-soujirou-
「―――どういうことだよ?それ」 そう言うのが精一杯だった。 あきらの『恋人』だって?牧野が? 冗談じゃない!牧野の恋人は、この俺なのに!
と、あきらが俺のほうを見てぷっと吹き出した。 「お前、なんて顔してんの。今にもぶっ倒れちまいそうだぜ?」 あきらの言葉に、俺はかっとなってその場に立ち上がった。 「ふざけんなよ!どういうことか、ちゃんと説明しろよ!」 「総二郎、落ち着きなさい」 穏やかだが、厳しい父親の声に、俺は我に返り、再びそこへ座った。 あきらは相変わらず余裕の笑みを浮かべながら、楽しそうに俺の顔を見ていた。 「だから、説明してやろうと思ってここへ来たんだよ。心配しなくても、俺と牧野が結婚するってわけじゃねえから安心しろよ」 「だったら・・・・・どうして恋人だなんて」 俺の言葉に、あきらは肩をすくめた。 「縁談を断る口実だよ」 「縁談―――」 「親父にしつこく薦められて、何とか断りたくて、牧野に協力してもらった。さっき牧野と親父を引き合わせたから、もう用は済んだ。牧野はお前に返すよ。もっとも―――」 そこまで言うと、あきらはにやりと笑い、俺と牧野の顔を見比べた。 「牧野がもう総二郎に愛想をつかせたって言うんなら、本気で俺が付き合ってもいいけど?」 「美作さん!」 牧野が頬を赤らめ、ばつが悪そうにあきらの腕を引っ張る。 「昨日みたいな場面、これからだってまたいくらでも遭遇するかもしれないぜ?お前は、総二郎のこと信じきることができるのか?あんなことでいちいち目くじら立ててたら、総二郎の相手はつとまらねえぜ。俺だったら、お前を不安にさせたりしない。結婚前の、今ならまだ遅くない。俺に乗り換えないか?」 そう言ってあきらが牧野の手を取り、その瞳をじっと見つめる。 牧野が戸惑ったように頬を染め、あきらの顔を見つめ・・・・・。
俺は、我慢できずにまた席を立つと、目の前のお膳を乗り越え、あきらと牧野の間に割って入った。
あきらの手を牧野の手から引き離し、牧野の手首を掴む。
「あきらのとこへなんか、行かせねえ!」 俺の言葉に、牧野は目を見開いた。 「西門さん」 「昨日のは、本当に単なる仕事だったんだ。あんなモデルに興味はねえし、これからだってお前以外の女と付き合うつもりなんかねえよ。それでもお前が不安になるって言うんだったら―――俺はお前のために何でもしてやる。お前のためだったら何でもできる。お前のためにしか・・・・・やらない」
牧野しか、見えてなかった。 父や母が見ていることなど、頭の中から消えていた。 牧野を失いたくなくて・・・・・・ ただそれだけだった。
「―――馬鹿」 困ったように俺を見つめていた牧野が、一言呟いた。 「な―――何が馬鹿だよ?まさかお前、本気であきらと―――」 「だから、それが馬鹿だって言ってんの。何でそうなるのよ?」 呆れた様にそう言い放つ牧野。 俺の後ろでは、あきらがくすくすと笑っていた。 「お前、馬鹿だな」 「あきら!大体お前が―――」 「昨日からずっと、牧野はお前のことしか考えてねえよ」 あきらの言葉に、俺は驚き、改めて牧野を見つめた。 「み、美作さん―――」 「本当のことだろ?昨日からずっと心ここにあらず。今日俺の親父と会ってた時だって、親父の話なんかこれっぽっちも聞いちゃいなかったろ。俺の言葉に適当に相槌打つだけで―――ずっと総二郎のことを気にしてた。違うか?」 「それは・・・・・」 牧野の顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。 「お前らは、もうちょっとお互い素直になれよ。どっちも好きで好きでたまらないくせに、意地っ張り同士は見てて疲れるぜ」 あきらがわざとらしくため息をついて言うのに、父親もくすくすと笑い出した。 「そのとおりだな。お前さんたちは、お互い強く思い合ってるというのが見てるほうにも伝わってくるほどその思いが強い。なのに、変な意地を張ってその気持ちをうまく伝えられずにいる。回りのほうがよっぽどそれをわかってる。あきら君はお前たち両方の気持ちを十分理解した上で、お前たちの幸せを願ってくれてるんだ。こんなに心強い味方はないんじゃないか?」 父親の言葉に、俺はあきらを改めて見つめ――― あきらは、冷やかすような目を俺に向け、微笑んだ。
それからあきらは母親のほうに視線を向けた。 「おば様。差し出がましいことをして申し訳ありません」 「あきらさん・・・・・。あなたはもう少し、利口な方だと思ってましたけど」 「それは買いかぶりすぎです。けど・・・・牧野に関しては、自信を持って言えますよ。牧野は、総二郎にとって必要な女性です。牧野がいなければ、総二郎は生きていけない。茶道の世界で、牧野のような人間を疎ましく思う方もいらっしゃるかもしれませんが・・・・・。牧野はきっと、総二郎の良き伴侶となるはずです」 「ずいぶん生意気を仰るのね」 「すいません。でも―――きっと、おば様にも理解していただける日が来ると信じてます。おじ様が、理解してくださったように」 あきらの自信に満ちた目が、俺の母親を見つめる。
母が、明らかに動揺した様子を見せた。 『マダムキラー』、恐るべし、というところか。 あきらのこういう艶っぽく、それでいて落ち着いた雰囲気が年上の女性の女心を刺激するのかもしれないと、俺はこんなときなのに感心していたのだった・・・・・。
「さあ、わたしたちはそろそろ失礼しよう。家にお客人を待たせたままだからね」 父親の声に、母親もはっとしたように腰を上げる。 「総二郎、お前はもういいから、2人のお相手をして差し上げなさい。牧野さん」 父親が、牧野に声をかけると、牧野は弾かれたように背筋を伸ばす。 「は、はい」 「今日は突然驚かせてしまって申し訳なかったね。今度改めて、ご一緒にお食事でもしましょう」 穏やかな笑顔を牧野に向ける父親。
その笑顔に牧野が微かに頬を染めていたのが、なんとなく気に入らなかった・・・・・。
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