-tsukushi-
「北條くん・・・・・お願い、やめて・・・・・」 肩に食い込む手のその痛みを堪えながら、あたしは必死に言葉を紡いだ。 「ね・・・・・あたしの話を、聞いて・・・・・。こんなことしちゃ、ダメだよ・・・・・」 「・・・・・君の話・・・・・?」 「そうよ。ちゃんと、話し合おうよ・・・・・」 何とかして、この人を説得しなくちゃ。 そう思ってあたしは必死に考えていた。
力づくでここを振り切るのは無理。 お腹の子のこともあるし、どうにか平和的に解決しなくちゃ・・・・・・。 きっと今頃、あたしがなかなか戻らないことを類も不審に思い始めてる・・・・・・。
だけど北條君は、そんなあたしの心を見透かすように、その青白い顔に気味の悪い笑みを浮かべた。 「そんなことして、僕を説得しようと思っても無駄だよ。知ってるんだよ・・・・君が、花沢類の子供を身篭ってるってこと」 その言葉にあたしは驚き、無意識に下腹部を手で押さえた。 「どうして・・・・・・」 このことは、まだ公にはしていない。 正式に入籍を済ませてから発表しようと考えていたからだ。 結果的に公表するのは変わらないとしても、やはり入籍する前とした後とでは世間体が違う。 「君のことなら何でも知ってるよ。君の家族のことも・・・・・弟のことも知ってる。君のお父さんは、花沢物産にお勤めなんだってね。もしこの結婚がダメになったら・・・・・きっと君の家族も困ることになるんだろうね・・・・・」 「・・・・・あたしは、家族のために結婚したわけじゃない。花沢類が好きだから・・・・・彼の傍にいたいと思ったから、だから結婚するの。北條君にだって、きっとそういう風に思える人が現われるはずだよ」 「僕には君だけだ」 「違うよ」 あたしは北條君の言葉に首を振った。 「北條君は、あたしのことなら何でも知ってるって言ったけど、それは調べてわかることだけ。あたしの心の中のこととか、類の心の中のこととか・・・・・西門さんや美作さんの気持ちとか、そういうものは何もわかってない。あたしたちが出会ってから今までの間に、どんな思いで過ごしてきたか・・・・・・どうして道明寺と別れたのかとか、どうしてあたしが類を好きになったのかとか、どうして西門さんと美作さんがあたしにとって特別なのか・・・・・・それは、いくら調べたってわからないことだよ。あたしや、あたしの仲間のこと・・・・・その人の近くにいなきゃ、わからない。その人の近くにいて、話をして、触れ合って・・・・・・お互いのことを思いやって、初めてわかることなの。自分の殻に閉じこもって、高いところから見てるだけじゃ、決してその人の本当のことは分からないんだよ」 「何を・・・・・えらそうに!」 北條君の目がカッと見開かれ、その手が肩から首へと移動した。
骨ばった指が、あたしの首に食い込んでくる。
「くっ・・・・・・・!」 「僕は・・・・・君と結婚するんだ・・・・・・君は・・・・・僕のものなんだ・・・・・・」 そう呟きながら、北條君の手に徐々に力が加わる。
―――く・・・・・るし・・・・・・類・・・・・・・!
息が出来なくなって、意識が飛びそうになったとき・・・・・・・
“バキッ!!”
扉が蹴破られる音が、朦朧となる意識の中で聞こえた。 北條君がはっとして、その手が緩む。
「牧野!!」 類の声が、聞こえた。 「北條!てめえ!!」 西門さんの声も・・・・・ 「その手を離せ!!」 美作さん・・・・・
―――ああ、皆、来てくれたんだ・・・・・ みんなの存在を確認したその瞬間・・・・・
あたしは、その場に崩れ落ちた・・・・・。
-rui-
「牧野!!」 扉を蹴破った瞬間、牧野が北條に首を絞められている姿が目に入り、頭に血が上る。
総二郎とあきらが北條に飛び掛り、牧野から引き離す。
牧野が、その場に崩れ落ちる。 「牧野!!」 床に頭を打ち付けそうになり、寸でのところで抱きかかえる。 「牧野!しっかり!」 ぐったりと気を失っている牧野。 頬を軽く叩いても、反応がない。 「類!牧野は!?」 北條を総二郎が押さえつけ、あきらが牧野のほうに駆け寄ってくる。 「気を失ってるだけだと思うけど・・・・・」 「とにかく、病院に連れて行けよ」 総二郎の声に俺は頷き、牧野を抱え上げた。 「こいつのことは、俺らに任せて、早く行け」 「分かった」 そう言って資料室を出て、車へと急ぐ。 途中、三条にあって声をかけられたが、答える余裕もない。 目を閉じたままの牧野が心配で仕方なかった。
牧野の中には、俺と牧野の大切な命がある。 もしお腹の子に何かあったら・・・・・・・ 牧野に何かあったら・・・・・!
俺の心臓が、嫌な音を立てて震えていた・・・・・。
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