく怖かった。だから・・・・・もう2度と顔も見たくないって」
「なら・・・・・」
 西門さんが何か言おうとするのを、あたしは遮った。
「待って。でも、あの時傷ついたのは、あたしだけじゃない・・・・・。きっと、北條君も傷ついた・・・・・」
「その傷を、えぐることになるかもしれないぜ?」
 西門さんがバックミラー越しにあたしを見る。
「もう、お前に会わないほうが・・・・・あいつのためかも知れねえぜ?」
「うん、そうかも・・・・・・。でも、それでもあたし、けじめをつけたいの。ちゃんと北條君に会って、話をして・・・・・けじめをつけないと、あたしは前に進めない。類と結婚して、赤ちゃんを産んで・・・・・・でも、きっと今回のことを忘れることはない。きっと・・・・・夢に見る・・・・・ずっと」
 西門さんと、美作さんがちらりと視線を交わした。

 昨日、夢を見た。

 ぎょろりと見開かれた目。
 その目に捉えられ、あたしは動くことが出来ない。
 やがて彼の骨ばった手が、あたしの首にかかる。
 喉に食い込む指。
 息が出来ない・・・・・・。
 苦しくて、もがいて・・・・・目が覚めた。

 隣には、愛しい人の穏やかな寝顔。
 それを見ただけで、少し落ち着くことが出来た。
 だけど・・・・・

 そんな悪夢にまたうなされる事があるのかと思ったら、ぞっとした。
 類の傍に、ずっといたい。
 そこがずっと、安心出来る場所であるように・・・・・・

 そのために、あたしはけじめをつけたいと、そう思ったんだ・・・・・
 もう、あんな夢を見ないで済むように・・・・・。


 「つくし・・・・・」
 美作さんの声に、はっとする。
 知らないうちに、あたしの目からは涙が零れていた。
「・・・・・泣きたいときは泣け。あんだけつらい目にあったんだ。泣きたくなったって当然」
「ちが・・・・・あたし、何で涙・・・・・」
 慌てて涙を拭おうとして、その体を引き寄せられる。
 美作さんの腕の中に収まったあたしは、抗うことが出来なくて、結局そのまま身を任せていた。
 その場所が、あまりにあったかくて、また涙が出てきた・・・・・。
「お前は、なんでも自分の中に溜め込みすぎるんだ。泣くほど辛かったことに・・・・・自分でも気付いてなかったんだろ」
 西門さんが、優しい声音でそう言った。
「だけど・・・・・お前の傍には、こんなにいい男が3人もいるんだぜ?もっと甘えろよ」
「・・・・・できないよ・・・・・慣れてないから、甘えるの・・・・・」
「けど、類だってきっと・・・・・・俺たちと同じこと考えてる。お前の気持ちにも、気付いてるよ」
「え・・・・・?」
 美作さんの言葉に、顔を上げる。
 車が静かに路肩に寄って止まる。
 窓の外を、顎で指し示す美作さん。
 視線を外に向けると、そこにはちょっとむっとした表情をした類が、立っていた・・・・・。


 「泣くのは、俺の腕の中にしてよ」
 車に乗り込んできた類が、あたしを抱き寄せる。
 美作さんは助手席に移動させられていた。
「ご、ごめん・・・・・でも何で?仕事は?」
「早めに終わらせてきた。気になって・・・・・昨日、うなされてたみたいだから」
「・・・・・・気付いてたの?」
「半分寝てたよ。でも・・・・・・つくしが怯えてるの、気配でわかった。すぐに抱きしめてあげたかった。でも・・・・・つくしが俺のほうをじっと見ているのを感じて・・・・・なんとなく目が開けられないでいたら、そのうちまた俺に擦り寄るようにして、寝ただろ?きっと、そのまま寝かせてあげた方がいいんだろうと思って・・・・・」
「類・・・・・・」
 類の優しさに、また涙がこみ上げる。
 いつも、そうだ。
 あたしの気持ちを優先してくれる。
 あたしはそれに気づかなくて・・・・・
「もっと、甘えて欲しいと思うよ。だけど、つくしの性格はわかってるから・・・・・無理にとは言わない。ただ、ちゃんと覚えておいて。俺はいつだって、つくしのこと考えてるから・・・・・・これから先も、ずっとね。俺たち、もう夫婦なんだから・・・・・」
「うん・・・・・」
 優しく見つめる類の視線を受け止めて・・・・・
 あたしは、今度は涙を隠さずに笑った。
 隠したって、無駄だから・・・・・

 「着いたぜ」
 北條君のマンションに着くと、西門さんがそう言って車を止めた。
 類は先に車を降りると、あたしに手を差し伸べてくれた。
 あたしはその手を握り、車から降りた。
 西門さんと美作さんも、続いて車を降りてくる。

 学生向けのこぎれいなマンション。
 その最上階に住んでいる北條君。

 あたしは、1つ深呼吸をして・・・・・
 1歩、足を踏み出したのだった・・・・・。








  

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