***傍にいたい  vol.2 〜総つく〜***


 -soujirou-

 ありえねえだろ。記憶喪失だなんて。

 司が一時的に記憶をなくしたときを思い出す。

 牧野のことだけを忘れてしまった司。

 あの時、牧野はどんな気持ちだったのだろう・・・・・。


 「やっぱり、一時的なものだろうって」
 医者から話を聞いてきた類が言った。
「けど、ずっと思い出さないことだってあるんだろう?確か司のときも医者がそう言ってた」
 俺の言葉に、あきらと類が顔を見合わせる。
「確かに、可能性的には考えられるけど、牧野が総二郎のことを思い出せないなんてそれこそ考えられない」
 慰めじゃない、そんな類の言葉に俺はちょっと笑った。
「ああ。俺が、思い出させてやるさ」
 その言葉に、あきらもほっとしたように頷き・・・・・。

 2人が帰ってからも、俺は病院に残った。

 そんな俺を、訝しげに見る牧野。

 「あたし・・・・・本当にあなたと付き合ってたの?」
 牧野の言葉に、俺は肩をすくめた。
「ああ、ラブラブだったよ。早く思い出せよな」
「ラブラブって・・・・・なんか、信じられないんだけど。あなたってあたしの最も苦手なタイプって気がする」
「はは・・・・・。ま、外れてはいねえよ。お前と付き合う前の俺はお前に言わせれば『女の敵』ってやつだったからな。付き合った女は数知れず。いつも違う女連れ歩いてたし、来るもの拒まず。毎日が一期一会だって豪語してたから」
 俺の言葉に、牧野はあからさまに顔を顰めた。
「うわ、最低!やっぱり嘘だよ、あたしがあんたと付き合ってたなんて。絶対ありえない」
「ところが、これは事実なんだからしょうがない。言っとくけど、今はお前以外に付き合ってる女はいない。お前一筋の男なんだぜ」
 そう言って笑って見せても、牧野は疑いの眼差しで・・・・・。
 俺は、大きな溜め息をついた。
「ま、すぐに思い出せねえのは仕方ねえよ。今はそれよりも、事件のことだ。誰に殴られたのか覚えてねえのか?」
 牧野はその言葉に戸惑ったように首を振った。
「類の家に行ったことは覚えてるよ。でも、その後のことが・・・・・どうしても、思い出せないの」
「そうか・・・・・。あせってもしょうがねえしな。とにかくここにいる間はゆっくり休めよ」
「いつまでいればいいの?」
「少なくとも、明日までは様子見るって。それで何も問題なければ退院だってよ」
「そっか・・・・・」
 ほっとしたように息をつく牧野。

 不思議な感じだった。

 こうして話す様子はいつもの牧野とまったく変わりないのに・・・・・

 こいつは、俺のことを覚えてないんだよな・・・・・

 「―――牧野」
 俺の声に、きょとんとした顔を向ける牧野。
「俺は、あきらめねえからな」
「え・・・・・?」
「絶対、俺のことを思い出させてやる。このまま、俺のことを思い出さないで自然消滅なんて、絶対にさせねえから、覚悟しとけよ」
 そう言って俺は、目を丸くしている牧野に人差し指を突きつけたのだった・・・・・。


 翌日、朝から病院へ行くと、すでに類が牧野の傍にいた。

 楽しそうに談笑する2人の姿に、俺の胸が音を立てて痛んだ。

 あの笑顔は、俺のものだったはずなのに・・・・・

 「あ、総二郎、おはよう」
 類が俺に気づき、声をかける。
 牧野もはっとしたように俺のほうを見たが、その顔はやっぱり知らない人間を見るような目で・・・・・。
「お、おはよう。あの、昨日はありがとう。面会時間ぎりぎりまでいてくれて・・・・・」
「いや、暇だったしな。傷のほうはどうだ?」
「うん、大丈夫。今日もう1回見てもらって、異常がなければ退院だって」
「そうか。良かったな」
 どこかよそよそしい会話。
 牧野は、俺と目をあわせようとしなかった。
 そんな牧野の姿に俺はどうしていいかわからず、じれったい気持ちを持て余していた。
「・・・・・俺、飲み物でも買ってくるよ。総二郎、座れば?」
 そう言って類が席を立ち、そこを離れようとすると―――
「待って!」
 牧野が、類のシャツの袖を引っ張った。

 「―――行かないで・・・・・」
 
 不安に揺れる瞳が、類を見つめていた・・・・・






  

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