-tsukushi-
西門さんを、傷つけてしまった。
そんな想いがあたしの胸を締め付けて。
美作さんの家で何をしていたのか、よく覚えていなかった。
ロマンスグレーという言い方がぴったり来るような、美作さんの雰囲気をそのままに物腰のエレガントな紳士が現われ、あたしに向かって微笑んだ。 美作さんのお父さんに挨拶し、美作さんの話しに合わせて相槌を打つ。
たぶん、時間にして30分くらいだったと思う。 気付けば、その部屋には美作さんのお父さんの姿はなくて、あたしと美作さんだけが残されていた。
「さて、行くか。牧野、ボーっとすんなよ」 美作さんの声に、はっとする。 「え?な、何?どこに行くの?」 我に返ってそう聞くあたしに、美作さんは軽く溜息をついた。 「しっかりしろよ。飯でも食いに行こうっつってんの。もう昼だからさ」 「あ―――でも、あたし・・・・・」 「心配すんな。その後ちゃんと総二郎のところ連れて行くから。どうせあいつも仕事してるし、あせったってしょうがねえだろ?」 「・・・・・うん」 わかってはいるんだけど・・・・・。 俯くあたしに、美作さんは苦笑し、大きな手で優しくあたしの頭を撫でた。 「うまいもんでも食って、元気出せ。ほら、行くぞ」 「うん」 気を取り直すようにあたしは頷き、美作さんの後についていった・・・・・・。
-soujirou- 「いったいここで何があるんですの?」 母親が訝しげな顔で父親を見た。
それはそうだろう。 明日の茶会の準備に追われ奔走しているときに急に連れ出され、都内の高級料亭に来た俺たち。
親父は穏やかに微笑み、『大事な客が来るから』と言うだけで、さっきから何も語ろうとしない。
そうして待つこと20分。
ようやく来た待ち人に、俺も母親も驚きを隠せなかった。
「やあ、よくきてくれたね」 そう言って父親が笑顔で迎えたのは―――
「あきら!牧野!何で―――」 呆気に取られる俺の前に現れたのは、あきらと牧野だった。 あきらは涼しい顔をしているが、牧野は俺同様、俺たち3人がいることに驚いているようだった。 「美作さん、これは―――」 「牧野さん、とりあえずお座りください。私から説明しますから」 俺の父親の言葉に、牧野は戸惑いを見せながらも素直に頷き、あきらに促されて俺の向かい側に座ったのだった。 戸惑っているのは母親も同様で。 きっと鋭い視線を父親に向け、口を開いた。 「あなた!これはどういうことですの?きちんと説明してくださいな」 その言葉に父親は苦笑し、肩をすくめた。 「怖いな、そんな目で睨まないでくれよ」 「あなた!」 「ああ、わかった。今から説明するから―――。話は3ヶ月前にさかのぼるんだが」 「3ヶ月前?」 思わず俺は声を上げる。 3ヶ月前と言ったら、あきらがインドへ行くことになったころだ。 「ああ。私は、ある人物と会うためにホテルのバーにいた。もちろん仕事の付き合いだよ」 ちらりと母親に視線を送るのを、母親はぷいと顔を背けた。 「そこでの話はすぐに終わったんだが・・・・・すぐに帰るのもつまらなくてね。しばらく1人で飲んでいたんだ。そこへ現れたのが―――あきら君だ」 あきらが穏やかに微笑んでいた。 「あきら君も仕事で来ていたらしいが、それが終わり、1人で飲もうとバーに立ち寄ったところで私と会ったというわけだ。久しぶりに会ったからね。驚いたよ、立派になっていて・・・・・。少し一緒に飲まないかと、私から誘ったんだ。そこで、牧野さんの話をいろいろ聞いたよ」 父親がその視線を牧野に向け、牧野ははっとしたように父親を見た。 「高校生のころからの話・・・・・司君との恋、別れ、それから類君とのことも・・・・・。ずいぶん辛い思いをしたようだね」 「いえ・・・・・わたしは・・・・・・」 「だが、君はその辛い出来事を乗り越え、前向きに生きている。誰でもができることじゃない。あきら君の話を聞いて・・・・・君がどれだけ素晴らしい女性かということを知ることができたよ」 父親の言葉に、牧野が頬を赤らめ俯いた。 「あなた・・・・・そんなこと、今までわたしに一度もお話しにならなかったじゃないですか」 母親が不本意そうに言うのを、父親が困ったように見て言った。 「君は、ずいぶん牧野さんを嫌っているようだからね。下手に話しても信じないだろうと思ったし、あきら君と彼女の仲を勘ぐるんじゃないかと思ったんだよ」 「当然でしょう。彼女の勤務先をご存知でしょう?大方、美作家に取り入って入り込んだに決まってますよ」 「それは違います」 あきらが、静かに母の言葉を否定する。 「牧野は、俺の家とあのホテルの関係を知らなかった。それに、あのころ俺たちと牧野は疎遠になっていて・・・・・牧野が就職したことすら知らなかったんです。あそこに就職できたのは、彼女の実力です。うちとは何の関係もありませんよ」 「それは確かなようだよ。わたしもその件については総支配人に聞いてみたことがある。牧野さんに、何かコネがあったようなことは一切ないそうだ。彼女は、しっかりと自分の足で歩ける女性だ。誰かの後ろ盾など、必要としない。だからこそ―――総二郎は惹かれたんじゃないのかね?」 父親の言葉に、俺は目の前の牧野をじっと見つめ――― 「ああ。そうだよ」 と頷いたのだった。 「俺は、牧野に再会したとき、見合いの真っ最中だった。家のために結婚して、子供を作って。それが当たり前だという世界に何の疑問も持ってなかった。だけど・・・・・牧野に会って、俺の世界は変わった。いや、本当はずっとそれを求めていたのに、気づかないフリをしていたんだ。牧野はそれを・・・・気づかせてくれた」 「西門さん・・・・・」 「俺は、牧野が好きだ。一緒になるなら、その相手は牧野以外にはいない。たとえ反対されても・・・・・俺は、牧野以外の女性と結婚する気はないよ」 俺の言葉に、牧野は目を潤ませ・・・・・ 母親の顔色は真っ青になった。 「けど、あきら、どういうことか説明してくれ。今まで牧野とどこで何をしてたんだ?」 俺は今日ずっと気になって仕方がなかったことを、あきらにぶつけた。 あきらはひょいと肩をすくめると、まるでなんでもないことのようにこう言ったのだ。
「親父に、紹介したんだよ。俺の恋人ですってな」
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