***Sweet Angel vol.15***




 -tsukushi-

 あれから1週間。

 思いの他手続きに時間がかかってしまったけれど、漸く北條との婚姻を無効にすることが出来た。

 これで漸く類と入籍できる。

 あたしと類は、朝大学へ行く前に区役所へ届けを出しに行こうと車に乗り込んだのだった。

 「なってるよ。メール?」
「あ、ほんとだ」
 バッグに入れていた携帯から聞こえる着信音。
 あたしは携帯を取り出し、広げてみた。
「あれ?教授・・・・・あ!」
「何?」
「忘れてた・・・・・レポートの提出日、昨日だったのに・・・・・。ね、いったん戻ってもらってもいいかな?レポート、家に置いてきちゃったの」
「いいけど・・・・・」
 そう言って類は、車をUターンさせ、元来た道を戻った。
「間に合うの?昨日だったんでしょ?」
「うん。朝の内に持って来れば大目に見てくれるって。区役所行く前に、それだけ出してきていい?」
 あたしの言葉に、類は苦笑して肩を竦めた。
「仕方ないな。そういうことじゃ・・・・・でも、早くね」
「うん、もちろんわかってる。ありがと、類」
「どういたしまして」

 家に戻り、レポートを持って再び車に乗り込み、大学へ向かう。
「メール、教授から?メールアドレスなんか知ってるの?」
「あ、うん。この教授はね、必要なことはメールで伝えるからって、最初に全員のメールアドレス聞いてて。もちろん、個人情報は守るからって、ロックかけてたけどね」
「そりゃそうだよ。ていうか・・・・・その教授って男?若い?」
「え?う〜ん・・・・30歳くらいかな?男の人だよ。桜子なんかよくくっついてるよ。『イケメン教授』とか言って」
「イケメン・・・・・なの?」
 類の言葉に、首を傾げる。
「まあ・・・・・そこそこには。メガネかけた、まじめそうな人だけどね」
「・・・・・牧野は、あんまり近寄らないでね」
 ふと見てみれば、心配そうな顔で、類があたしを見ていた。
「なんか、牧野は隙だらけで心配。油断してるとすぐに変なの引っ掛けてくる」
「引っ掛けてって・・・・・そんなことないってば!」
 慌ててそう言うけど、それでも類はまだ心配そうで。
「・・・・・ま、いいや。とにかく、俺以外の男には近寄らないでね」 
 そう言って釘を指され・・・・・あたしは黙って頷くしかなかった。


 「一緒に行こうか?」
 大学に着き、車から降りると類がそう言った。
「大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから、待ってて」
 そう言って笑い、キャンパスに向かって走り出そうとすると、類の声が後ろから追いかけてくる。
「走っちゃダメだよ!」
 言われて、はっとする。
 下腹部にそっと手をおいて・・・・・・
「・・・・・気をつけて」
「はーい・・・・・」
 そう言って、あたしは今度は早足で、キャンパスに向かったのだった・・・・・。


 「すいません、遅れてしまって」
 吉野教授を見つけると、あたしはレポートを渡した。
「いやいや、ご苦労さん。僕も昨日のうちに言っておこうと思って忘れてしまってたから・・・・・。じゃ、確かに受け取ったよ」
「はい。じゃ、失礼します」
 そう言うと、あたしはまたくるりと向きを変えその場を後にした。
 もちろん、早歩きで・・・・・。

 
 それを見ていた教授が目を丸くして、
「忙しい子だなあ・・・・・」
 と言っていたことなど、知る由もなかった。


 走れないことにじりじりしながら、それでも早足で廊下を歩いていると、突然男子トイレから出てきた人とぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「わっ、ご、ごめんなさい・・・・・あ・・・・・牧野さん」
「え・・・・・あ、北條君」
 トイレから出て来たのは、あの北條君だった。
 あれから、大学へもちゃんと出てきているようで、引きこもり気味だったのが改善しているみたいで、それはそれで良かったかもと思っていた。
「ごめん、急いでたもんだから・・・・・」
 そう言って謝ると、北條君はちょっと笑って首を振った。
「いや、大丈夫。そんなに急いで、どこかへ行くの?」
「あ、うん。ちょっと区役所へ・・・・・」
 その言葉に、北条君の顔が微妙に強張ったことに、あたしは気づかなかった。
「・・・・・もしかして、入籍しに行くの?」
「うん、そう。じゃ、またね」
 そう言ってまた歩き出そうとしたあたしだったけど・・・・・
「牧野さん」
 北条君の声に、あたしは足を止めて振り向いた。
「何?」
「あの・・・・・第一資料室ってどこにあるのかな」
「え・・・・・?」
 唐突な質問に、あたしは戸惑う。
「第一資料室は・・・・・」
「ぼ、僕、まだこの大学の中、よくわからなくて。案内してくれないかな」
「え?でもあたし、急いでるんだけど・・・・・」
「僕も急いでるんだ、教授に頼まれて・・・・・・。僕、友達もいないし、頼むよ」
「・・・・・わかった」
 
 ―――まあ、そんなに遠いわけじゃないし・・・・・ただ案内するだけなら、すぐ終わるもんね。

 そう思い、あたしは北条君の先に立って歩き出したのだった・・・・・。

 「ここだよ」
 第一資料室まで行くと、あたしは扉を指してそう言った。
「・・・・・ありがとう。扉、開けてもらっていいかな。僕、こういう暗くて狭い場所って苦手で・・・・・明かりをつけて欲しいんだけど」
「・・・・・いいけど」
 あたしは、呆れながらも言われたとおり扉を開け、中に入って明かりをつけた。
 ちかちかと音を立てて電灯がつく。
「じゃ、あたしはこれで・・・・・・」
 そう言って振り向こうとしたそのとき、突然肩を押され、前につんのめった。

 危うく転びそうになり、慌てて体勢を立て直すと、あたしは後ろを振り向いた。
「何すんの!」
 そう言って北條君を睨みつける―――と、北条君はあたしに背を向け扉を閉めると、中から扉の鍵をガチャリと回した。

 「―――何、してるの?」
 突然緊張感が走り、あたしは後ずさった。
「大丈夫。何もしないよ。ただ、君と一緒にいたいだけだから」
 振り向きながら、北条君は笑顔でそう言ったけど・・・・・見開いたその目は、さっきまでとは別人のように血走っていて・・・・・あたしはぞっとして、また後ずさった。
「・・・・・ねえ、あたし、急いでるんだけど・・・・・」
「わかってるよ。婚姻届を出しに行くんでしょ?でも・・・・・そんなことさせないよ」
「なんで・・・・・・」
「君は、僕と結婚するんだ。知ってる・・・・・?一度無効になった婚姻届けを、有効にすることだってできるんだよ・・・・・」 
 そう言ってにやりと笑った北条君の顔はまるで能面のように青白く、瞬きもせず・・・・・・
 
 背筋が凍るかと思うほどぞっとするものだった・・・・・









  

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