『大好き』
たった一言のメール。 でもそれだけで伝わるはずだった。
それは、彼とあたしだけの暗黙のルール・・・・・・。
バイトに遅刻しそうだったあたしを、車に乗っけて送ってくれた花沢類。 バイトはぎりぎりセーフ。 ちゃんとお礼をいう暇もなかったから、せめて一言メールで・・・・・・。
『大好き』
あたしが、類だけに使う『ありがとう』の代わりの言葉。
それをまさか、間違って美作さんに送信しちゃうなんて・・・・・・。
まさに最悪の失敗だった。
そしてバイトが終わったあたしを待っていたのは絶対零度の身も凍るほどにぞっとする冷ややかな瞳であたしを見つめる花沢類だった・・・・・。
「あきらから、自慢げに転送されてきたよ。これどういうこと」 そう言って見せられた携帯の画面には、あたしが類に送ったはずのメールが・・・・・。 すぐには、分からなかった。
―――美作さん?転送?何のこと?
花沢類は、むっとして黙ったままだ。 すぐに、自分の携帯を確かめる。 そして、最悪の失敗に気づいた・・・・・。 「やだ!あたし間違って美作さんに・・・・・!違うの、花沢類。このメール、花沢類に送るつもりだったの。本当だよ、休憩時間に、慌ててやったから・・・・・」 慌てて言い訳を始めるあたしを、変わらず冷ややかな瞳で見つめる類。
―――これはやばい。本気で怒ってる・・・・・よね・・・・・?
あたしの背中を冷たい汗が伝って行った。 「ねえ、花沢類、これは間違いなの・・・・・」 どうしよう?どう言えばわかってもらえるだろう? どんな言い方をしても、ただの言い訳に聞こえる気がしてしまい、あたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
やがて、花沢類はあたしに背を向け、車のドアを開けた。 「花沢類!待ってよ!」 「・・・・・たとえ間違えだって、俺以外の男に『大好き』なんて・・・・・。そう簡単に、笑って許せないよ」 さっと、血の気が引くのがわかった。 本気で怒ってる花沢類の低い声が、あたしの胸に突き刺さる。
そのまま類は車に乗り、走り去ってしまった。 あたしはそのままその場から動くことが出来ず・・・・・・。
冷たい夜風が吹き付ける道の真ん中で、立ちすくんでいた。
どのくらいそうしていたかわからない。
突然後ろから、ふわりと何かを肩にかけられて・・・・・ 「・・・・・いつまでそうしてるの・・・・・風邪、ひくよ」 ゆっくりと振り向けば、そこにはちょっと決まり悪そうな顔をした類が・・・・・。 「花沢類・・・・・どうして・・・・・・」 「・・・・・気になって・・・・・」 その言葉を聞いた瞬間、あたしの目から涙が溢れ出した。 あっという間に視界が涙でぼやけ・・・・・ 次の瞬間には、あたしの体は類の腕に抱きしめられていた。 「・・・・・悔しかった・・・・・牧野と俺だけのルール、あきらに知られたみたいで・・・・・。ガキっぽい嫉妬だってわかってるけど・・・・・抑えられなかった・・・・・・。ごめん・・・・・」 「謝らないで・・・・・。悪いのは、あたし・・・・・。ごめんなさい」 「でも、牧野を泣かせたのは俺だよ・・・・・。家に帰って・・・・・でもやっぱり気になって、牧野の家に行った・・・・・。でも、まだ帰ってないって・・・・・。まさか・・・・・まだここにいるなんて思ってもみなくて・・・・・」 類が、腕の力を緩め、あたしの顔を両手で挟み込むようにして見つめた。 「こんなに冷たくなって・・・・・馬鹿だな、あんたは」 「だ・・・・・って・・・・・どうしたらいいか・・・・・どうしたら類に許してもらえるのか・・・・・わからなくて・・・・・」 泣きながらそう言うあたしを見て、ふっと優しく微笑む類。 そして、耳元に唇を寄せると、甘く低い声で囁いた・・・・・。 「そういうときのために、あの言葉があるんじゃないの・・・・・?」 「え・・・・・」 そして今度は、にっこりと満面の笑み。 「俺と牧野だけの・・・・・特別な言葉」 あたしは類を見つめ、小さな声で聞いた。 「言っても、良いの・・・・・?」 「俺にだけ、ならね・・・・・。メールなんかじゃなくて・・・・・直接言ってくれたら良かったんだ・・・・・」 類の冷たい手が、あたしの頬を撫でる。
息がかかるくらいの距離で、見つめ合う。
そうだ・・・・・。
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう・・・・・。
類の傍で。 類の為にだけ・・・・・。
「大好き、だよ・・・・・類・・・・・」
そうすれば、いつでも彼は、あたしだけにその甘い微笑をくれるのに・・・・・・
「俺も・・・・・大好きだよ・・・・・・」
そして、蕩けるくらい、甘いキスを・・・・・・
「つくし・・・・・愛してる・・・・・・」
蕩けるくらい、甘い言葉を・・・・・・
あたしだけに・・・・・
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