-tsukushi-
大学に着くころ・・・・・ あたしは、ふと思いついて言った。 「ね・・・・・今日は、レッスンもお稽古も、ない日だよね」 その言葉に、西門さんが頷く。 「ああ。けど、家まではちゃんと送っていくぜ」 「うん。でも、その前に、行きたいところがあるんだけど・・・・・できれば、2人と一緒に」 「俺たちと?」 2人が、バックミラー越しに顔を見合わせる。 「うん。北條君のところに・・・・・・」
「正気の沙汰じゃねえ。なんだってまたあいつのところになんか!」 大学での講義が終わり、再び西門さんの車の中で。 車の運転をしながら西門さんが文句を言うのに、美作さんも頷く。 「まったくだぜ。類から聞いてるだろ?北條は、昨日の内にもう退学届けを出してる。たぶん実家のある四国の方へ帰るはずだ。そうなればもうこっちへ来ることもない。会うことだってないはずだ。このまま、あいつとは関わらない方がいいんじゃないのか?」 「うん・・・・・類にも言われたし・・・・・そのときはあたしもそう思ったよ。あの時は本当に死ぬかと思ったし、すごく怖かった。だから・・・・・もう2度と顔も見たくないって」 「なら・・・・・」 西門さんが何か言おうとするのを、あたしは遮った。 「待って。でも、あの時傷ついたのは、あたしだけじゃない・・・・・。きっと、北條君も傷ついた・・・・・」 「その傷を、えぐることになるかもしれないぜ?」 西門さんがバックミラー越しにあたしを見る。 「もう、お前に会わないほうが・・・・・あいつのためかも知れねえぜ?」 「うん、そうかも・・・・・・。でも、それでもあたし、けじめをつけたいの。ちゃんと北條君に会って、話をして・・・・・けじめをつけないと、あたしは前に進めない。類と結婚して、赤ちゃんを産んで・・・・・・でも、きっと今回のことを忘れることはない。きっと・・・・・夢に見る・・・・・ずっと」 西門さんと、美作さんがちらりと視線を交わした。
昨日、夢を見た。
ぎょろりと見開かれた目。 その目に捉えられ、あたしは動くことが出来ない。 やがて彼の骨ばった手が、あたしの首にかかる。 喉に食い込む指。 息が出来ない・・・・・・。 苦しくて、もがいて・・・・・目が覚めた。
隣には、愛しい人の穏やかな寝顔。 それを見ただけで、少し落ち着くことが出来た。 だけど・・・・・
そんな悪夢にまたうなされる事があるのかと思ったら、ぞっとした。 類の傍に、ずっといたい。 そこがずっと、安心出来る場所であるように・・・・・・
そのために、あたしはけじめをつけたいと、そう思ったんだ・・・・・ もう、あんな夢を見ないで済むように・・・・・。
「つくし・・・・・」 美作さんの声に、はっとする。 知らないうちに、あたしの目からは涙が零れていた。 「・・・・・泣きたいときは泣け。あんだけつらい目にあったんだ。泣きたくなったって当然」 「ちが・・・・・あたし、何で涙・・・・・」 慌てて涙を拭おうとして、その体を引き寄せられる。 美作さんの腕の中に収まったあたしは、抗うことが出来なくて、結局そのまま身を任せていた。 その場所が、あまりにあったかくて、また涙が出てきた・・・・・。 「お前は、なんでも自分の中に溜め込みすぎるんだ。泣くほど辛かったことに・・・・・自分でも気付いてなかったんだろ」 西門さんが、優しい声音でそう言った。 「だけど・・・・・お前の傍には、こんなにいい男が3人もいるんだぜ?もっと甘えろよ」 「・・・・・できないよ・・・・・慣れてないから、甘えるの・・・・・」 「けど、類だってきっと・・・・・・俺たちと同じこと考えてる。お前の気持ちにも、気付いてるよ」 「え・・・・・?」 美作さんの言葉に、顔を上げる。 車が静かに路肩に寄って止まる。 窓の外を、顎で指し示す美作さん。 視線を外に向けると、そこにはちょっとむっとした表情をした類が、立っていた・・・・・。
「泣くのは、俺の腕の中にしてよ」 車に乗り込んできた類が、あたしを抱き寄せる。 美作さんは助手席に移動させられていた。 「ご、ごめん・・・・・でも何で?仕事は?」 「早めに終わらせてきた。気になって・・・・・昨日、うなされてたみたいだから」 「・・・・・・気付いてたの?」 「半分寝てたよ。でも・・・・・・つくしが怯えてるの、気配でわかった。すぐに抱きしめてあげたかった。でも・・・・・つくしが俺のほうをじっと見ているのを感じて・・・・・なんとなく目が開けられないでいたら、そのうちまた俺に擦り寄るようにして、寝ただろ?きっと、そのまま寝かせてあげた方がいいんだろうと思って・・・・・」 「類・・・・・・」 類の優しさに、また涙がこみ上げる。 いつも、そうだ。 あたしの気持ちを優先してくれる。 あたしはそれに気づかなくて・・・・・ 「もっと、甘えて欲しいと思うよ。だけど、つくしの性格はわかってるから・・・・・無理にとは言わない。ただ、ちゃんと覚えておいて。俺はいつだって、つくしのこと考えてるから・・・・・・これから先も、ずっとね。俺たち、もう夫婦なんだから・・・・・」 「うん・・・・・」 優しく見つめる類の視線を受け止めて・・・・・ あたしは、今度は涙を隠さずに笑った。 隠したって、無駄だから・・・・・
「着いたぜ」 北條君のマンションに着くと、西門さんがそう言って車を止めた。 類は先に車を降りると、あたしに手を差し伸べてくれた。 あたしはその手を握り、車から降りた。 西門さんと美作さんも、続いて車を降りてくる。
学生向けのこぎれいなマンション。 その最上階に住んでいる北條君。
あたしは、1つ深呼吸をして・・・・・ 1歩、足を踏み出したのだった・・・・・。
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