翌日、いつものように兄と朝食をとり、洗濯物を干しに屋上へ上がる。 兄に勘繰られないよう、いつもと同じように振舞う。 うまくごまかせたかどうか自信はなかったが・・・ 「ふう・・・」 いつもとなんら変わらない朝。なのに気分は・・・・ 「朝っぱらから何を1人で重い空気を作っているんだ」 突然後から低い声で言われ、ヒトミは驚いて振り向いた。 「い、一ノ瀬さん!」 一ノ瀬が全く似合わない洗濯カゴを手に、後ろに立っていた。 「・・・邪魔なんだが」 「あ・・・ご、ごめんなさい」 ヒトミは慌ててそこを退き、一ノ瀬を通した。 一ノ瀬はそこをすたすたと通り過ぎ、手早く洗濯物を干し始めた。 ヒトミも慌ててそれにならう。 「・・・何かあったのか」 「え?」 一ノ瀬が洗濯物を干しながら、ヒトミのほうは見ずに口を開いた。 「ずいぶん落ち込んでいるように見えるが。また成績でも落ちたか?」 「そ、そんなんじゃ・・・ないです・・・」 否定しようとして・・・またあの光景を思い出し、落ち込む。 ヒトミにはまだまだ到底似合わないだろう、真っ赤な口紅のあと・・・。 ヒトミは小さくため息をつき、また洗濯物を干し始めた。 そんなヒトミは、一ノ瀬は黙って見ていたが・・・
「・・・いい天気だな」 一ノ瀬の唐突なせりふに、ヒトミは目を瞬かせた。 「・・・そうですね」 「どこか行くか?」 「え・・・??」 一ノ瀬の、珍しい言葉にヒトミは心底驚いて目をぱちくりさせていたが、一ノ瀬は半ば呆れ顔で続けた。 「なんて顔してるんだ。・・・どうせ暇なんだろう。俺もたまには息抜きしたい。どこか行きたいところがあれば、付き合うぞ。・・・無理にとは、言わんが」 ふいと目をそらし、眉間にしわを寄せながらも頬には少し赤みがさしているようにも見え・・・ 落ち込んでいるヒトミを察して、一ノ瀬なりに気を使ってくれているんだと気づく。 「・・・ありがとうございます」 「・・・どこか、行きたいところでもあるか?」 「そうですね。じゃ・・・動物園でも行きませんか?」 「動物園・・・」 あまり一ノ瀬が得意そうではない場所だったが・・・ ひょいと肩をすくめると、意外にも優しい笑顔をヒトミに向け、頷いた。 「じゃあ決まりだ。これが終わったら支度して、エントランスに下りてこい」 「はい!」 一ノ瀬の笑顔にほんの少し元気付けられ、ヒトミも笑顔で頷いたのだった・・・。
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