全身から怒りのオーラを発している龍太郎。 そのオーラを遮るようにヒトミの前に立つ一ノ瀬。 ヒトミは・・・一ノ瀬の影からそっと龍太郎の様子を伺った。
―――完全に怒ってる・・・よね・・・。 でも。わたしだって怒ってるもんっ。 ヒトミは、自分を守ってくれるように立ちふさがっている一ノ瀬をちょっと見上げ、その腕に触れた。 一ノ瀬が、それに気づいてちらりとヒトミを振り返る。 ヒトミは一ノ瀬に少し笑って見せると、小さく頷いた。 「・・・大丈夫です」 「・・・そうか・・・」 一ノ瀬はヒトミから離れると、龍太郎のほうに軽く一礼し、エレベーターに乗り込んで行ってしまった。
一方、今の光景に2人のただならぬ雰囲気を勝手に感じ取り、ますます怒りのオーラを増強させている男が1人・・・。 「・・・説明しろよ」 低い声には、明らかに怒りが含まれていたが。 ヒトミはその龍太郎の目をまっすぐに見返し、答えた。 「分かりました。じゃ、先生の部屋に行ってもいいですか?」 いつになく強気なヒトミの言葉に龍太郎は少し驚いたものの、すぐに肩をすくめてアゴで自分お部屋を指し示した。 「入れよ・・・」 部屋に入り、テーブルを挟んで、2人向かい合って座る。 龍太郎は腕を組み、相変わらず怒りのオーラを発していた。 ヒトミはそんな龍太郎をまっすぐに見つめ・・・一つ、大きく息を吸い込むと意を決したように口を開いた。 「・・・ごめんなさい」 ズル。 まさか、いきなり謝られるとは思っていなかった龍太郎。文字通りずっこけた。 「・・・あのなあ・・・」 頭を抱える龍太郎に、ヒトミは更に続けた。 「今日、先生との約束を破って一ノ瀬さんと出かけたことは悪かったと思ってます。それについて言い訳するつもりはないです。ただ・・・一ノ瀬さんはわたしのためについてきてくれただけですから、一ノ瀬さんは悪くないんです。それだけは、分かってください」 「ふん・・・それで?」 謝りながらも一ノ瀬を庇う態度が、おもしろくなかった。が、一応その先を聞いてみる。 「一ノ瀬さんは・・・落ち込んでいたわたしを元気付けようとしてくれたんです」 「落ち込んでた・・・?」 「はい」 「・・・理由は?」 「・・・・・・理由は・・・・・・」 そこで言いよどむヒトミに、龍太郎の眉がピクリと吊り上る。 「・・・俺には言えないことなのか?一ノ瀬には言えるのに?」 「一ノ瀬さんには言ってません」 「・・・・・どういうことだ?」 「先生・・・・・昨晩のこと、覚えてますか・・・?」 「昨晩?」 聞かれて、龍太郎は顎に手をやり考えた。 ―――昨晩・・・何人かの教師達と一緒に飲みに行ったよな・・・居酒屋行って・・・で・・・? 12時をまわったころからの記憶があやふやなことに気づき、龍太郎は頭をかきながらヒトミを見た。 「いや・・・途中からはよく覚えてねえな。けど、朝起きたときにはちゃんとベッドで寝てたし・・・妙なことはしてないと・・・」 「・・・・覚えて、ないんですか」 ヒトミの声は、明らかに怒っていた。 形勢逆転。 龍太郎が覚えていない、ヒトミが知っていることで、どうやらヒトミは怒っていて、今日のことにも関係しているらしい・・・ということは龍太郎にもわかった。が、それが分かっても肝心の原因を龍太郎が覚えていないのでは、どうしようもない。 「・・・・なにが、あった?」 龍太郎の言葉に、ヒトミは目を伏せ、ぎゅっとこぶしを握った。 「・・・・・わたし、見ちゃったんです」 「だから、何を?」 「・・・・先生と、派手な女の人が一緒にいるの・・・先生、その人に送ってもらってた」 ヒトミの言葉に、龍太郎は拍子抜けしたように、息をついた。 「なんだそりゃ・・・大方、飲み屋の姉ちゃんが酔っ払った俺を見かねて送ってくれたんだろうよ。んなことでおこんなよ」 あきれたような物言いに、ヒトミがカチンときて龍太郎をキッと睨みつけた。 「んなことじゃないです!だって、飲み屋の女の人がどうしてわざわざこんなとこまで送ってくれるんですか?カギだって、先生がその人に渡したんでしょう?」 「まあそりゃ、たぶん・・・けど、俺のカギは俺に手元にちゃんとあるし、ここを開ける時だけ貸してやった・・・んだと思うぜ」 「・・・・じゃあ、どうして服が乱れてたんですか?」 「そりゃ、たぶんべろべろに酔っ払ってる俺を支えて歩いてるうちに俺の服が引っ張られて・・・ああ、そういやシャツのボタンが2つくらいぶっ飛んでたな」 「じゃあ、じゃあ、どうして先生のほっぺたにキスマークが付いてたんですか!?」 最後はほとんど叫ぶように、こらえきれなくなった怒りが爆発してしまった。 「キ、キスマーク?んなのしらねえよ!」 「知らない、じゃないです!わたし、この目で見たんですから!」 「ちょ、ちょっと待て!今思い出すから!な、落ち着け!何かの勘違いだって!」 真っ赤になってわなわなと震えている恋人の姿に、さすがに龍太郎もあせり、必死に思い出そうと頭を抱えた。 そして・・・・・ 「あ・・・・・・・思い出した・・・・・・・」 龍太郎の言葉に、ヒトミは怒りもそのままに更に睨みつけた・・・が。 龍太郎はなぜか、まるで怖い目にあったかのように真っ青な顔で口を押さえていたのだった・・・・
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