***Promise vol.2 〜総つく〜***



 -soujirou-

 雑誌の仕事で、ホテルを使った撮影を終えた俺は、1人でホテルを出ようと出口に向かった。

 「あ、西門さん、待って!一緒に帰りましょうよ」
 撮影に参加していたモデルが駆け寄ってきて、馴れ馴れしく俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
 牧野と付き合う前の俺なら、特に気にしたことなどなかったけれど。
 今は、こういうことも煩わしい。
「悪いけど、俺自分の車で来てるから」
 俺の言葉にも、モデルは特に気にしてるふうでもなく。
「どんな車ですかあ?わたしも乗せてくれません?」
 纏わりつくように腕にしがみつく女に、俺は顔を顰めながら足を緩めることなく外に出る。

 「悪いけど、彼女以外の女を乗せる気は―――」
 そう言ったとき、突然目に飛び込んできた光景。

 ホテルの隣にある、俺もよく行くクラブ。

 そこから出てきた男女のカップル―――。

 「牧野?」
 思わず声をかけていた。

 俺の声に弾かれるように振り向いたのは、間違えるはずもない、俺の彼女であるはずの牧野つくし。
 そしてその隣にいたのは、俺の親友のあきら。

 「西門さん?」
 驚く牧野。
 その横にいたあきらが、同じように目を見開く。
「総二郎。お前、何でここに?」
「それはこっちのセリフだろ?何でお前らがここにいる?あきら、いつ帰国したんだよ?」
 思わず声を荒げる俺。
 が、牧野の視線は俺ではなく、俺の腕にぴったりとくっついていたモデルに―――。
「仕事じゃ・・・・・なかったの・・・・・?」
 牧野の声が震え、俺ははっとして女の腕を引き剥がす。
「仕事だよ。彼女はモデルで―――」
「アユで〜す!西門さんと一緒に撮影しました〜」
 再びぴたっと腕にくっついてくる女。
 牧野のこめかみが、ぴくりと震えた。
「へえ。大変だね、茶道の次期家元ってそんな仕事もするんだ」
「しょうがねえだろ。本当に仕事なんだから。こんなモデルと一緒に撮影するなんて聞いてなかったよ」
「あ、そう」
 ぷいと顔を背ける牧野の態度に、俺もむっとする。
「お前こそ、何であきらといるんだよ。あきらが帰国したなんて話も、聞いてねえぞ」
 
 インドに行っていると聞いていたあきらが、何で今ここに、牧野といるのか。
 こんな夜に2人きりで、今まさにあきらの車に乗り込もうとしてる場面に鉢合わせて。
 もしかして、これまでにもこうやって俺に隠れて会っていたんじゃないかという疑念まで浮かんでくる。
 そのとき、あきらが口を開いた。
「昨日、帰国したんだよ。急に決まったことだし、俺も忙しかったから連絡できなくって、悪かったな」
「・・・・・その割には、牧野とはちゃっかり連絡取ってんのはどういうことだよ?俺に黙って2人で会って・・・・・まさか、今までもずっと俺に隠れて付き合ってたとかじゃねえだろうな?」
 思わず口から出てきた言葉に、牧野の表情がさっと強張る。
「なにそれ・・・・・あたしと美作さんのこと、疑ってるの?」
「疑いたくもなるだろ?こんなふうに隠し事されたら」
「自分だって、あたしに黙ってこんなきれいな女の子と―――」
「俺は仕事だって言ってんだろ!?」
「どうだか」
「おい!」
 頭に血が上り、ヒートアップしそうになったところで、あきらが牧野の前に出る。
「ちょっと待てよ、落ち着けって2人とも。総二郎、悪かったよ黙ってて。けどこれは、牧野のせいじゃない。俺が、総二郎には黙っててくれって頼んだんだ」
「いいよ、美作さん。何言ったっておんなじ。あたしと美作さん疑うなんて―――」
 そう言って牧野があきらの腕に手をかける。
「牧野。お前も落ち着けよ。こんなことで喧嘩してたら―――」
「いいってば。もう帰る。送ってくれるんでしょう?」
 そう言って上目遣いであきらを見て、腕をあきらの腕に絡める。
 もともと牧野には弱いあきらだ。
 そんなふうにお願いされればいやとも言えなくなる。
「牧野―――」
「いけよ、あきら」
 投げ捨てるようにそう言った俺を、あきらが呆れたように見る。
「総二郎、いい加減にしろって。お前が大人になれよ」
「余計なお世話だね。俺はお前とは違う。牧野みたいなお子様には、お前みたいな大人じゃなきゃつとまらねえってことじゃねえの。俺はあきらみたいにはなれねえよ」
 あきらの表情が、むっとしたものに変わりその声が低くなる。
「―――少し、頭冷やしたらどうだ。お前がそんな態度に出るなら、マジで牧野は俺がもらうぞ」
 あきらが、牧野の肩を引き寄せる。
 牧野が驚いた表情であきらを見上げている。
「勝手にしろよ」
 完全に頭に血が上っていた。
 俺の言葉に、ショックを受けたように牧野の体が震えるのにも、俺は気付かなかった。
「―――後悔すんなよ」
 助手席側のドアを開け牧野を押し込むように車へ乗せると、そのドアを閉め、再び俺を睨みつける。
「見損なったぜ。牧野のこと、泣かせるようなことはしねえんじゃなかったのか」
「・・・・・泣かせたことなんか、ない。牧野に嘘ついたことだってねえよ。裏切ったのは牧野だろ」
 俺の言葉に、あきらは溜息をつくと、何も言わずに車を回り込み、運転席側のドアをあけた。
「おい!」
「・・・・・前に言ったはずだぜ。おまえが牧野を悲しませるようなことをするなら、俺が牧野をもらうって。言っとくけど、一度手に入れたら俺はそう簡単には手離さねえからな」
 そう言うと、車に乗り込んだあきら。

 助手席に座らされた牧野があきらの方を見る。
 あきらが牧野に優しい笑みを向け・・・・・

 次の瞬間、あきらが牧野に素早くキスをするのが見えた。
 
 俺のほうからじゃ、牧野の表情はわからなかった。
 あきらが、にやりと勝ち誇ったような笑みを俺に向ける。
「―――のやろ」
 耐え切れず足を踏み出した瞬間、車が急発進し、あっという間に遠ざかってしまった・・・・・。

 「え〜なんかすご〜い!あの人、西門さんの彼女〜?モテモテなんだ〜、あの男の人もちょ〜美形!いいなあ〜〜」
 隣の女が甲高い声で騒いでいる。
「ねえ、あの2人も消えたことだしい〜、あたしたちも2人きりで、どっか行きません?」
 誘うように俺の体をなぞる女の手。
 俺は、その手を乱暴に振り払うようにすると、歩き出した。
「あ、ちょっと、西門さ〜ん」
「悪いけど、これ以上俺に近づかないで。はっきり言ってあんたにはこれっぽっちも興味ねえから」
 俺の言葉に、さっと表情を強張らせる女。
「ひっど〜い、あんな女よりアユの方がかわいいのに〜」
「あんたと牧野じゃ勝負にならねえよ。わりいけど、俺は牧野以外の女じゃ立たねえんだ」


 すぐに、後悔していた。
 思わず頭に血が上って・・・・・。

 だけど、その後何度牧野の携帯にかけても、牧野が出ることはなかった・・・・・。





  

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