***言葉に出来ない vol.3***



 -soujirou-
 「くっそ、あいつ電源切ってやがる」
 俺は携帯を睨みつけて思わず吐き捨てるように言った。
 何度かけてもコールのみ。
 挙句には電源も切られてしまうという嫌われようだ。
「この俺相手に・・・・いい度胸じゃねえか」
 額に青筋。
 全くここまで俺を振り回す女なんて初めてだ。
「結局、ここまで来ちまったじゃねえかよ・・・・・」
 足を止めて見上げたそこには、牧野のアパート。
 窓からは明かりが漏れて、中に人のいる気配もする。
 ―――できれば、あいつの家族がいない場所で話したいんだけどな・・・
 でも、ここまで来てしまっては仕方ない。
 俺は溜息をひとつつくと、意を決してアパートの階段を上り始めた。

 牧野の部屋の前まで来ると、一呼吸置いてから、ドアをノックした。
「はーい」
 牧野の声がドア越しに聞こえ、玄関に近づく音。
 開ける前に何か言われるかと思えば、何の躊躇もなく鍵を外し、ドアが開いてきたから驚く。
「―――西門さん!?」
 牧野が俺を見て、心底驚いた顔をする。
「お前・・・・こんな時間にドアノックされて、簡単のドア開けてんじゃねえよ!不審者だったらどうすんだ!」
 あまりの無防備さに俺が怒鳴ると、牧野は途端にむっと顔をしかめ、そのままドアを閉めようとした。
「だあっ、ちょっと待てって!話があんだよ、聞け!」
「あたしはない!」
「俺はあんの!このまま閉めたら、このドア壊れるまで叩き続けるぞ!」
「げ!やめてよ!弁償代かかるじゃない!」
「だから話をきけっつーの!」
 玄関での押し問答。当然隣近所にも聞こえていただろう、下の階でドアが開く音がする。
「!!と、とにかく入って!」
 牧野はそう言うと俺の腕を引っ張って中に入れ、バタンとドアを閉めた。
「・・・・お前、1人?」
 すぐに見渡せる狭い部屋。どう見ても誰もいなかった。
「両親はスーパーで泊り込みの仕事してるって言ったでしょ?弟は今日は友達のところに行ってるから」
「あのな・・・・それならなおさら、お前1人でいるときに簡単にドア開けたりすんなよ、あぶねえから」
 呆れながらも、つい心配でそう言うと、牧野はなんとも言えない表情で俺を見た。
 気まずい沈黙に、俺は持っていたものを思い出し、それを差し出した。
「はいよ、これ」
「え?これ・・・・・って」
 持って来たのは、例のカフェで買ったケーキ。
 つぶれてしまってどのケーキを買ってくれたのかよくわからなかったが、おそらくこれかな?と思う、俺の好きなビターチョコのケーキと、牧野が好きそうなチーズケーキを買ってきた。
「・・・悪かったな。せっかく俺のために買ってくれてたのに・・・」
 そう言うと、牧野は顔を赤らめて、横を向いた。
「べ、別に!あんたのためじゃ・・・・あ、あたしが食べようと思って買ったんだもん!」
「・・・・・・あ、そ。とにかくやるよ」
 相変わらず意地っ張りな牧野に溜息をつきながらも、俺はこれ以上こじらせたくなくて、素直に聞くことにした。
 牧野は、そんな俺の態度に戸惑いながらも、そのケーキの箱を受け取った。
「・・・・あ、上がれば?いつまでもそんなとこ突っ立ってないで・・・」
 そう言って先に部屋の中に入り、ちゃぶ台にケーキを置く。
 俺は靴を脱ぐと、その後についていきちゃぶ台の横に座った。
「・・・・・コーヒー、飲む?」
「いや、いい。先に、話がしたい」
「・・・・・・・・」
 俺の言葉に牧野は黙り、きゅっとこぶしを握る手に力をこめた。
「・・・・・今日のことは、謝る。あんなこと言うつもりじゃなかった・・・・。ごめん」
「・・・・・」
「思わず頭に血が上って・・・・・反省してるよ、マジで」
「・・・・・無理、しなくていいよ」
「は?」
 予想もしていなかった牧野の言葉に、俺は顔をしかめる。
「大体、西門さんがあたしと付き合うなんて、最初から無理があったんだよ。あんな賭けして、勢いで付き合いだしたからって、無理にあたしに合わせようとしてくれなくてもいいよ。あたしと別れたいなら、もっと早くそう言ってくれれば・・・・・」
「ちょっと待て!」
 早口でまくし立てるようにしゃべりだした牧野の言葉を、俺は少し大きな声で止めた。
 ―――何言ってんだ、こいつ
「何言ってんだよ?俺は、お前と別れたいなんて思ってねえよ」
「・・・嘘だよ。だって・・・・西門さん、ずっと無理してるもん。あたしのこと元気付けてくれるために、いろんなところ連れて行ってくれたり、お茶会に誘ってくれたり、休みごとに・・・・・たくさんいた彼女たちとも別れちゃうなんて、やりすぎ。あたしに気を使ってくれるのは嬉しいけど、あたしはもう大丈夫だから。道明寺とのことももう吹っ切れたし、1人でも大丈夫だよ。だから・・・・」
「―――ふざけんな!!」
 俺は、牧野の肩を掴むとそのままその体を引き寄せ、思い切り抱きしめた。
「!!・・・・・・西門・・・・・さん?」
「俺は・・・・お前とそんなつもりで付き合ってたんじゃねえ」
「え・・・・・」
「確かに、最初はお前を元気付けたいって気持ちがあった。司とのこと話すお前は痛々しくて・・・見てらんなかった。だから、傍にいてやりたいって思った。だけど、そのためだけに他の女全部切って、お前と付き合いだしたわけじゃねえ」
「・・・・・・・」
「賭けなんて、ただの言い訳だ。きっかけが欲しくて・・・・ああでもしなきゃ、お前とは付き合えねえって思ったんだ」
「どういう・・・・意味・・・・・?」
 俺は、牧野の体をちょっと離すと、真っ直ぐに牧野の瞳を見つめた。
「俺は、お前が好きだ」
 俺の言葉に、牧野の瞳が見開かれる。
「・・・・・もうずっと前から、好きだった。自分でも気付かないうちに、惚れてた。だけど、どう言ったらいいかわからなかった。俺はこういう男だし、普通に告ったって、相手にされないだろうと思ってたから。だけど・・・・本気なんだよ。他の女なんか目に入んねえくらい・・・お前が好きなんだ」
「うそ・・・・・」
 まだ疑う牧野の言葉に、俺は溜息をつき、苦笑する。
「嘘じゃねえって。ほらな。俺ってどんだけ信用ねえんだよ。俺は、お前と付き合いたくて、他の女全部切ったの!ただの勢いじゃなくて・・・・・お前じゃなくちゃダメなの!・・・・・どうしたら信じてくれる?」
「どうしたらって・・・・・」
「・・・・お前にとって、俺って何?俺が他の女と付き合っててもなんとも思わない程度のやつ?」
「あたしは・・・・・」
「・・・・・もし、類に付き合ってって言われたら、簡単に別れられるようなやつ?」
 類の名前に、目を瞬かせる牧野。
「な・・・・んで、類?」
「・・・・あいつは、特別だろ?あいつといるときのお前は、すごく自然で、楽しそうに見えるよ。2人の間には、誰も踏み込めないような何かがある気がする。今日だって・・・・・お前ら2人を見つけたとき、俺がどんな気持ちだったかわかるか?頭が真っ白になって、気がついたら追いかけてた。お前だけは譲れないって思うのに、類には絶対敵わないような・・・そんな絶望的な気分だった」
「類は・・・・・類は、大切な人だから・・・・」
 牧野の口から出る言葉に、俺の胸がずきんと痛む。
「類といると、いつも安心するの。あの人の、コーヒーの湯気みたいな空気に包まれてると、殺気立ってた気持ちとか、イライラしてた感情とか、全てなくなって無になれる・・・・そんな気がするの」
「・・・・・・・・」
「だけど、あたしはきっと類とは付き合うことが出来ない」
「・・・・・なんで」
「類は、唯一あたしの『安心出来る人』なの。イライラしたり、不安になることがない人。でもそれってきっと・・・・恋愛感情とは違うんじゃないかって気がするから」
「でも・・・・好きだっただろ?」
「うん。あれが、あたしの初恋かな。今の感情とは違うけど・・・・やっぱりずっと、大事な存在だよ」
 そう言って静かに微笑む牧野は、やっぱりすごく自然な気がした。
「・・・・・やっぱり妬ける」
「え」
「恋愛感情はないって言われても、お前の特別な存在だってのが、おもしろくない。じゃ、俺はなんだよ?お前の彼氏としても認めてもらえねえの?」
「西門さん・・・・・」
「勢いなんかじゃない。本気で、好きなんだ。お前の気持ちが知りたい」
「あたし・・・・・は・・・・・」
 戸惑いに揺れる牧野の瞳。
 俺は、その目をじっと見つめた。
「あたしも、たぶん、西門さんを好き、だよ」
「・・・・・たぶんって、なんだよ」
「だって、よくわからないんだもん。3ヶ月間付き合ってきて、西門さんが本当はすごくまじめな人だとか、優しい人だとか、家族思いなんだとか、いいところをたくさん知るたびに好きになっていくような気がする。だけど・・・・」
「だけど?」
「・・・・彼女たちと別れても、やっぱり西門さんの回りにはきれいな人がたくさんいるし、西門さんは女の人にはすごく優しいし・・・・・仕事だってわかってても、あんなにきれいな人ばっかり周りにいたら、あたしなんてかすんじゃうだろうし、あたしは西門さんの彼女だって胸張っていえる自信なんかないから・・・・・」
「ちょっと待て」
「え?」
 俯きながら話す牧野を、俺は手を上げて制した。
 ―――なんか、ものすごいことを聞いた気がする・・・・・
「あのさ・・・・俺の勘違いじゃなければ、だけど」
「??なに?」
「それはひょっとして・・・・嫉妬か?」
 その言葉に、牧野の顔が見る間に真っ赤になった。
「あ、や、だから・・・・・」
「俺が、女といるの見て、むかついてた?」
「・・・・・・・むかついた、よ」
 恥ずかしそうに俯いて言う牧野。
 ―――マジで・・・・?やべェ・・・・・・すげえ嬉しいかも・・・・・
 俺は、自分の頬が高潮していくのがわかった。
「でも、みんなきれいでさ、西門さんの横にいてもちゃんとつりあってて・・・・あたしなんかが文句言うのは違う気がして・・・・」
「バカ」
「ば、バカって何、ひどっ・・・・・」
 真っ赤になってまた怒り出す牧野を、俺は腕の中に閉じ込めた。
「いんだよ、遠慮なく文句言えば。俺の彼女はお前、牧野つくしなんだから。他の女に遠慮なんかすることねえ。俺は・・・・お前にもっと妬いて欲しい」
「な、何言って・・・・・」
「お前は、俺が誰といても気にしてないんだと思ってた。ヤキモチ妬くほど、俺のこと好きじゃないんだって思ってた。だから・・・・そういう風に思っててくれたってわかって、すげぇ嬉しいよ」
「西門さん・・・・・」
「今は、それ聞けただけで満足。それで、これからもっと俺のことを好きになってくれればいい。たぶんじゃなくて、ちゃんと俺のことが好きって言ってくれるまで、俺は待ってるから」
 俺の言葉に、牧野は驚いたような顔をする。
「西門さん・・・・」
「だから・・・・ずっと、俺の傍にいろよ。もっと俺を好きになって、もっと妬いて欲しい」
「なんか、それずるい・・・・」
「バーカ。俺なんかとっくにお前から離れらんなくなってるんだぜ。離れられないし、離せない。もし司や類が奪いに来ても・・・・絶対渡さねえから、覚悟しとけよ」
 そう言ってにやりと笑ってやると、牧野は顔を赤くして・・・・・俺の胸にぽすんと倒れこむように寄りかかると、小さい声で囁いた。

「・・・・・・・バカ・・・・もう、あたしのが、離れらんなくなってるよ・・・・・」

 聞こえた言葉が嬉しくて。
 何も言わずにただぎゅっと抱きしめて。
 一生、離さないと心に誓った・・・・・。




  

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