「―――あ、ケーキ・・・ありがと」 突然、牧野が思い出したように言った。 「ああ、別に・・・。俺が悪いんだし」 「えっと、コーヒー、入れるね」 そう言って立ち上がる牧野。 ほんのり染まった頬が、俺を意識してくれてるんだと思わせてくれてなんだか嬉しかった。 そんなことで嬉しくなるなんて、俺もまだまだだな。 なんて思いながら、何気なく牧野の行動を見ていたが。
台所で、お湯を沸かし始める牧野。 洗ってあったコーヒーカップを2つ、並べる。 そこまではいい。だけど。 「・・・なあ、何で3つ?」 「え?何が?」 「コーヒーカップ。洗ったのが3つあんじゃん。今、弟と2人暮らしだろ?」 漸く落ち着いてた俺の心が、またざわつく。 「あ・・・・これ、今朝類が来たときの・・・・」 「類が・・・・来たのか?ここに?」 「うん。ランチを、レストランで予約したって言うんだけど時間がまだ早かったから、一旦うちに来てもらったの。1時間くらい時間潰して・・・・」 「ちょっと待て。何でお前はそういうこと平気でするんだよ」 俺は立ち上がると、牧野の傍まで行った。 「そういうこと?」 牧野はきょとんとして首を傾げている。 「何で男を平気で家に上げたりするんだって言ってんの」 「え・・・・・だって、類は・・・・・・」 「特別ってやつ?じゃ、類だったらここでお前を襲っても許せるのか?」 「な、何言ってんのよ、違うわよ。類はそんなことしないし・・・・・」 「何でわかる?あいつだって男だぜ?それも、ずっとお前のことを好きだって言ってる・・・・そんなやつを、どうして家に上げるんだよ?」 どうしようもなく類に嫉妬していた。 牧野の『特別』 それは仕方がないことだって頭ではわかってるつもりだけど、モヤモヤする気持ちはどうにも出来ない。 「そんなに怒らないでよ!類は絶対そんなことしないよ。あたしが嫌がるようなこと、する人じゃないって西門さんだって分かって・・・!」 聞いてられなかった。 牧野の腕を引き寄せ、その唇を塞ぐ。 驚き、離れようとする牧野の腰に手を回し、逃げられないように抱きしめる。 「―――――っ、や・・・・・・・・・!」 胸を押され、一旦唇を離すと、牧野が泣きそうな顔で見上げてくる。 「何で・・・・あたしのこと、信じられない?」 「・・・・・そういうことじゃねえ。信じるとか、信じないじゃねえ。俺は、お前が俺以外の男と2人きりでいるのが嫌なんだよ。それが類じゃなくても、だ。でも、類の気持ちは知ってるからな、だから余計に頭に来る。もう少し、あいつを警戒しろ!」 そう言っても、まだ牧野は納得のいかない顔をしている。 「・・・・・あのな、普通の男だったら、好きな女と2人きりで部屋にいれば当然その女を抱きたいって思うもんなんだよ」 「な・・・!抱きたいって、そんな直接的に言わないでよ!」 「間接的に言ったって同じだろ。とにかく、いくら類だってそういう欲求は持ってるんだよ!お前のことを大切に思ってるから自制してるんだろうけど、何がきっかけでそれが崩れるか、わかったもんじゃねえ!」 「だ、だって、そんなこと今まで一度も・・・・」 牧野がなおもまだ類のことを庇おうとするのを見て、俺は更にいらだった。 類が、司がいなくなってからずっと牧野を支えていたことは知ってる。 しょっちゅう家に来て入り浸っていたってことも。 家族がいることもあれば、2人きりのこともあっただろう。 そのときにも何もなかったってことが、信じられないわけじゃない。 もし仮に何かあったとしたって、過去のことだ。 そのときには俺も複数の彼女と付き合ってたわけだし、類とのことをとやかく言う資格なんかない。 それはわかってる。わかってるけど・・・・
俺は、過去の類にも嫉妬していた。 ずっと牧野の傍にいて、見守ってきた男。 俺の知らない牧野のことも、きっと知っているんだろう。
「あ、お湯、沸いた」 やかんのお湯が沸き、牧野は慌てて火を止めた。 そして、そのやかんを持とうとする牧野の手を、俺は後ろから掴んでそのまま抱きしめた。 「な、何・・・?」 戸惑う牧野の声。 「やっぱコーヒー、いらない」 「い、いらないって・・・・・」 「・・・・我慢できねえ」 「え・・・・?」 戸惑って体を捩ろうとする牧野。 俺はそんな牧野を抱きしめる力を強め、首筋にそっとキスを落とした。 「ひゃっ、やだ、なに・・・・・」 「男が、どんなもんか・・・・・・物分りの悪い姫に、教えてやろうか?つくしちゃん」 耳元で囁き、ついでにぺろりと耳朶を舐めあげると、牧野は「あっ」と短い声を上げ、体を震わせた。 「や・・・・はな、して・・・・・」 「離すわけ、ねえだろ?どんだけ俺がお前に惚れてるか・・・・わからせてやるよ・・・・・」 腰に回していた手を徐々に胸元まで持っていき、服の上からその小さな胸を掌に納める。 「・・・・・っ、西門、さん・・・・・だめ・・・・・」 「ダメじゃない。もう、これ以上我慢できねえ。お前と付き合ってから今まで・・・・中学生みたいなキスくらいしかしなかった。俺が、どんだけ我慢してたかわかるか?手を出したくても、出せなかった。お前の気持ちがちゃんと俺に向いてから・・・・そう思ってたんだ、ずっと」 「・・・・・・・」 「漸くお前の気持ち知って・・・・・でも大事にしたいから。無理やりなんてことはしたくなかった。だけど・・・・もうだめだ」 「だめって・・・・・」 「お前が・・・・簡単に類を家に上げたりするってわかったら、もう我慢なんかできねえ」 「そ、そんなの・・・・・類のせいにするなんて・・・・・」 「あいつが、言ってたよ。今度こじれたら、牧野を奪ってやるって・・・・・あいつはそれくらい、本気なんだ。そんなやつと2人きりでなんかいさせたらどうなるか・・・・・今まで何もなかったから、なんて安心なんかできるかよ」 そこまで言うと俺は、牧野が何か言うより先にその体をこちらに向けさせ、そのまま唇を塞いだ。 「・・・・・・・・んっ、ふ・・・・・・・・」 息継ぎに一瞬開けられた隙間から、舌を差し込み口内を貪る。 牧野に、こんな乱暴なキスをするのは初めてだった。 ずっと大事にしてきた。今でもその思いは変わらないけれど。 類の顔が、目の前をちらつく。 「西門さん・・・・!ね、あたしのこと、信じてよ・・・・・もう、類を家に上げるようなこと、しないから・・・・・だから・・・・・」 牧野は俺からぐいと顔をそらせると、必死にそう言った。 「・・・・・そうだといいけどな。でも、どっちにしろもうだめ。諦めろ」 そして俺は牧野を横抱きに抱きかかえると、部屋の真ん中まで連れて行き、畳の上にその体を横たえた。 「ちょ、ちょっと!」 「何?あ、痛いか?布団ひいた方がいいか?」 「そそ、そうじゃなくて!」 必死に抵抗を試みる牧野。 でも男の俺の腕力に、敵うわけがない。 あっという間に組み敷かれて、俺の下でうろたえる。 「・・・・・1つ、聞きたい」 「な、なに・・・・・」 「類に・・・・何もされてない?」 「な、何もって、何を・・・?」 「たとえば、キスとか・・・・・」 その言葉に、ぎくりとする牧野。 ―――こいつのこういう正直なところは、ある意味犯罪だな・・・・・。 「・・・・キス、されたんだ?」 「ち、ちが、あの・・・・・・」 「されたんだろ?どこ?額にされたのは俺も見たことあるけど。そんなにあせるってことは、ここ・・・・」 そう言って俺は、人差し指で牧野の唇をなぞった。 ピクリと反応し、頬を染める牧野。 それが、俺に対する反応なら嬉しいけど・・・・ 「・・・・・思い出しちゃった?類のキス」 「そんなんじゃ・・・!」 「・・・・・でも、嫌じゃなかったんだろ?それ」 「だ、だって、そのころはあたしも類のことが好きで・・・・・そ、それに2度目のときは突然で一瞬何が起こったのか・・・・・」 「ふーん・・・・・2回したわけだ・・・・・」 「!!」 金魚みたいに口をパクパクさせる牧野。 全く・・・・・正直にも程がある。 「牧野、覚悟して」 「はい?」 「俺・・・・・手加減できそうにもないから」 そう告げて。
俺はまた、牧野に深い口付けを与えた・・・・・・・・。
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