-soujirou-
家の用事があったことは本当なのだけれど。
俺のことを思い出せないあいつに毎日のように会いに行って、あいつにプレッシャーをかけるのも良くないんじゃないだろうかとか。
類と2人でいるなら、そのほうがあいつは安心できるんだろうなとか。
2人きりになっても、何を話したらいいかわからないとか。
いろんなことが俺の頭に渦巻いて、あいつに会いに行くことができなかった。
だけど、このままでいいはずがない。
俺は、あいつと別れるつもりなんてない。
ましてや、類に譲ってやるつもりなんてこれっぽっちもない。
だから、あいつには俺のことを思い出してもらわないと。
何とかそう思い直し、気持ちを奮い立たせて翌日俺は牧野の家へ向かった。
「でかけた?」
家に着いた俺を、牧野の母親が迎えた。
「ええ、30分ほど前に。花沢さんのお宅へ行くって言ってましたけど・・・・・」
「類の家に・・・・・・」
ずきんと胸が痛む。
「1人じゃ危ないんじゃないのって言ったんですけど・・・・・」
心配そうに言う母親の言葉にはっとする。
そうだ、あいつは今普通の状態じゃない。
それに、事件現場はその類の家に行く途中・・・・・・
「すぐ、僕も行きますから」
「ええ、どうぞよろしく」
頭を下げる母親に俺も軽く頭を下げ、俺はその場を後にした。
30分前に出たのなら、もうすでに類の家に着いているかもしれない。
そう思いながらも、俺は全速力で類の家へと向かって走った。
そしてその途中。
あの事件の現場の公園を通りかかろうとしたとき、その公園の前で立ち尽くしている牧野の姿を見つけたのだった―――。
「牧野!」
俺の声に、はっとしたように振り向く牧野。
「あ・・・・・西門さん」
顔色が悪いような気がした。
まだ取れていない包帯が痛々しい。
「まだ1人で出歩くのはあぶねえぞ。おれが迎えに行くまで、待ってろよ」
「あ・・・ごめん。ここにきたら、何か思い出せるかなって思って・・・・・」
「牧野・・・・・」
思い出そうとしてくれていることが、嬉しかった。
だけどやっぱり、牧野の体のことが心配だ。
「無理、するな。ゆっくりで良いんだから・・・・・・。少なくともその傷がちゃんと完治するまでは。それに、まだ犯人も見つかってねえんだから、外に出るときは誰かと一緒にいないとあぶねえよ」
「あ、そうか、ごめん。すっかり忘れてた」
あっけらかんとしたその様子に思わず呆れる。
「お前な・・・・・。まあ良い。で?今日はこれからどうする?せっかく外に出たんだし、どっか行くか?」
その言葉に牧野はちょっと首を傾げて考え・・・・・
「じゃあ・・・・・2人で、デートした場所に連れて行ってくれる?」
意外な言葉に、俺はちょっと驚く。
「あたしだって、思い出したいと思ってるんだよ。それは、自分のために・・・・・。このまま、たとえ一部でも記憶が抜け落ちたまま生きていくのなんて、嫌だから。いい思い出も、嫌な思い出も・・・・・全部思い出したいの」
まっすぐな瞳が、俺を見つめる。
俺が好きになった瞳だ。
まっすぐで、嘘のない輝き。
やっぱり俺は、牧野が好きだ・・・・・。
「・・・・・連れてってやるよ、どこにでも。お前の行きたいところに」
2人で行った場所。
海にも行ったし、水族館や公園、図書館や映画館。
とても1日じゃ回り切れないが・・・・・・。
俺は手始めに、牧野を連れて学校へ向かった。
毎日牧野と会っている場所だ。
そして、付き合うきっかけになった場所でもある。
―――あのときの牧野の動揺振りを考えると、あの場所へ連れて行くのは躊躇われたが・・・・・
でも、もしかしたら。
犯人があの女だとしたら。
牧野の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「非常階段?高校の?」
牧野が、意外そうに目を丸くする。
「ああ」
「あそこは、花沢類とよく会ってる場所でしょ?西門さんとも会ってたの?」
「いや、俺はあそこにはあまり行かない」
「じゃ、何で―――」
牧野の声が、途中で止まる。
俺も同時に足を止めた。
非常階段の前に、人が立っていた。
―――あれは―――!
振り向いたその女は、あの時牧野を刺した、その女だったのだ・・・・・。
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