夜9時。
花沢邸から出てきた牧野を、俺は黙って車に乗せた。
「―――ありがと。迎えに来てくれて」
しばらくして、牧野がちょっとき気まずそうに口を開いた。
「それから―――勝手にバイトのこと決めて、ごめんね」
「・・・・・ああ」
「相談すればよかったって思ったんだけど・・・・・類に、急ぎだって言われてあせっちゃって。それに、類の家なら安心だと思ったんだけど」
牧野の言葉に、俺は肩をすくめた。
「それが間違いなんだって。前にも言っただろ?友達だとは思ってるけど、男としては信用できねえんだって。特にお前に関しては・・・・・。他の男の家に、たとえ仕事でも通い詰めるなんてこと笑って許せるわけねえっつーの」
「ん・・・・・」
「けど・・・・・昼間は俺も言い過ぎた。ごめん」
そう言うと、牧野がちょっと驚いたように俺のほうを見た。
「なんだよ、その顔」
「だって、西門さんが謝るなんて・・・・・」
「お前な」
思わず顔を顰めると、それを見て牧野がぷっと吹き出した。
「ごめん、つい・・・・・」
俺は溜め息をつき―――
車を路肩に寄せると、そのまま停車した。
牧野の家にはまだ着いていない。
隣を見れば、微かに頬を染めた牧野の顔。
艶やかな黒髪に手を伸ばし、そっと撫でるように引き寄せる。
触れるだけのキスから、深く、甘い口付けを交わす・・・・・。
唇を離す頃には牧野の瞳が甘く潤んでいて・・・・・
「このまま、連れて帰りてえな・・・・・」
俺の言葉に、牧野がくすりと笑った。
「明日、茶会があるって言ってなかった?」
その言葉に、がっくりと肩を落とす。
「ったく・・・・・。お前は、あきらとパーティーだっけ」
「ん・・・・・。ドレスとかメイクとか、支度しなきゃいけないから昼ごろには迎えに来てくれるって。パーティーって苦手だから、早く終わってくれるといいんだけど」
「断わりゃ良かっただろ」
「だって、美作さんの頼みだもん、断れないよ」
「甘いよな、お前は」
溜め息をつくと、牧野が苦笑する。
「西門さんも、そうでしょ?だからね、美作さんも花沢類もわかってて甘えてるんだと思うよ?西門さんに」
「性質がわりいな、あいつらは」
「友達だから、だよ。あたしにとっても2人は大切な友達だよ。だから、心配しないで」
「そう言われちゃあ、何も言えねえだろ。しょうがねえから今回だけは我慢してやるよ。ただし・・・・・わかってるだろうな、つくしちゃん」
じっと見つめて言えば、牧野の頬が赤く染まる。
「な、何?」
「あいつらには・・・・・触れさせるなよ」
そう耳元で囁いて。
牧野が何か言う前に、その唇を塞ぐ。
早く自分だけのものにできれば。
その思いが俺の胸を焦がす。
恋人であっても、自分だけのものじゃないという気がして切なさが募る。
離れがたくて。
このままさらってしまうことができたらいいのにと、俺がいつも思っていることなどこいつは気付いていないんだろう・・・・・。
翌日の茶会は、気乗りはしなかったもののサボるわけにも、手を抜くわけにもいかず。
何とか集中力をかき合わせて時間が過ぎていくのを待った。
ようやく茶会が終わった頃にはすっかり日も暮れていて。
俺は母親の小言が始まる前に家を飛び出し、車を走らせたのだった。
パーティーの会場は都内の高級ホテルの最上階にあるホールだった。
もちろん招待客しか入れなかったしパートナー同伴が原則だ。
どうやってそのパーティーに入り込むか。
急なことだったから桜子や優紀ちゃんに頼もうにも2人とも連絡がつかないときてる。
滋は今海外だって話だし、他の女に頼むのはそれこそ後が面倒だ。
ホテルに着いたものの、どうしようか考えあぐねていると、突然後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには見知った顔の2人が立っていたのだった・・・・・
|