*** Smile for me 3 vol.2 〜総つく〜 ***



 -tsukushi-

 あ〜あ、という感じで隣の類が溜め息をつく。

 一歩後ずさろうとしたあたしの手を、西門さんの骨ばった手が掴む。
「どういうことかな?彼氏の目を盗んでこそこそと。類とどこへ消えようとしてる?」
「消えようとなんて、してないよ。ちょうど出るとこだって言うから一緒に―――」
「へーえ?わざわざ俺を無視して裏門から?」
「ほ、本を返しに来ただけだから。変に誤解されたくなかっただけ!」
 必死の言い訳にも、西門さんの表情は変わらず・・・・・
 あたしの手を握る力もまったく緩まない。
「そういう、誤解されるような行動とってるのはお前だろ。疚しいことがないんだったら何で俺を避けるんだよ」
「避けてるわけじゃないってば。とにかく、この手離してよ。あたしこれからバイトなんだから」
 あたしの言葉に、西門さんの眉がピクリと上がる。
「バイト?今から?そんな話聞いてねえけど」
「今日だけ、なの。今度話すから・・・・・・とにかく今、急いでるから、この手離して」
 再びぐっと手に力を込めると、西門さんの手が緩みあたしの手を離した。
「何のバイト?」
「い・・・・飲食店・・・・・」
「飲食店〜〜〜?」
 再び西門さんの眉がピクリと動く。

 ―――これ以上はやばい!

 そう思ったあたしは、ぱっと西門さんから離れると花沢類の後ろに隠れた。
「おいっ」
「あ、後でちゃんと連絡するから!じゃあね!」
 そう言って花沢類の背中を押し、くるりと向きを変えると一目散に駆け出したのだった・・・・・。


 「あら、似合うじゃない」
 ロッカーで着替えを済ませ、やや気後れしながらも店に顔を出すと、ママがそう言って微笑んだ。
 40代くらいか、派手な化粧とセクシーなドレスを着たママはまるで桜子の未来を見ているような雰囲気の女性だった・・・・・。
「さっきの、ちょっとボーイッシュなのもかわいいけど、こういうセクシーな格好も似合うわよ?」
「そ、そうですか・・・・・?」

 オフホワイトの胸の大きく開いたワンピース。
 ノースリーブで肩も腕も出てるし、ミニ丈なので太腿も露になっていてどうにも布地の少ない服で、あたしは落ち着かなかった。
「あなたみたいな子、意外と男受けがいいし早速お客がつくかも」
 うふふと怪しげな笑みを浮かべるママに、あたしは背中を冷や汗が伝うのを感じていた。

 ショッキングピンクのソファーとシルバーのテーブルが並ぶ店内はきらびやかでゴージャスだ。
 ホステスはみんな若い子ばっかりで、それでも上下関係はしっかりしているのかソファーで足を組んで寛いでいるのもいれば、忙しそうにテーブルを拭いたり氷やグラスを持ってきたりとせわしなく動いてるのもいる。
「あんたが、ユリアのピンチヒッター?なんかユリアとはタイプ違うのね」
 『ユリア』とは桜子の源氏名らしい。
 じろじろと遠慮なくあたしを見ているのは、茶髪のアゲ嬢。もう、見るからにそんな感じ。
 どうやらこの中では結構順位が上らしい。
「今日はあたしのバーターだから。あたしの言ったとおり動いて、余計なことはしないで。何か聞かれたら、とにかく笑顔で愛想振りまくこと。余計な質問とかしないでよね」
「はい」
 とにかく、今日1日のことだし。
 黙ってれば大丈夫。
 そんな風に思ってたんだけど・・・・・。

 「君、初めて?ここでは見ない顔だよね」
 さっきのアゲ嬢―――『あやか』というらしい―――の隣にいたここの常連らしい男が、あたしに話しかけてきた。
 ちょっと派手めなスーツのこの男、さっきからあたしの方をちらちらと見ていてなんとなくいやな予感はしてたんだけど・・・・・。
「この子、今日からなの。まだ慣れてないからゆうちゃん、苛めちゃだめよ〜?」
 あやかが甘えるように『ゆうちゃん』の袖を掴む。
「へ〜え。なんかすれてない感じが初々しくていいよね。マリちゃんていうの?次から俺、指名しちゃおうかな」
 ママが適当につけたあたしの源氏名が『マリちゃん』
 呼ばれることもないかなって思ってたんだけど・・・・・。
 それよりも、ちらりとあたしを睨んだあやかの視線がぞっとするほど冷たかったんだけど・・・・・
「え〜、でもマリちゃん今日はピンチヒッターなの。今日だけだから・・・・・」
「え、そうなの?なんだ残念だなあ。じゃあ、ちょっとマリちゃんの横に行ってもいいかな」
 わざとらしい流し目を送ってくる『ゆうちゃん』にあたしはさっきから何とか作り続けていた愛想笑いが、ひきつってきたのを感じた。
 そしてまた、ちらりとあやかの鋭い視線が・・・・・。
「ね、あやかちゃんちょっと席、代わってよ。俺マリちゃんと話がしたいんだ」
「あ・・・・でも彼女、まだ接客は・・・・・」
「そんなの良いんだって。話するだけだから。ほら、代わって」
 ゆうちゃんがあやかの腕を引っ張り、強引に席を移動する。
 周りのキャバ嬢たちもはらはらしたように見ているが、ママはといえばちらりとこっちを見ただけで、何もする気配がなく。
 そうこうするうちにゆうちゃんはあたしの隣に座り、ハイとあたしにグラスを渡した。
「あ、あの、あたし・・・・・」
「あ、声もかわいいね。いいなあ、あやかちゃんみたいなきれいな子も好きだけど、君みたいな純情そうな子もそそられるよね。ね、お酒飲めるんでしょ?好きなの頼んであげるよ?」
 そう言うと、常連らしく手をさっと上げ、ボーイを呼ぶ。
「いえ、あの、あたしは・・・・・」
「そんなこと言わないで、一緒に飲もうよ。今日だけなんでしょ?それならなおさら、楽しんだほうが得じゃん」
 どんどん体を寄せてくるゆうちゃんに、あたしの愛想笑いもすっかり引っ込み、徐々にイライラが増して・・・・・・
「ね、マリちゃん。今日だけと言わず、ここに勤めちゃえば。そしたら俺が絶対君を指名して―――」
 そう言って、祐ちゃんがあたしの手を握ったその瞬間―――。

 「そのきたねえ手を離せよ」
 
 ぐいっと、握られているのとは逆の手を引っ張られる。
 驚いて顔を上げるとそこには―――

 「西門さん!!」

 めちゃくちゃ不機嫌な顔をした、西門さんが立っていたのだった・・・・・。





 

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