「ただのバイトだよ」
「俺は認めない、そんなバイト。お前が他の男の横に座ってるって考えただけでも腹が立つ」
「そんなこと言ったって・・・・・」
「お前の横にいていいのは俺だけ。お前の笑顔も全部俺のもの。他の男に安売りすんなよ」
「―――じゃあ、西門さんの笑顔は?」
「おれ?」
「バイト辞める代わりに―――西門さんの笑顔を、あたしだけに頂戴」
Smile for
me
-tsukushi-
バイト先の休憩室で。
テレビ画面に知っている人の顔を見つけ、思わず固まる。
「何あれ」
ムーディーな雰囲気を醸し出している薄暗いホテルの一室のような場所。
長い足を持て余すように組み、女性リポーターのインタビューに答えている男。 あたしの良く知っているその人物は―――
「あ、この人知ってる!F4とかいうのの1人だよね?つくし、確か同じ学校じゃなかったっけ?」 同僚に言われ、ぎくりとする。
「あ―――うん、まあ・・・・・」 「西門・・・・・そうだ、西門総二郎!茶道の時期家元でしょ?かっこいいよねえ」
ほうっと溜め息をつく同僚を横目に、あたしは小さく溜め息をついた。
その時期家元と、昨日もデートだったなんて言ったら大騒ぎになっちゃうな・・・・・・
テレビ画面に大写しになった彼はなるほど、整った顔立ちをしていて女が見とれてしまうのも仕方ないと思える。
そんなことは付き合う前から百も承知なんだけど・・・・・・
女性リポーターに、とろけるような甘い微笑を見せる彼に隣の同僚も見惚れているけれど。 彼女としては、心中穏やかではいられない。
―――その笑顔は、あたしだけのものなのに。
ちくりと胸が痛む。
再び溜め息をついたとき、携帯がバイブの振動で震えた。 画面には『桜子』の文字。 「もしもし」 『先輩?今日、大丈夫ですか?』
「今日って?」 『やだ、忘れちゃったんですか?例のバイトですよ!超お得なんですから、忘れずに行って下さいよね!』
「ああ・・・・・でも、あたしああいうバイトってやったことないし・・・・・」
『先輩なら大丈夫ですって!あ、西門さんには黙っといてあげますから、心配しないでくださいね』 それが一番心配・・・・・とは言えなかったが。
桜子から紹介してもらったバイト。
桜子がちょっとした興味から始めたバイトだけど、デートだ合コンだと相変わらずの桜子はバイトも休みがち。
そこで、桜子が休みたいというときにピンチヒッターを頼まれたのがあたしだ。 あまり気は進まないけれど、お給料は格段にいい・・・・・。
「わかった。ちゃんと行くよ」 あたしの言葉に、電話の向こうの桜子がほっとしたのがわかる。
『よかった!じゃ、時間に遅れないでくださいね!向こうにはちゃんと話してありますから。それじゃ!』
さっさと切れてしまった携帯を手に、ちょっと息をつく。
昼間のバイトは5時まで。 桜子に頼まれたバイトは8時から。
昼間のバイトを終え、あたしは一度花沢類に電話をかけた。 以前類に借りた本を返さなくちゃいけないのを思い出したのだ。
「類?今どこ?前に借りた本、返したいんだけど」 『本?そんなの、いつでもいいのに』
「だって、せっかく思い出して持ってきてるから。どこにいる?」
『大学だよ。またいつもの非常階段で寝過ごしちゃって。教授のとこにレポート出したら帰るけど』
「あ、それなら今からあたしも大学に行くから、そこにいて。5分くらいでつくから」 『わかった』
電話を終え、あたしは急いで大学に向かい、ちょうど構内から出てくるところだった類に会う。 「なんか急いでる?息切れてるけど」
類が不思議そうに首を傾げる。 「あ、うん、ちょっと・・・・・。ごめんね。これ、忘れてた」
そう言って借りていた本をバッグから出し、類に渡す。 「急がなくて良かったのに。何?これからデート?」
「ううん、バイトがあって・・・・・」 「また?相変わらず、あんたはよく働くね」 感心したような、ちょっと呆れたような顔。
それでもあたしを見守ってくれるその笑顔にちょっとくすぐったくなる。 「いくら働いても足りないくらいだよ。花沢類は?もう帰るの?」
「うん。途中まで一緒に帰ろうか」 「うん、いいけど―――」 そう言って構内を出たとき。
門の辺りで、数人の女の子たちに囲まれている西門さんを発見する。
女の子たちに、いつものように魅惑の笑みを向ける西門さん。
その笑顔に女の子たちはみんなぽーっと見惚れていて・・・・・
あたしは思わずむっとして、裏口のほうへと足を向ける。
「こっちから行こう」 「何で?総二郎に声かけないの?」 「いいの!」 「俺、やだよ?後で怒られるの」
「何で花沢類が怒られるのよ。あたしがそうしたいって言ってるんだから、花沢類は悪くないでしょ?」
「それで、総二郎が納得してくれればいいけど・・・・・」
溜め息をつきつつ着いて来てくれる花沢類とともに、あたしは裏口に向かい、正門よりも少し小さめの門から外に出た。
そしてそのまま大学を後にしようとしたとき―――
「彼氏に何も言わずに帰るってのはどういう了見かな?つくしちゃん」
その声にぴたりと足を止め、恐る恐る振り返ると―――
そこには、満面笑顔の。だけど目はまったく笑っていない西門さんが、腕を組んで立っていたのだった・・・・・
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