***傍にいたい  vol.5 〜総つく〜***



 -soujirou-

 家の用事があったことは本当なのだけれど。

 俺のことを思い出せないあいつに毎日のように会いに行って、あいつにプレッシャーをかけるのも良くないんじゃないだろうかとか。

 類と2人でいるなら、そのほうがあいつは安心できるんだろうなとか。

 2人きりになっても、何を話したらいいかわからないとか。

 いろんなことが俺の頭に渦巻いて、あいつに会いに行くことができなかった。

 だけど、このままでいいはずがない。
 俺は、あいつと別れるつもりなんてない。
 ましてや、類に譲ってやるつもりなんてこれっぽっちもない。
 だから、あいつには俺のことを思い出してもらわないと。

 何とかそう思い直し、気持ちを奮い立たせて翌日俺は牧野の家へ向かった。

 「でかけた?」
 家に着いた俺を、牧野の母親が迎えた。
「ええ、30分ほど前に。花沢さんのお宅へ行くって言ってましたけど・・・・・」
「類の家に・・・・・・」
 ずきんと胸が痛む。
「1人じゃ危ないんじゃないのって言ったんですけど・・・・・」
 心配そうに言う母親の言葉にはっとする。
 そうだ、あいつは今普通の状態じゃない。
 それに、事件現場はその類の家に行く途中・・・・・・
「すぐ、僕も行きますから」
「ええ、どうぞよろしく」
 頭を下げる母親に俺も軽く頭を下げ、俺はその場を後にした。


 30分前に出たのなら、もうすでに類の家に着いているかもしれない。
 そう思いながらも、俺は全速力で類の家へと向かって走った。

 そしてその途中。

 あの事件の現場の公園を通りかかろうとしたとき、その公園の前で立ち尽くしている牧野の姿を見つけたのだった―――。

 「牧野!」
 俺の声に、はっとしたように振り向く牧野。
「あ・・・・・西門さん」
 顔色が悪いような気がした。
 まだ取れていない包帯が痛々しい。
「まだ1人で出歩くのはあぶねえぞ。おれが迎えに行くまで、待ってろよ」
「あ・・・ごめん。ここにきたら、何か思い出せるかなって思って・・・・・」
「牧野・・・・・」
 思い出そうとしてくれていることが、嬉しかった。
 だけどやっぱり、牧野の体のことが心配だ。
「無理、するな。ゆっくりで良いんだから・・・・・・。少なくともその傷がちゃんと完治するまでは。それに、まだ犯人も見つかってねえんだから、外に出るときは誰かと一緒にいないとあぶねえよ」
「あ、そうか、ごめん。すっかり忘れてた」
 あっけらかんとしたその様子に思わず呆れる。
「お前な・・・・・。まあ良い。で?今日はこれからどうする?せっかく外に出たんだし、どっか行くか?」
 その言葉に牧野はちょっと首を傾げて考え・・・・・
「じゃあ・・・・・2人で、デートした場所に連れて行ってくれる?」
 意外な言葉に、俺はちょっと驚く。
「あたしだって、思い出したいと思ってるんだよ。それは、自分のために・・・・・。このまま、たとえ一部でも記憶が抜け落ちたまま生きていくのなんて、嫌だから。いい思い出も、嫌な思い出も・・・・・全部思い出したいの」
 まっすぐな瞳が、俺を見つめる。

 俺が好きになった瞳だ。

 まっすぐで、嘘のない輝き。

 やっぱり俺は、牧野が好きだ・・・・・。

 「・・・・・連れてってやるよ、どこにでも。お前の行きたいところに」

 
 2人で行った場所。
 海にも行ったし、水族館や公園、図書館や映画館。
 とても1日じゃ回り切れないが・・・・・・。

 俺は手始めに、牧野を連れて学校へ向かった。

 毎日牧野と会っている場所だ。
 そして、付き合うきっかけになった場所でもある。

 ―――あのときの牧野の動揺振りを考えると、あの場所へ連れて行くのは躊躇われたが・・・・・

 でも、もしかしたら。

 犯人があの女だとしたら。

 牧野の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。

 「非常階段?高校の?」
 牧野が、意外そうに目を丸くする。
「ああ」
「あそこは、花沢類とよく会ってる場所でしょ?西門さんとも会ってたの?」
「いや、俺はあそこにはあまり行かない」
「じゃ、何で―――」

 牧野の声が、途中で止まる。
 俺も同時に足を止めた。
 非常階段の前に、人が立っていた。

 ―――あれは―――!

 振り向いたその女は、あの時牧野を刺した、その女だったのだ・・・・・。





  

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