-rui-
総二郎に紹介された産婦人科に連れて行き、まだ若いその女の先生に診てもらう。 てきぱきと看護婦に指示を出し、牧野の体を隅々まで調べる先生。
俺はただその横で見守るしかなかった。
暫くして、先生が俺を振り返る。 「大丈夫。今のところどこにも異常は見当たらないわ」 にっこりと微笑んでくれるその笑顔にほっと胸をなでおろした。 「ただ、少し貧血気味みたいだから、ちょっと点滴していくといいわ。妊婦にとって貧血は危険信号の1つなの。食事には気をつけるようにしてね」 「はい。ありがとうございます」 俺が頭を下げると、先生はくすりと笑った。 「あまり、心配しすぎも良くないわよ?心配性が妊婦さんに移っちゃうわ。大丈夫。つくしさんはきっと無事に赤ちゃんを産んでくれるわよ」 「・・・・・ありがとうございます」 総二郎が、この先生を牧野に紹介した理由がわかったような気がした。 「それにしても・・・・・つくしさんはよっぽどいい子なのね。総二郎君も、こないだ一緒に来てたもう1人のきれいな男の子も、それからあなたも・・・・・・彼女のことをとても大切にしているのが、見ていてわかるわ」 先生の言葉に、俺は頷いた。 「彼女は・・・・・俺たちにとって特別なんです。彼女をなくすことは、考えられない」 「そんな人に巡り会えるなんて、幸せね。生まれてくる子も、同じくらい大切にしてあげてね」 「はい、もちろん」
点滴をしてもらっている間、個室へと移される。 暫くすると、総二郎とあきらがやってきた。 「異常はないって。貧血気味らしいから、点滴してもらってる」 そう説明すると、2人ともほっと息をついた。 「そうか、良かった」 「北條のやつは、とりあえず警備の方に引き渡してきた。1発ぶん殴ってやったけど・・・・・あんなひょろっとしたやつ、力入れたら死んじまいそうでやる気もうせた」 そう言って総二郎が肩を竦めた。 「俺らじゃ、あいつは手に余る。育った環境とか、あいつの性格とか、いろんな問題がありそうだとは思うけどその問題を解決してやれるのは俺らじゃない」 そう言ってあきらも息をついた。 「・・・・・とにかく、牧野にはもう近づけさせたくない」 俺の言葉に、2人とも頷いた。 「そりゃ、当然」 「とにかく、牧野を1人にさせちゃダメだな。何でだかこいつは本当にトラブルを引き寄せてくるから」 苦笑するあきら。
なんとなく3人が黙り込み、自然と視線が牧野の寝顔に集中する。 点滴の効果か、顔色がだいぶ良くなって、穏やかな呼吸を繰り返していた。
まだあどけなさの残るその寝顔。 もしかしたらそれも失っていたかもしれないと思うと、ぞっとするなんてもんじゃなかった。 どうしてあの時俺も着いていかなかったのか。 そんな思いが俺自身を責めていた。 牧野が遠慮したって無理やりにでも一緒にいなきゃダメだったのに・・・・・。
北條が牧野に危険な男だってこと、俺だって気付いてはいたんだ。 最近、毎日大学に来ているようだと、牧野から聞いていた。 勝手に婚姻届を出してしまうようなやつなんだ。 牧野に危害を加えないと、言い切れるような保証はどこにもなかったのに・・・・・
「類。あんまり自分を責めるな」 あきらが、俺の考えていたことを読んだようにそう言った。 「お前が自分を責めたところでこうなっちまったもんはしょうがねえだろ」 「・・・・・わかってるよ。でも、あの時俺が牧野に着いて行ってたら、こんなことにはならなかった・・・・・。責めるなって言われても、責めるよ、やっぱり」 俺の言葉に、総二郎が肩を竦めた。 「ま、気持ちはわかるけどな。でも、まさかこんなことが起こるなんて誰も予想できなかったし・・・・・・」 「でも、これからはそうもいかない。予想できなかった、なんていいわけにもならないよ。牧野に・・・・・・お腹の子に何かあってからじゃ遅いんだ」 自分に言い聞かせるように言う。 もう、牧野1人の体じゃない。 これからはもっと、気をつけなくちゃいけないんだ・・・・・。
「俺たちも、気をつけるよ」 あきらが言い、総二郎も頷いた。 「ああ、牧野が嫌だっつっても、1人にさせたりしねえから。類、だからお前も遠慮なく俺たちを使えよ」 総二郎の言葉に、俺は笑って頷いた。 「ああ、頼むよ。本当は俺がずっとついてたいけど・・・・・」 「1人じゃ、難しいだろ。なにせ相手が牧野だからな」 総二郎がにやりと笑う。 「何・・・・・あたしの悪口・・・・・・?」 急にベッドの牧野が口を開き、俺たちは驚いて目を見開いた。 「牧野!?」 「お前、いつから気付いてたんだよ!?」 総二郎の声に顔を顰めつつも、目を瞬かせる。 「西門さん、うるさ・・・・・。ここ、どこ・・・・・?」 「病院だよ」 俺の声に、牧野がゆっくり俺のほうを見た。 「病院・・・・・?赤ちゃんに、何か・・・・・・」 「いや、大丈夫。気を失ったから念のため連れて来たんだ。貧血気味だったから点滴を打ってもらってるけど、赤ちゃんには何も異常ないって」 俺の言葉に、牧野はほっと息をついた。 「よかった・・・・・。北條くんは・・・・・?」 「あいつのことは、とりあえず大学へ任せてきたよ」 あきらが言った。 「お前が望むなら、警察に突き出すことも出来るし、大学を辞めさせることだって出来るぜ」 あきらの言葉に、牧野は首を振った。 「そんな必要ない。けど・・・・・・あんなふうに思いつめてるなんて、考えもしなかった・・・・・・。あたしって、やっぱり隙があるのかな・・・・・」 落ち込んだ声に、今日の会話が蘇る。 「牧野・・・・・。今日俺が言ったのは、そういう意味じゃないよ。北條の行動は、牧野の責任じゃない」 「類・・・・・」 「とにかく、今日はゆっくり休んだ方がいい。役所に行くのは、明日にしよう」 「明日は、でも、仕事があるんじゃ・・・・・」 心配そうに俺を見る牧野に、俺は笑って見せた。 「仕事は、午後からだから。午前中に役所に行こう、2人で。いいね?」 艶やかな黒髪をそっと撫でる。 牧野の瞳は、まだ不安に揺れていた。 「明日こそ、入籍しよう」 「できるかな・・・・・」 らしくなく弱気になっているのは、今日のショックがあるからだろう。 「もう、お前らの入籍を邪魔するやつはいねえよ」 あきらがわざと明るく言う。 「そ。けど、そんなに不安だったらやめとくか?なんだったら代わりに俺と入籍してもいいけど?」 「は?」 総二郎の言葉に牧野が目を丸くする。 「総二郎、冗談やめて」 俺が顔を顰めると、牧野がぷっと吹き出した。 「笑い事じゃない」 「ごめん・・・・・ありがとう。西門さんも、美作さんも・・・・・。あたし、大丈夫だよ。明日・・・・・類と一緒に届けを出しにいくよ」 牧野の顔に、明るい笑顔が浮かび・・・・・ 漸く俺たちも胸をなでおろしたのだった・・・・・。
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