***傍にいたい  vol.3 〜総つく〜***


 -soujirou-

 「気にすることないよ。まだ総二郎のこと思い出せないから、2人きりになるのは気まずいと思っただけだ」
 回診の間、俺たちは病室の外に出て廊下で話をしていた。
「ああ、わかってる」
 わかってはいる。

 昨日からずっと、牧野は俺をまったく知らない人間を見るような目で見る。

 記憶を失っているのだからそれは仕方がないことだと、わかってはいるけれど・・・・・。

 類の携帯が鳴り、類が電話に出た。
「はい―――あきら、どうした?―――ほんと?それで――――」
 類の表情が険しくなる。

 会話を終えて電話を切ると、難しい顔で俺を見た。
「どうした?事件のこと、何かわかったのか?」
「ん・・・・・。総二郎、今年の始めごろ牧野が女に刺された事件、覚えてる?」
「忘れるわけ、ねえだろ?忘れたくても忘れられねえよ」
 俺に振られた女が、当時まだ付き合ってなかった牧野を、牧野のせいで振られたと逆恨みして持っていた護身用のナイフで刺した。
 あの事件がきっかけで俺たちは付き合うようになったのだけれど・・・・・。
 俺に異常な執着心を持っていたあの女は、結局精神鑑定で自己責任能力がないと判断された。
 牧野のことを恨んで、殺すつもりで襲ったというのに責任能力がないと判断されるなんて、と納得はいかなかったが女はその後精神科のリハビリ施設に収容されることになり、そこでまともな人間になり、今回のことも反省してくれれば―――と、俺たちは願うしかなかったのだが・・・・・。

 「あのときの女が、出てきてるらしい」
 類の言葉に、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
「出てきてるって・・・・・どういうことだよ?じゃあ牧野を襲ったのは―――」
「それはまだわからない。けど・・・・・施設を抜け出して、今どこにいるのかわからない状態らしい」
「・・・・・警察は、それを」
「もちろん掴んでるよ。たぶん今捜査中だろうね」

 類の話に、俺は拳を握り締めた。

 もしあの女がまた犯人なら、牧野が襲われたのは俺のせい・・・・・・。

 俺はその場から離れようとして、類に腕を掴まれた。
「どこ行くんだよ」
「決まってる。その女を探し出す」
「それは、警察の仕事だよ。それにあきらも探してる。総二郎は、牧野の傍にいて」
「・・・・・牧野は、お前についててもらったほうが安心するだろ。俺は・・・・・」
「牧野に、思い出させるんだろ?昨日の勢いはどうしたんだよ。女のことは警察と俺たちに任せて、総二郎は牧野の傍に。良いね」
 そう言うと、類は俺に背を向け、足早に病院を後にした・・・・・。


 病室に戻ると、牧野がベッドに起き上がった。
「ああ、寝てろよ。俺のことは気にしなくていいから」
「そう言われても・・・・・。花沢類は?」
「―――用事があるって。牧野」
「え?」
「ちょっと・・・・・聞きたいことがあるんだけど・・・・・いいか?」
 俺の言葉に、牧野は首を傾げた。
「何?」
「お前、半年前の事件、覚えてるか・・・・・?」
「半年前・・・・・?」
「お前が・・・・・女に刺された事件だ」

 俺の言葉に、牧野はしばし考え込み―――

 やがてその顔色が蒼白に変わり、目は大きく見開かれ、体が大きく震えだした―――

 「牧野・・・・・?思い出したのか?」

 「や・・・・・・いや―――!!」
 突然頭を抱え苦しそうにうずくまる牧野。

 俺は慌てて、牧野の体を抱きしめた。
「牧野!落ち着け!大丈夫だから!」
「いや―――!!」
 ガタガタと大きく震える牧野の体。
 そんな牧野の体を抱きしめ、俺は声をかけ続けた。
「牧野!大丈夫だから。俺がいる。俺が傍にいるから―――」

 やがて、牧野は俺の腕の中で静かになり―――

 気付けば、穏やかな寝息を立てていた・・・・・・。

 そっとその顔を覗き込むと、目尻には涙が・・・・・。

 「ごめん・・・・・牧野・・・・・」

 俺はそっと、牧野の目尻に口づけをした・・・・・。

 
 退院手続きを終え、牧野を家まで送り届けたあと、俺はあきらの家へ行った。
 類もあきらの家にいると聞いたからだ。
 
 「あの女、まだ見つからないのか?」
 俺の言葉に、あきらが頷いた。
「ああ。施設を抜け出した後の消息がさっぱりだ。けど、いくつかの手がかりはある。何とか探し出すから、お前は余計な心配しないで牧野についててやれよ」
「そのことだけど・・・・・。類、お前に頼みがある」
「何?」
「―――牧野の傍には、お前がついててやってくれねえか」
「・・・・・どういうこと?」
「俺じゃだめだ・・・・・。俺が傍にいたら・・・・・またあいつを、傷つけちまう・・・・・」

 俺の言葉に、類とあきらは顔を見合わせたのだった・・・・・。






  

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