-tsukushi-
突然、美作さんにキスされて。
頭の中が真っ白になってしまった。
何がどうなってるの?
「悪かったな」 頭上から聞こえてきた美作さんの声にはっとして顔を上げると、困ったような、照れたような顔をした美作さん。 「あそこまでするつもりじゃなかったんだけど・・・・・・。総二郎のやろうが、あまりにも熱くなってたもんだから、俺も頭に来ちまった」 そう言って、小さな溜息をつく美作さん。 あたしはなんて言っていいかわからず・・・・・。
暫くすると、車があたしの家の前で停まった。
「明日、昼ごろ迎えに来るから」 そう言って微笑む美作さんはいつもの彼に戻っていて、あたしもほっと息を吐き出した。 「あ・・・・・うん。何着て行けばいいかな」 「ああ、そうだな。お前、あれ持ってたろ、クリームイエローのアンサンブルスーツ。あれに、小さめのイヤリングとネックレス。そんな感じでどうだ?」 「うん、わかった」 センスのいい美作さんにアドバイスしてもらえると安心する。 いつの間にか、あたしはずいぶん美作さんを頼るようになってた気がする・・・・・。 「美作さん」 あたしの声に、美作さんがドアを開けようと動かした手を止める。 「ん?」 「さっきは、ごめんなさい。つい・・・・・興奮しちゃって」 その言葉に、ふっと微笑む。 優しく、クシャリとあたしの髪を撫でて。 「わかってるよ。けど、総二郎の態度見てわかったろ?あいつはマジでお前に惚れてる。あんなどこにでもいるようなモデルのことなんて、あいつは気にも留めてねえんだから。信じてやれよ」 「うん・・・・・」 「明日の件、済んだら俺が何とかとりなしてやるから、心配するな」 そう言って、あたしの額に軽くチュッとキスをする美作さん。 恥ずかしくなって赤くなるあたしを見てくすくす笑って・・・・・・。 やっぱりこの人の傍は安心できると、あたしも漸く笑うことができた・・・・・・。
翌日、朝からあたしは洗濯やら掃除やらで動き回り、バッグの中の携帯に何度も着信があったことなど、まるで気付いていなかった。 仕事中はいつもマナーモードにしていて、昨日はマナー解除するのを忘れていたようだった。
美作さんにアドバイスしてもらった服に着替え、バッグの中身をチェックしているとき、漸く着信に気付き・・・・・ 「やだ、西門さんから何回も・・・・・・」 西門さんのむっとした顔が頭に浮かび、あたしの背中を嫌な汗が伝う。
電話した方がいいだろうか。 だけど、美作さんに頼まれたことを説明して、納得してもらえるかどうか。 昨日の今日じゃ、簡単にはわかってもらえないような気がした・・・・・。
とりあえず、今日のことが終わってから。
そう決めて、あたしは家を出た。 アパートの前に、このアパートにはまったくそぐわない高級車が止まっていて、運転席に美作さんの姿が見えた。 あたしに気付き、ドアを開けて出てくる美作さん。 「よお、今電話しようと思ってたとこだよ」 「時間ぴったりだね」 「ああ。うん、その服、やっぱりいいな。育ちがよく見える」 「ほんと?よかった。そういえば美作さんのお父さんに会うのって初めてだよね。なんか緊張する」 あたしの言葉に、美作さんがくすりと笑う。 「大丈夫。俺が相手するから、お前は俺にあわせてくれればいいよ。じゃ、乗って―――」 そう言って、美作さんが助手席のドアを開けたとき―――
「牧野!!」 突然呼ばれ、あたしは驚いて声のしたほうを見た。
声の主は西門さん。 アパートの前の通り、角に停まった車から降りてきた西門さんが、すごい形相でこちらを睨みつけていた・・・・・。
「西門さん・・・・・」 西門さんは、大股であたしの方に近づいてくると、美作さんの車に、バンと手をついた。 「・・・・・なんで電話に出ない?」 「あ・・・・・昨日からマナーモードにしてて・・・・・気付かなかったの」 「・・・・・で?そんなかしこまった格好して・・・・・あきらとどこへ行くんだ?」 「それは―――」 どうしよう? あたしは隣にいた美作さんを見上げた。 「総二郎、悪いけど今は説明してる暇がねえんだ。後でちゃんと説明するから、今は黙って牧野貸してくれ」 美作さんの言葉に、西門さんの眉間に皺が寄る。 「何だよ、それ。牧野は物じゃねえだろ?貸すってどういうことだよ。牧野をどうするつもりだ?」 「だから、後で説明するって。―――つーか、別にお前の所有物じゃねえんだから、俺が牧野をどうしようとお前にいちいち伺いたてる必要もないだろ」 「何?」 「とにかく、だ。今ここで言い争ってる暇はねえんだよ。牧野、乗って」 助手席に押し込まれるようにして、乗り込む。 ちらりと西門さんを見ると、これ以上ないくらいむっとした顔で、額に青筋を浮かべているのがわかった。 そんな西門さんを、冷めた目で見る美作さん。 「じゃあな」 そう言って自分も車に乗り込み、エンジンをかける。 「おい!あきら、待てよ!」 「車に手ぇかけんな、あぶねえぞ」 「こんなんで納得できるかよ!牧野!行くな!」 窓を叩く西門さん。 その真剣な表情に、あたしはドキッとして西門さんを見つめた。 「―――牧野、ここは我慢してくれ」 美作さんの声にはっとする。 「わ、わかってるよ。早く出して」 西門さんから目を逸らし、あたしはそう言った。
車が一旦バックし、十字路になっているところまで行ってから方向を変える。
西門さんが、こちらを睨みつけながら立ち尽くしている姿が目に入った。
ずきんと、胸が嫌な音を立てる。
―――あたし、間違ってるんだろうか・・・・・。
すぐに見えなくなってしまった西門さんの姿。 でも、あたしを真剣な瞳で見つめる西門さんの姿が頭から離れなくて―――
あたしは、両手を膝の上できゅっと握り合わせたのだった・・・・・。
|