***傍にいたい  vol.4 〜総つく〜***



 -tsukushi-

 「つくし、花沢さんが見えたわよ」
 母親の後ろから、花沢類が顔を出す。
「花沢類・・・・・」
「おはよう。具合どう?」
「うん、いいよ」
「つくし、じゃあ仕事行ってくるからね。花沢さん、すみませんけどつくしのこと、よろしく」
「はい。行ってらっしゃい」
 にっこりと類に微笑まれ、母は頬を赤らめながら行ってしまった・・・・・。

 「ごめんね、類だって忙しいのに」
 あたしの言葉に、類はくすりと笑った。
「別に、忙しくないし。それより牧野のほうが心配だよ。まだ傷は痛む?」
「ううん。触れば痛いけど、何もしなければ忘れちゃうくらい」
「そっか」

 ふと訪れる沈黙。
 
 その間に挟まるものが頭に思い浮かぶ。

 覚えていないけれど。

 あたしと付き合っていたという西門さんの存在だ。

 いや、別れたということは聞いていないから、正確に言えばまだ付き合っているんだろうけど・・・・・。
 でも、あたしは彼のことをまったく覚えていないのだ。
 花沢類や美作さん、それから今はN.Yに行ってしまっている道明寺のことははっきり覚えているのだ。
 それから『F4』という存在についても。『4』というからには4人いたのは間違いないはずなのに、そこから西門さんの記憶だけが抜け落ちてしまっているのだ。
 彼との思い出を事細かに説明されても、まったく思い出すことができないのだ。
 
 道明寺があたしのことだけを忘れてしまったことがあったけれど。
 もうだめだとあきらめかけたとき、道明寺はあたしのことを思い出した。
 あたしは、西門さんのことを思い出すことができるのだろうか・・・・・。

 当時の、あの苦しかった気持ちを思い出すと、胸が痛かった。

 西門さんは、今頃どんな気持ちでいるんだろう・・・・・。


 「―――夕方ごろ、総二郎も顔を出すって」
 類の声に、はっと我に返る。
「あ―――そう」
「ん。あいつも、いろいろ忙しいみたい」
「花沢類だって忙しいでしょ。ごめんね、わざわざ家まで来てもらって。もう大丈夫って言ったんだけど・・・・・」
「何しろ頭の傷だからね。後から後遺症が出ることだって珍しくない。用心するに越したことないよ」
「・・・・・ありがとう。来週からは、大学にも行けると思うから」
 あたしの言葉に、類は優しく微笑んだ。
「あせらなくて良いよ。牧野が元気になってくれれば、それが一番なんだ。きっといつか思い出せる。総二郎はすぐ傍にいるんだし、あいつはそう簡単に諦めないから」
 ふわりと、あたしの髪を撫でる花沢類の優しい手。

 その手の温もりに、ふと涙が零れそうになった・・・・・。


 1日家の中で本を読んだり、散歩に行ったり、外で食事をしたりしてすごし、時間はゆっくりと過ぎていった。

 そして夕方ごろ、類の携帯に西門さんから電話がかかってきた。
「―――え?来れないの?―――うん―――わかった。じゃあそう伝えとく」
 電話を切り、類があたしの方を向いた。
「総二郎、家の用事でこれなくなったって」
「そう・・・・・なんだ」
 ほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちだった。
 彼のことを何も思い出せない今、また彼と2人きりにされても何を話したらいいかわからない・・・・・。
「―――がっかりした?」
 類の声に、あたしは顔を上げた。
「え?」
「がっかりしたような顔、してる。それともほっとした?」
「・・・・・あたしにも、よくわからない」
「記憶喪失は一時的なものだし、すぐ傍に総二郎がいれば、きっといつかは思い出せるって俺は思ってるけど」
「うん・・・・・」
「でも・・・・・もし思い出せなかったら・・・・・」

 類の手が、あたしの頬に触れる。

 薄茶色のビー玉のような瞳が、あたしを映していた。

 「花沢類・・・・・?」
 あたしの声に、はっとしたように類がその手を離す。
「―――ごめん、なんでもない・・・・・。じゃあ、俺はもう帰るよ」
 そう言って、類は立ち上がった。
「あ・・・・・うん。今日はありがとう」
「また、明日来るよ」

 類を送り出し、家に1人立ち尽くす。

 考えなくちゃいけないことがあるはずなのに、頭が働かない。

 こんな風に、1日何もせずに過ごしても何も変わらない気がする・・・・・・。

 ふと、眩暈を感じ、あたしはそっと目を閉じた。

 『―――俺がいる。俺が傍にいるから―――』

 誰かの声がした。

 薄れゆく意識の中で、あたしを抱きしめ、そう言ってくれたのは誰だったのか・・・・・・

 思い出さなきゃ。

 思い出したい。

 そう、思ったのだ・・・・・。





  

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