「先生・・・・?」 「あー・・・・ワリイ」 龍太郎は心底嫌そうな顔をして頭をかいた。 ヒトミは、そんなに話したくないことなのだろうかと、悲しい気持ちになったが・・・ 「あのな、最初に言っとくが、誤解だぞ・・・ああ待て、今全部話すから」 何か言おうと口を開きかけたヒトミを手で制し、龍太郎は頭をかきながら口を開いた。 「昨日・・・先生連中と飲みにいった。それはお前も知っての通りだ」 龍太郎の言葉にヒトミも頷く。 「居酒屋で、12時ごろまでは俺も普通に飲んでたんだ。そのあと・・・もう1件行こうってことになった・・・が、俺は帰るつもりだったんだ」 「そうなんですか?」 「ああ。今日のこともあったし、またいつもみたいにお前を待たしちゃ悪いと思ったしな」 意外だった。 竜太郎が、自分のことを気にしてそんなこと考えるなんて・・・。 「けどそん時にめちゃくちゃ酔っ払っちまってるやつがいて・・・そいつにどうしてももう1件付き合ってほしいところがあるって言われて、仕方ねえからその店まで付いていってやったんだよ。そしたら・・・」 そこまで話すと、龍太郎はまたいやなことでも思い出したように眉間にしわを寄せ、ため息をついた。 「その店がな、その・・・いわゆるゲイバーってやつだったんだよ」 「ええ!?」 「ったく・・・知ってたら行かなかったっつーの。けどそいつに無理やり引っ張られて・・・一杯だけ付き合うつもりで飲んだら、そこのホステス・・・いやホストか?何でもいいや、そこのオカマのやろーどもが次々に『こっちも飲め』だの『あたしの酒は飲めないの』だとか言って無理やり飲ませやがって・・・もう、途中からは記憶がねえ」 「・・・・・・・・じゃあ・・・・・」 「全く覚えてねえけどな・・・たぶんそのキスマークってのはそんときにいたオカマの1人につけられたもんで、ここまで送ってきたってのもオカマだよ」 頭をかきむしりながら、イライラしたように言う龍太郎。 ヒトミはなんと言っていいかわからず・・・ 龍太郎がオカマに囲まれて閉口している様子を頭に思い浮かべ、思わず吹き出してしまった・・・。 「おい・・・・・」 吹き出してしまったヒトミを睨みつけ、文句を言おうとする龍太郎にヒトミは、 「ご、ごめんなさい・・・なんか安心したら思わず・・・・」 と言って謝ったものの、笑いは止まらず・・・ 「ったく・・・。大体、いくらなんでも酔った俺様を支えて歩けるような怪力女、そうそういるわけねえだろ」 「あは・・・ですよね」 「・・・・・で?」 「え?」 「落ち込んでた理由ってのは分かった。が、何でそれで一ノ瀬と出かけることになるんだよ?」 「あ・・・・・」 途端、ヒトミの背中を嫌な汗が伝った。 「ちゃんと答えろよ?」 「・・・・あの・・・・屋上で洗濯物を干してたら、一ノ瀬さんが来て・・・先生のことを話したわけじゃなくって、わたしが落ち込んでるのを見て、一ノ瀬さんが・・・その、どこか行きたい所に付き合ってやるって・・・」 「ほお」 龍太郎の目は完全に据わっていた。 「で、その、動物園に・・・でも、やっぱり先生のことが気になって・・・。それが、顔に出ちゃったんだと思います。一ノ瀬さんのほうからもう帰ろうって・・・」 「なるほど。つまり、そこで一ノ瀬がそう言わなかったら、お前はその後もずっと一ノ瀬と一緒にいたわけだな」 「え・・・・・」 ・・・言い訳する言葉が見つからなかった。 勝手に誤解して、約束破って一ノ瀬と出かけた。それだけで怒られるには十分だった。 「ご・・・ごめんなさい」 ヒトミは今度こそ素直に、心から龍太郎に謝った。 そして・・・・・
次の瞬間、ヒトミの体はふわりと龍太郎の大きな腕に包まれた。 「・・・・・心配させやがって」 耳元で低く囁く龍太郎の声に怒りは感じられず、その代わり、ドキッとするような切なさが伝わってきた。 「・・・今日のことは、もう謝らなくていい。誤解されるようなことをした俺も悪い。さっさとあんな店出て帰ってくりゃあよかったんだ」 「先生・・・」 そんなこと、出来ないくせに・・・。 ヒトミは知っている。 なんだかんだ言って面倒見のいい龍太郎のこと。 酔っ払った若い教師達を放って帰ることが出来なかったんだろう。 そのくらいのこと、ヒトミだってわかっているのだ。 でも、あの光景を見た途端、そんな理性はどこかに吹っ飛んでいってしまったのだ・・・。
「・・・今朝、お前達がここを出て行くのが見えたんだ」 「え?見てたの?」 「ああ。すぐに追いかけりゃあ、止められたのにな」 そう言って、龍太郎は自嘲気味に苦笑いした。 「情けねえことに、俺はすぐに動くことが出来なかった。その後も・・・探しに行ってる間に帰ってくるかもしれないと思ったらあそこから動けなくなっちまった」 ヒトミは驚いて龍太郎の顔を見上げた。 そこには、ちょっと罰が悪そうに顔を赤らめた龍太郎がいた。 「ったく・・・お前達が2人揃って帰ってきたときには危うく一ノ瀬をぶん殴りそうになったぜ」 「ええ!!」 「さすがに、俺様も教師だからな。なんとか理性で押さえ込んだけどな・・・あぶねえところだった」 驚いて口をぽかんと開けてる瞳を見て、龍太郎は少し困ったように笑うと、その耳元に囁いた。 「俺様をここまではまらせた責任、取ってくれるんだろうな。ヒトミちゃん?」 低く、甘い声にヒトミの胸は高鳴り、体の心がカッと熱くなるのを感じた。 「せんせ・・・」 「何も言うなよ」 開きかけた口を、龍太郎は指で軽く塞ぎ・・・ そっとヒトミの顎を持ち上げると、ゆっくりと唇を重ねた。 じっくり味わうように、唇から熱を送り込む。 やがてヒトミがなんにも考えられなくなるほど長い口づけを交わしたあと、龍太郎はその体をゆっくりと横たえたのだった・・・。
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