-tsukushi-
「それにしても、よくあの場所わかったね。滅多に人が行かないところなのに・・・・・」 帰りの車の中で、あたしは類に聞いてみた。 古いあの第一資料室は、生徒はおろか、教授たちも滅多に行かない場所だった。 「うん。皆ばらばらに探してて・・・・・あきらがそっちの方に行って、中から声がするのに気付いたんだ。で、すぐにメールが来た。1人で踏み込んだんじゃ、かえって牧野を危険に晒すかも知れないと思ってその場で待っててもらったんだ」 「そうなんだ・・・・・」 「でも、後もう少し遅かったら、本当に危なかったかもしれないと思うとぞっとする。ごめん・・・・・」 「類が謝ることないよ」 「いや、何かあってからじゃ遅い。これからは、もっと気をつけるよ。牧野も・・・・・なるべく1人にならないで」 言われて、あたしは下腹部に手を添えた。 そう。もう1人の体じゃないんだ・・・・・。 何かあってから後悔しても、もう取り返しがつかない・・・・・・。 今回のことで、そのことを思い知らされた気がした。 自分のためだけじゃない。 類のために。 そしてこの子のために・・・・・。 「うん。ちゃんと、この子を守れるように・・・・・。あたし、強いお母さんになるよ」 その言葉に、類も頷き、微笑んでくれた・・・・・・・。
翌日。 あたしと類は今度こそちゃんと入籍をしに、役所へ行くことが出来た。 始めのときよりも少し緊張気味で。 でも今度は、誰かと入籍していることもなく。 そして誰かに邪魔されることもなく。 その届けは、受理されることになったのだった・・・・・。
「おめでとうございます」 受付の人に声をかけてもらい、あたしと類は自然に見つめあい、手を繋いだ。
役所を出て、駐車場へ行くと、そこには・・・・・・・ 「よお、お2人さん」 「入籍おめでと」 車の前に立っていたのは、美作さんと西門さんの2人だった・・・・・。 「類、これから仕事だろ?牧野のことは俺らに任せて、行ってこいよ」 美作さんの言葉に、類が苦笑した。 「なんだ、来てたの」 「この瞬間、見逃すわけに行かないだろ?牧野が、花沢つくしになる瞬間だ。それでも、俺らにとっては『牧野つくし』だけどな」 そう言って西門さんがにやりと笑った。 「今日は忙しいみたいだから、2人の入籍祝いはまた日を改めてやろうぜ。公表された後になっちまうから、騒がしくなるかも知れねえけど」 その美作さんの言葉に、あたしはちらりと類を見上げた。 類がそれに気づき、あたしに微笑んでくれる。 「大丈夫。その辺の段取りはもう田村がしてくれてるし・・・・・大学にも言ってある。牧野は何も心配しなくていいよ」 その言葉にほっとする。 「なあ、俺らはともかく、類はいつまで牧野って呼ぶつもりだよ」 美作さんがくすくすと笑って言う。 「だよな。もう花沢だろ?名前で呼んでやれば」 西門さんもニヤニヤ笑いながら言う。 と、類は特に照れるでもなく・・・・・ 「そうだね。じゃ、つくし。大学、気をつけて行ってね」 そう言ってにっこり極上の笑みをくれるから・・・・・・ あたしの方が、恥ずかしくなって顔が熱くなる。 「な、なんか急に言われると、恥ずかしい」 見つめられて、見つめ返すことが出来なくて俯いてしまうと、すっと類の手が伸びてきてあたしの顎を捕え、チュッと口付けられた。 あたしはもちろん、目の前の2人も呆気にとられてる。 「恥ずかしいことなんかないよ。もう、花沢つくしになったんだ。これからは誰に遠慮する必要もない。堂々としてればいいんだ」 にっこりと、自信の笑み。 それを見た途端、あたしの心がスーッと軽くなる。 不思議。
何度も見てるのに。
見るたび、また好きになる。
やっぱりこの人が好き。
結婚して、よかった・・・・・。
「参るよなあ、マジで。類には一生敵わないって気がするよ」 車を運転しながら、西門さんが楽しそうに言う。 「同感。でも、そういうやつだから牧野を任せられるんだろ?普通のやつじゃ、牧野と結婚なんか出来ないって」 美作さんも楽しそうに笑う。 馬鹿にされてるんだか、呆れられてるんだか・・・・・。 「ところで、俺らはなんて呼べばいい?つくしちゃん?」 運転しながら、器用にあたしを横目で見る西門さん。 「なんてって・・・・・」 「もう牧野じゃねえもんなあ。だけどつくしって・・・・・類に怒られねえ?」 美作さんが頭をかきながら言う。 「・・・・・牧野でいいよ。なんか恥ずかしい」 「だって、類にはつくしって呼ばれんだろ?」 「そうだけど・・・・・。でもなんか、西門さんと美作さんに呼ばれるのは、ちょっと違うもん。2人だってそうじゃない?」 あたしの言葉に、2人は顔を見合わせ・・・・そして、にやりと笑った。 「俺らは別に平気だぜ?お前が早く慣れるように、これからずっとつくしって呼んでやるよ」 西門さんがそう言えば、美作さんもあたしの肩に腕を回し 「だな。慣れちまえばどうってことねえよ。俺らはいつでもお前の夫になる準備はできてるから」 「な!」 驚いて声を出そうとしたとき、美作さんの唇があたしの頬に触れた。 さらにびっくりして、今度は口をパクパクさせていると西門さんがまたちらりと視線を寄越す。 「俺も、後でな」 「な、何で・・・・・!」 「俺らに名前を呼ばれるのが恥ずかしいって言うのは・・・・・・そういう意味だろ?」 「そういう意味って・・・・・」 「男として、意識してるってこと」 そう言って笑う2人。 優しい瞳で。 あたしを、そのまま受け入れて、包んでくれる人たち。 ずっと・・・・・変わらない思いで、いてくれる人たち・・・・・。 「そう・・・・・かもね」 そう答えれば、満足そうにあたしを見つめる瞳。 「素直でよろしい・・・・・つくし。これからも、ずっと守ってやるよ」 「そういうこと。だから・・・・・幸せになれよ、つくし」 2人の笑顔に答えるように、あたしはしっかり頷いたのだった・・・・・。
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