-soujirou-
「さて、じゃあ俺もそろそろ行くかな」 俺の両親がいなくなると、あきらがおもむろに言って立ち上がった。 その言葉に、牧野が目を見開く。 「え、もう行っちゃうの?」 「わりいな、俺も仕事があるんだわ。てか、さっきから総二郎にすげえ目で睨まれてるし。ぶっ飛ばされないうちに行くわ。また連絡するよ」 そう言ってにやりと笑うあきら。 牧野がちらりと俺のほうを見る。 「じゃあな。仲良くやれよな」 「美作さん―――」 不安げにあきらの袖を掴む牧野を、優しい瞳で見つめるあきら。 「そんな顔するな。お前が今話さなきゃいけないのは総二郎だろ?素直になれよ」 牧野の頭を優しく撫で、俺にちょっと目配せするとそのまま部屋を出て行ってしまった。
残された俺たちは、しばし無言で。
気まずい沈黙を破ったのは、俺だった。
「・・・・・最初に謝っとくよ。ごめん」 俺の言葉に、牧野は目を瞬かせた。 「なんで?」 「お前を、疑った。あきらとのこと―――あんなふうに、言うつもりじゃなかった。思わず頭に血が上って・・・・・・」 「それは・・・・あたしもそうだから。あんなにきれいな人と一緒にいるところ見たら、なんだか自信なくなっちゃって・・・・・ごめんなさい」 俺たちは顔を見合わせ、自然と微笑んだ。 「けど、まさかあきらと親父の間で、あんな話をしてたなんて思わなかった」 「ほんと。美作さん、そんなこと何も言ってなかったのに」 「・・・・・ひとつ、聞いていいか」 「え?」 「もしも、あきらがマジでお前にプロポーズしたら・・・・・お前はどうする?」 そう聞いた俺の顔を、牧野はまじまじと見つめていた。 「・・・・・なんでそんなこと聞くの?」 「いいから、答えろよ」 「そんなの、断るに決まってるよ。美作さんのことは好きだけど、結婚とか、そんなこと考えたこともないし」 「本当に?」 「当たり前でしょ!何なのよ、もう!」 ついには怒り出す牧野。 俺はほっとため息をついた。 「ならいいよ。お前はそうやって怒るけど、俺だって昨日からずっと心配のし通しだったんだ」 「・・・・・わかってる。早く会って話さなくちゃって思ってた。でも、美作さんの頼みを断るわけにも行かないし・・・・・。恋愛感情とか関係なく、美作さんにはいろいろ助けてもらってるから・・・・あたしで力になれることなら、そうしたいと思ったの」 「ん・・・・・わかってる、つもりだったんだけどな。お前とあきらのことは。家族みたいに大事な存在だって。だけど男の俺から見てもあきらはいい男だと思うし、お前のことも大事にしてくれる。もしかしたら、結婚するとしたら俺よりもあきらのほうがお前にあってるんじゃねえかって―――」 「ちょっと!」 「まあ聞けって。だけど俺はお前を離すことなんかできねえ。たとえば親に反対されたとしても、俺にはお前以外の女と一緒になることなんか考えられねえ。だから・・・・お前がたとえあきらのことが好きだっつっても離すつもりなんかなかった」 俺の言葉に、牧野は気が抜けたように目を瞬かせた。 「何だ、結局そうなら聞かなくたっていいじゃない」 「馬鹿、だからってお前の気持ちだって無視できねえだろうが」 「わけわかんない。言ってることが矛盾してるよ」 「だから!」 俺は呆れたように俺を見ていた牧野の肩を掴むと、そのままぐいと引き寄せ抱きしめた。 「―――西門さん?」
「―――愛してる」
耳元で囁くと、牧野の体がピクリと震えた。 「俺と―――結婚してほしい」 「結婚・・・・・?」 「そうだ。さっきも言ったとおり・・・・・俺には、お前しかいない。お前以外の女は考えられない。だから・・・・・ずっと俺の傍にいてほしいんだ」 「でも・・・・・」
俺は体を離し、戸惑う牧野の瞳を覗き込んだ。 「俺と結婚なんて・・・・・考えられないか?」 その言葉に、首を振る。 「そうじゃなくて・・・・・だって、西門さんのお母さんは・・・・・」 「説得するよ」 「説得?」 「ああ。ちゃんと、牧野のことをわかってもらえるように話す。他にも、いろいろ面倒なことがあると思うけど、それでも・・・・・俺にはお前しかいない。お前と一緒なら、どんなことでもできる。だから、結婚してくれ」
まっすぐに牧野の瞳を見つめる。 牧野の瞳が一瞬揺らぎ、涙で潤む。 「―――はい」 囁くように、でもしっかりと頷き、答えてくれた牧野。 俺は、もう一度牧野を抱きしめた。 「もう―――隠し事はなしだぜ。たとえあきらに頼まれても・・・・・俺にはちゃんと本当のことを言えよ」 「ん。わかった」 「それから・・・・・もう他のやつに、キスなんかさせるなよ」 そう言ってちょっと体を離し、間近に牧野を見つめると、途端に赤くなる。 「あ、あれは―――」 「すげえショックだった。俺以外の男がお前に触れるのなんか、許せない。これからは―――絶対に触れさせねえ」
牧野の頬を両手で包み、そっと唇を重ねる。
啄むようなキスの後、徐々に深くなるキス。
「・・・・・お前から、あきらに触れたりするのもなしだぜ。あんまりあいつばっかり頼るなよ」 牧野があきらの手に触れたり、袖を掴んだりする仕草に、何度むかついたことか。 「あれは、なんか自然に・・・・・。あたし長女だから、家じゃ頼られる立場だし・・・・・でも美作さんといると甘えられるって言うか、甘えさせてくれるからつい・・・・」 「ついじゃねえよ!甘えるなら俺に甘えろっつーの!」 「う・・・・・西門さんに?」 「・・・・・・いやなのかよ」 「だって・・・・・・なんか恥ずかしいもん」 恥ずかしそうに頬を染める姿に。
完全にやられた、と思った。
きっとずっと敵わない、こいつには。
だけど、離してなんかやらない。
「俺が、ずっと甘えさせてやるよ・・・・・一生な・・・・・」
甘い約束で、お前をずっと離さない・・・・・。
fin.
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