*** Special Thanks. 3〜類つく〜 ***



 『海の見える家に住みたい』って、前に話したことがあった。

 今あたしは、窓から海を眺めながら、流れてくる潮風に目を細めていた。

 もうだいぶ大きくなってきたお腹から振動を感じ、あたしはお腹をそっと撫でた。
「あ・・・・・パパ、帰ってきたみたい。すごい、そんなこともわかるの?」
 丘の上の家に続く道を、見慣れた車が走ってくるのが見えた。

 結婚してすぐに、妊娠していることがわかった。
 新居にと購入していたこの家に引っ越すことが決まっていて、でも坂が多い場所だからと類は心配していたっけ。

 もうすぐ10ヶ月。
 婚約してから、類の秘書としてずっと傍にいたあたしだけれど、さすがにお腹が大きくなってくるといろいろ周りに気を使わせてしまうことも多くなり、8ヶ月に入ったときお休みをもらうことにした。
 
 「ただいま」
 帰って来ると、すぐにあたしを抱きしめて唇に軽いキス。
「お帰り。今日はもう終わり?早いんだね」
 あたしの言葉に、類が柔らかく微笑む。
「本当は、毎日もっと早く帰って来たい。1人でいるのは退屈じゃない?」
「ううん、平気。いろいろやることあるし。それに、時々みんなが遊びに来てくれるし」
 その言葉に、類はちょっと顔を顰めた。
「あいつらはうるさすぎるよ。あんまり相手にしなくてもいいよ」
「あはは、賑やかでいいじゃない。今日もチラッとだけど美作さんが顔出してくれたんだよ」
「あきらが?1人で?」
 類が目を丸くする。
「ん。近くまで来たからって。でも良く聞いたら近くって言ってもそことは5kmも離れてるんだよ。いくら車だからって、ついでって距離じゃないでしょ?相変わらずまめな人だなあって思っちゃった」
「・・・・・で、家に上げたの?」
「ううん。上がっていったらって言ったんだけど、類に殺されるって言って、お土産だけ置いて帰っちゃった」
 そのときのことを思い出し、くすくす笑う。
 類は面白くなさそうにあたしをじっと見つめていた。
「今までにもそんなことあった?あきらじゃなくても、総二郎とか」
「ううん。ここ、彼らの家から離れてるからね、それこそこっちのほうに来る用事でもなきゃ1人では来ないんじゃない?特に西門さんなんて、面倒なことに巻き込まれたくないだろうし」
「面倒なことって?」
「誰かさんがやきもち妬いて、出入り禁止になったりとか?」
 悪戯に笑いながら類の顔を覗き込むと、ちょっとばつが悪そうに目をそらせる。
「俺がやきもち妬くの、面白がってるな?」
「だって、嬉しいから。こんなお腹の大きくなった女に妬いてくれるの、類だけだもんね」
 そう言ってソファに体を沈めると、類もその隣に座りあたしの肩を抱く。
「お腹が大きくなったって、牧野はかわいいから」
 優しい目に見つめられて、あたしはとたんに恥ずかしくなってしまう。
「そういうこと言ってくれるのも、類だけだよ」

 類の指が、あたしの髪を弄ぶ。
 甘い瞳があたしのすべてを包み込んでくれる、穏やかな時間。
 使用人を置くことを類の両親に薦められたけれど、あたしは丁重にお断りした。
 家族だけで過ごす時間を、大切にしたかったから。

 「あきらのお土産って?」
「ケーキみたい。あたしが前にテレビで見ておいしそうって言ってたやつ、覚えてくれてたみたいで。そういうの、美作さんて抜かりないじゃない?」
「確かに」
 類がくすりと笑う。
「俺も、つくしにお土産あるんだけど」
「え、そうなの?」
 にっこり笑顔で頷く類。
 だけど、その手には何も持ってないみたいだけど??
 不思議に思って首を傾げていると、類がおかしそうにくすくすと笑う。
「何期待してる?」
「何って・・・・・だって、何も持ってないし」
「目に見えるものとは限らないよ」
「どういう意味?」
 ますますわからない。

 「―――休暇を取ったんだ」
 静かにそう言う類を、あたしは驚いて見上げた。
「休暇?いつ?」
「今日から、1週間」
「1週間も?」
「両親からの、プレゼント。長い休みなんて今度いつ取れるかわからない。子供が生まれたら、もう2人きりでの旅行なんてできなくなるしね」
「でも、もう9ヶ月だし、旅行なんて―――」
「旅行じゃない。ここで、2人でゆっくりしよう。毎日海を見て、美味しいものを食べて、眠くなったら寝るんだ」
 類の言葉に、ぷっと吹き出す。
「それじゃ、いつもの休日と変わんない」
「でも、2人きりになれるよ。あいつらにはその間来るなって言っておいたから」
「言うこと聞くかな?」
 ふてくされ顔の仲間たちの顔が浮かぶ。
「聞かせる。聞かなかったら絶好だよ」
「こわ」
 くすくす笑って頬を寄せ合う。
 手を握り合って、あたしのお腹の上に乗せてみれば、微かな振動が類にも伝わる。
「元気だね」
「2人きりじゃなくって、自分も一緒だって言ってるんじゃない?」
「もちろん、一緒に決まってる」
「それから―――」
「ん?」
 あたしを見つめる類の甘い瞳を見上げる。

 「―――大好きって、言ってるみたい―――」

 類の唇が、優しく落ちてくる。

 「―――休暇、ありがとう」
 あたしの言葉に、ふっと微笑む。
「ありがとうって言葉、違わない?」
 こつんとおでこをつき合わせる。

 2人きりのときにだけ流れる、甘い空気。

 あたしは類の耳元で、囁いた。

 「―――大好き―――」


                        fin.







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