***Only one. 2 vol.3 〜総つく〜***



 
 美作さんに渡されたシャンパングラスを手に、息をつく。

 さすがに慣れないドレスを着てダンスを1時間も踊っていれば疲れるというもの。

 『これくらいは必要だろ』と言われ、しぶしぶ美作さんの教わったとおり踊っていたけれど・・・・・。

 「さすがに疲れたか?がんばったな」
 黒のタキシードで決めた美作さんが、グラスを手ににっこりと微笑む。
 さすがF4。
 こういう姿はかっこよくて思わず見とれてしまう。
「かっこいい俺に惚れちゃったりした?」
「何言ってんの、もう・・・・・。でも、美作さんって教え方うまいよね。すごい上達した気がする」
「だろ?なんだったらちゃんと教えてやろうか?美作あきらダンス教室。生徒はお前1人だけど」
 美作さんの言葉にぷっと吹き出す。
「何それ。そんなの、本当にやったら生徒が殺到しそうだよ」
「そりゃそうだ。そんなこと面倒くせえからやらねえよ。お前にだけなら教えてやってもいいけど」
 そう言って優しい瞳で見つめるから、なんだか緊張してしまう。
 急にアルコールが回ってきたみたいに、頬が火照るのを感じる。

 ふと、グラスを持っていないほうの手が冷たい感触に包まれ、ドキッとする。

 美作さんが、あたしの手を握っていた。

 「―――このまま、お前を掻っ攫えたらいいんだけどな」
 耳元で囁かれるその声はいつもよりも甘く、背中をぞくりとさせた。
「な―――に言ってるの・・・・・」
 声が震える。
 美作さんの顔が見れなかった。
「総二郎から・・・・・お前を奪い取れるわけねえってわかってる。それでもやっぱり、俺は―――」
「やめて・・・・・」
「俺は、あいつには・・・・・あいつらにはかなわねえんだ、昔っから。だから、張り合おうとも思わなかった。けど・・・・・お前に関しちゃ、それで諦めることができねえ。自分でも驚いてるよ」
 穏やかな声。
 いつもの美作さんの・・・・・
 あたしはそっと、美作さんの顔を見上げた。
「美作さんが・・・・・他の3人に敵わないなんて、思ったことないよ」
 あたしの言葉に、美作さんがふっと笑った。
「慰めてくれんの?」
「そんなんじゃなくて。張り合うとこなんかないでしょ?それぞれが、まったく違う人なのに。美作さんは、美作さんだもの。あたしは、西門さんが好きだけど・・・・・でも、恋愛感情とは別の部分で、美作さんのことが、すごく好きだよ。美作さんの傍にいるとほっとする。何でも、言ってみたくなる。それは、類とも道明寺とも違う何か・・・・・おにいちゃんがいたら、こんな感じかもって思う」
「俺は、お前の兄ちゃん?」
 くすりと笑うその笑顔は、やっぱり優しくて。
「うん。他の3人じゃ、そんな風に思わない。ね・・・・・おにいちゃんだったら、家族だからずっと一緒でしょ?」
「―――ずっと?」
「うん、ずっと」
 そう言ってにっこりと笑って見せると、美作さんはあたしの顔をじっと見つめ―――
 そして、やわらかく微笑んでくれた。
「そうだな・・・・・。兄貴なら、総二郎とは別れることがあっても、俺とは別れないってわけだ」
「それはちょっと不吉だけど。でも、そういう事でしょ?」

 2人で、手を繋いで顔を寄せ合いながらくすくすと笑う。

 他の誰といるのとも違う感じ。
 そう。この人の傍は安心するんだ・・・・・。

 「―――お取り込み中悪いけど、ちょっと離れてくんねえ?」

 突然聞こえてきたその低い声に、あたしと美作さんは驚いてぱっと離れ、振り向いた。
「西門さん!」
「総二郎!何でここに?」
 目の前には不機嫌に顔を顰めた西門さんが立っていた。
 美作さんの問いには答えず、無言であたしの手を取り引き寄せる。
 だけどもう一方の手はまだ美作さんと繋がれていて。
「おい、待てって。今日は牧野は俺のパートナーだぜ」
 美作さんの言葉に、西門さんが足を止めて振り返る。
「まず説明しろって。何でお前がここにいる?」
 その問いに、西門さんはちらりとホールのほうを見渡し、ある方向に視線を止めるとそちらを顎でくいっと指し示した。
「お前の両親に会ったんだよ、このホテルのロビーで」
 言われてあたしもそちらを見ると、ロマンスグレーの髭を生やした貫禄のある男性と、隣にいるのは間違いなく美作さんのお母さんで、仕事の相手らしい中年夫婦と挨拶を交わしていたのだった。
「え、でも確か美作さんのお父さんは来れないって・・・・・」
 だから、代わりに美作さんが行くんだって、そう聞いたのに。
「―――ああ、来れない予定だったんだ。けど予定が変わって、時間は遅れるけど途中からなら出られそうだってことになった。ただ、いつ来れるかは仕事の都合でわからないから俺が先に来てるってことは変わらない。だから特に言わなかったんだよ」
「あ、そうなんだ」
 美作さんの言葉に、そのまま納得して頷くあたし。
「下で声かけられて、良かったら一緒にって言われたんだよ。どうやって入ろうかと思って悩んでたとこだったから助かったけどな。―――お前は、何をやってるわけ?」
 声は落ち着いているけれど、あたしを見る西門さんの目は鋭かった。
「何って―――」
「あきらと手ぇ繋いで、顔くっつけてこそこそ話して、はたから見たらいちゃついてるカップルにしか見えねえよ。パーティーに行っていいとは言ったけど、そこまで接近していいとは言ってねえ。どういうつもりだよ?」
「いちゃついてなんか・・・・・ちょっと話してただけだよ」
「総二郎、そう目くじら立てんなよ。今日は、牧野のパートナーは俺なんだ。手ぇ繋ぐくらい大目に見ろって」
「パーティーに2人で行くってだけで充分大目に見たつもりだぜ。悪いけど、こいつを貸すのはここまで。お前の親父さんたちも来てるんだし、こいつはもう返してもらうぜ」
 そう言って西門さんがあたしの手をぐいっと引っ張ると、美作さんの手が緩み、諦めたように手を放した。
 振り向くと、苦笑を浮かべ、肩をすくめる美作さんがあたしを見つめていた。
「しょうがねえな。これ以上やったらぶん殴られそうだから諦めるよ。悪かったな、牧野」
 美作さんの言葉に、あたしは首を振った。
「ううん。楽しかったよ。今度―――本当にダンス教えて」
 笑顔でそう答えると、美作さんは嬉しそうに笑った。
「喜んで。お前専属コーチ、やってやるよ」


 「気にいらねえ」
 ホテルを出て2人で歩きながら。
 眉間に皺を寄せたまま、西門さんが呟いた。
「まだ言ってるの」
「当たり前だ。何がダンスの専属コーチだよ。絶対させねえからな」
「だって、西門さんだって言ってたじゃない。ダンスくらいできないとこれからは困ることもあるって。美作さんならそういうの慣れてるし、教え方もうまいし」
「俺が教えるからいい」
「だって、西門さん忙しいじゃん」
「あきらに任せるくらいなら俺がやるっつってんの。いいか、これからは絶対あきらと―――類とも、2人きりにはなるなよ?」
 人差し指をつきたてられて、思わず詰まるけれど。
「無茶だよ。明日も花沢類の家でバイトなのに」
「家政婦のバイトだろ?類と2人きりになる必要ねえだろうが」
「だってあたしは類様係―――」
 思わず言ってしまってから、しまったと口を押さえる。
 が、時すでに遅く・・・・・
「類様・・・・・係だと・・・・・?」
「いや、違うの、これは―――」
「―――どういうことか、ちゃんと説明してもらおうか?つくしちゃん。ことと次第によっちゃあ、今日は帰れないと思えよ―――?」

 満面の笑みを浮かべた西門さんの、冷たい炎が燃え盛るその瞳に、あたしの背中を嫌な汗が流れていったのだった・・・・・。



                             fin.





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