-rui-
北條の話はこうだった。
親に勝手に決められて、英徳の大学に進学したまではよかったけれど、もともと庶民だった北條には馴染むことができず、ほとんど講義には出ず、1人暮らしをしていたマンションにこもりきりだったという。
それでも大学を辞めなかった理由は1つ。 それが、牧野だった。 入学式のその日。 北條は、牧野が女3人を相手に回し蹴りを繰り出したところを見ていたのだ。 それを見て、北條は牧野に惚れた。
だけど、自分から接近することなど、北條にはできなかった。 それどころか、大学に行くのもままならないほど内に篭もってしまったのだ。
その北條の前に、ある日3人の女が現われた。
この北條という男、性格に問題があるものの、頭はいいらしい。 記憶力が良く、一度会った人間のことは忘れないそうだ。 北條は、この3人のことも覚えていた。 近所のコンビニへ買い物に行ったときに会ったことがあるらしかった。 そのとき、北條は3人のうちの1人とぶつかり、持っていた物を落としたのだという。 その中に、隠し撮りした牧野の写真があり、女たちにそれを見られたらしい。 それを見たとき、女たちは皆驚いていたということだった。
その女たちが北條のマンションを尋ねてきたのは、それから2日後のこと。 英徳の学生だというその女たちは、愛想笑いをしながら北條にこう言った。
「あなた、牧野さんが好きなんでしょう?」 「この間、写真持ってたでしょ?」 「牧野さんに教えてあげたら、すごく喜んでたの。牧野さんもあなたのことが好きなんですって」 「今すぐ結婚したいって・・・・・」
「それで婚姻届を出したってのか!?牧野に断りもなく!!」 総二郎が北條の首を締め上げる。 「ぐ・・・・・く、苦しい・・・・・」 牧野が慌てて総二郎を止めに入った。 「西門さん、やりすぎ!」 総二郎が仕方なく手を離すと、北條は目を白黒させて苦しそうに喘いだ。 「ぼ、暴力で訴えてやるっ」 「馬鹿か。お前のやったことだって許されることじゃねえぜ。相手になんの断りもなく婚姻届なんか出しやがって」 あきらが北條を睨みつける。 「だ、だって、彼女たちが言ったんだ!牧野さんは忙しいから、僕に届けを出しに行って欲しいって言ってたって!彼女たちから必要な書類も受け取ったし、判を押した婚姻届けもあった!そうしたら、出しに行くしかないだろう!?」 「お前なあ!」 また総二郎がいきり立つのを、俺が片手で制し、その間に入った。 「牧野は、俺の婚約者だ。あんたの出した婚姻届は無効にしてもらう」 「な・・・・・・やだよ!僕は牧野さんと結婚したんだ!牧野さんは僕のものだ!」
北條の言葉に、俺と総二郎、あきらを包み込む空気が、一瞬にして凍りついた。 「・・・・・お前、地雷踏みやがったな」 総二郎が一歩、北條に近づく。 「てめえなんかに、牧野をくれてやるほど、俺たちはお優しくねえぞ」 あきらが凄みを利かせる。 「・・・・・あんたに、牧野を譲る気はない。その指一本でも、牧野には触れさせない」 3人で、北條の前に立ちはだかる。
北條の顔色が、さらに青くなる。 今にも卒倒してしまうんじゃないかと思ったそのとき・・・・・ 牧野が、口を開いた。 「3人の女の子の名前を教えて」 「え・・・・・」 「知ってるんでしょ?英徳の学生って言ってたよね。誰なの?」 牧野が北條に近づく。 北條をじっと見据えた牧野の瞳にも、強い怒りがこめられているようだった。 「あ、あの・・・・・確か、井上洋子と、三上咲と、山本里奈・・・・・だったと思う」 「本当に記憶力いいのね」 牧野が、こんなときなのに感心したように言うのを、北條は頬を染めて聞いていた。
そのときだった。 それまで黙って事の成り行きを見守っていた三条が、口を開いた。 「その3人・・・・・知ってます」 「知ってる?本当か、桜子」 総二郎が驚いて聞く。 「ええ・・・・・。先輩、覚えてません?こないだ、カフェテリアで話してたとき、あたしたちを睨んでた3人組」 三条の言葉に、牧野はちょっと小首を傾げた。 「3人・・・・・ああ、あの時の・・・・・じゃあ、あの人たちが?」 「そうです。あの3人、大学に入ったころから先輩を目の敵にしてて・・・・・ひどい悪口ばっかり言ってたから、文句言ってやったことがあるんです。でも、全然懲りなくて・・・・・・まさかそんなことまでするなんて・・・・・なんてやつらなの!」 悔しそうに歯軋りする三条。 あきらが、俺と牧野を交互に見た。 「これから、どうする?その女たちのところ、殴りこむか?」 「そうだね。あたしもそうしたい気分だけど・・・・・相手が年下の女の子じゃ、殴るってわけにも・・・・・」 「・・・・・・俺に、考えがあるんだけど・・・・・」 俺の言葉に、全員が一斉に俺のほうを見た。
俺はゆっくりと考えながら、北條の方を見た。 北條が、俺の視線にまた青くなる。 俺はそんな北條に向かって、微笑んで見せたのだった・・・・・・。
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