-tsukushi-
「つくし、花沢さんが見えたわよ」
母親の後ろから、花沢類が顔を出す。
「花沢類・・・・・」
「おはよう。具合どう?」
「うん、いいよ」
「つくし、じゃあ仕事行ってくるからね。花沢さん、すみませんけどつくしのこと、よろしく」
「はい。行ってらっしゃい」
にっこりと類に微笑まれ、母は頬を赤らめながら行ってしまった・・・・・。
「ごめんね、類だって忙しいのに」
あたしの言葉に、類はくすりと笑った。
「別に、忙しくないし。それより牧野のほうが心配だよ。まだ傷は痛む?」
「ううん。触れば痛いけど、何もしなければ忘れちゃうくらい」
「そっか」
ふと訪れる沈黙。
その間に挟まるものが頭に思い浮かぶ。
覚えていないけれど。
あたしと付き合っていたという西門さんの存在だ。
いや、別れたということは聞いていないから、正確に言えばまだ付き合っているんだろうけど・・・・・。
でも、あたしは彼のことをまったく覚えていないのだ。
花沢類や美作さん、それから今はN.Yに行ってしまっている道明寺のことははっきり覚えているのだ。
それから『F4』という存在についても。『4』というからには4人いたのは間違いないはずなのに、そこから西門さんの記憶だけが抜け落ちてしまっているのだ。
彼との思い出を事細かに説明されても、まったく思い出すことができないのだ。
道明寺があたしのことだけを忘れてしまったことがあったけれど。
もうだめだとあきらめかけたとき、道明寺はあたしのことを思い出した。
あたしは、西門さんのことを思い出すことができるのだろうか・・・・・。
当時の、あの苦しかった気持ちを思い出すと、胸が痛かった。
西門さんは、今頃どんな気持ちでいるんだろう・・・・・。
「―――夕方ごろ、総二郎も顔を出すって」
類の声に、はっと我に返る。
「あ―――そう」
「ん。あいつも、いろいろ忙しいみたい」
「花沢類だって忙しいでしょ。ごめんね、わざわざ家まで来てもらって。もう大丈夫って言ったんだけど・・・・・」
「何しろ頭の傷だからね。後から後遺症が出ることだって珍しくない。用心するに越したことないよ」
「・・・・・ありがとう。来週からは、大学にも行けると思うから」
あたしの言葉に、類は優しく微笑んだ。
「あせらなくて良いよ。牧野が元気になってくれれば、それが一番なんだ。きっといつか思い出せる。総二郎はすぐ傍にいるんだし、あいつはそう簡単に諦めないから」
ふわりと、あたしの髪を撫でる花沢類の優しい手。
その手の温もりに、ふと涙が零れそうになった・・・・・。
1日家の中で本を読んだり、散歩に行ったり、外で食事をしたりしてすごし、時間はゆっくりと過ぎていった。
そして夕方ごろ、類の携帯に西門さんから電話がかかってきた。
「―――え?来れないの?―――うん―――わかった。じゃあそう伝えとく」
電話を切り、類があたしの方を向いた。
「総二郎、家の用事でこれなくなったって」
「そう・・・・・なんだ」
ほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちだった。
彼のことを何も思い出せない今、また彼と2人きりにされても何を話したらいいかわからない・・・・・。
「―――がっかりした?」
類の声に、あたしは顔を上げた。
「え?」
「がっかりしたような顔、してる。それともほっとした?」
「・・・・・あたしにも、よくわからない」
「記憶喪失は一時的なものだし、すぐ傍に総二郎がいれば、きっといつかは思い出せるって俺は思ってるけど」
「うん・・・・・」
「でも・・・・・もし思い出せなかったら・・・・・」
類の手が、あたしの頬に触れる。
薄茶色のビー玉のような瞳が、あたしを映していた。
「花沢類・・・・・?」
あたしの声に、はっとしたように類がその手を離す。
「―――ごめん、なんでもない・・・・・。じゃあ、俺はもう帰るよ」
そう言って、類は立ち上がった。
「あ・・・・・うん。今日はありがとう」
「また、明日来るよ」
類を送り出し、家に1人立ち尽くす。
考えなくちゃいけないことがあるはずなのに、頭が働かない。
こんな風に、1日何もせずに過ごしても何も変わらない気がする・・・・・・。
ふと、眩暈を感じ、あたしはそっと目を閉じた。
『―――俺がいる。俺が傍にいるから―――』
誰かの声がした。
薄れゆく意識の中で、あたしを抱きしめ、そう言ってくれたのは誰だったのか・・・・・・
思い出さなきゃ。
思い出したい。
そう、思ったのだ・・・・・。
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