***言葉に出来ない vol.2***



 こんな風に女のことで頭に血が上ることがあるなんてそれこそ激レアだ。
 気がついたら店を飛び出していた。
 後ろから俺を呼ぶ女の声がしたが、そんなのにかまってる余裕なんてなかった。
 
 大通りを渡って少し先を歩く2人を追いかける。
 その間にも2人が楽しそうに話している姿が目に入って腹が立つ。


 「牧野!!」
 俺の声に2人が驚いて振り返る。
「西門さん!?なんでここに?」
「そりゃこっちの台詞だろ?なんで類がここにいる?」
 俺の言葉に、2人が顔を見合わせる。
 示し合わせたようなそのタイミングに、俺はますますいらだちを募らせた。
「説明しろよ!」
 思わず荒げる声。
 牧野の肩がビクリと震える。
「総二郎、落ち着けよ。俺が牧野を誘ったんだ」
 類が落ち着き払った様子で応える。
 ふと、牧野の手元を見ると小さなケーキの箱が。
 その箱には店の名前が印字されていて。
 『ル・フルール』
 それは確か、今日2人で行こうと言っていたカフェの名前だ。
「その店、行ったのか」
 牧野がはっとしたように手元の箱を見る。
「あ、これは」
「そういうことか」
「え?」
「別に俺じゃなくっても良かったってことだよな」
 吐き出すように言うと、牧野は驚いた。
「何言ってんの?」
「一緒に行くのが、俺じゃなくっても良かったんだろ。それどころか、類がいるんだったら類と行く方が良いくらいだろうが。お前にとって俺はその程度の存在だってことだ」
「西門さん・・・・・」
 牧野の瞳が、一瞬揺らいだような気がした。
 だけど俺は、もう止まらなかった。
「いいよ、別れてやるよ。どうせくだらねえ賭けから始まったことだ。もう解放してやるよ。お前の好きにすればいい」
 勢いで一気にそう言うと、俺は2人に背を向け、もと来た道を歩き始めた・・・・・・が。
「―――西門のバカ!!」
 ビリッと電気が走ったのかと思うほど馬鹿でかい声に振り向いてみれば、牧野が目にいっぱいの涙をため、真っ赤な顔でブルブルと震えながら俺を睨みつけていた。
「な・・・・・・」
 俺が何か言うよりも先に、その手に持っていたケーキの箱が俺をめがけて飛んでくる。
 ―――あぶね!!
 とっさによけると、ケーキの箱は電信柱に命中し、見事にぐしゃっと潰れて地面に落ちた。
「バカ!バカバカバカ!!!」
「おい・・・・・」
「あんたなんか、あんたなんか・・・・!!」
 力いっぱい叫び、肩で息をしながら俺を睨みつける姿に、呆気にとられる。
 その刹那、牧野の大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 声をかけようとした、そのとき。
 牧野は俺にくるりと背を向けると、そのまま駆け出し、あっという間に見えなくなってしまった・・・・・。

 「なんだ、あいつ・・・・・」
 呆気にとられたまま俺が呟くと、同じく呆然と牧野の後姿を見送っていた類が俺のほうを振り向き、溜息をついた。
「・・・・・・・総二郎、何やってんの」
 呆れたような口調に、カチンと来る。
「だから、それはこっちのセリフだろ!?何でお前が牧野と一緒にいるんだよ!」
「それは、俺が牧野に会いたかったから。先週、あきらがフランスに来て・・・・総二郎と牧野が付き合いだしたって聞いた。それ聞いて、俺が平気でいられたと思う?」
 滅多に感情を表に出さない類の、怒気を含んだ口調。
 思わず、はっとして口をつぐんだ。
 ずっと前から・・・・高校生のころから、類が牧野に惚れてることは知っていた。
 類の、好きなものに対してはとことん一途な性格は知ってる。
 平気で、いられるはずがないことも・・・・・

 「あ〜あ、もったいない」
 類が、俺のほうへ歩いてきたかと思うと、電柱にぶつかって無残に潰れたケーキの箱をひょいと持ち上げて言った。
「・・・・・このケーキ、総二郎へのお土産だって」
「は?」
「今日、一緒に行くはずだったからって。後で総二郎のところへ持っていくって言ってたんだけどな」
 類が、くすりと笑って俺を見た。
「・・・・・すげぇ混んでて、そのケーキ買うのにも30分並んだんだよ。カフェの方もいっぱいでさ。中で食べるのには1時間待ち。もっとも、俺たちはこれ買っただけだったけど。今度、空いてるときに2人で行けば?」
 そう言ってから、わざとらしく思い出したように
「ああ、でも別れたんだっけ?じゃあ俺が一緒に行こうかな」
「―――甘いものは、苦手だろ?」
「牧野と一緒なら、どこにでも行くよ。どうせくだらない賭けから始まったことなら、未練もないでしょ。牧野は俺がもらうから」
「!!」
 考える前に、体が動いてた。
 類の胸倉を掴み、その勢いで壁に押し付ける。
 通行人が、慌てて俺たちをよけて行く。
「ふざけんな!誰がやるかよ!!」
「じゃ、何であんなこと言ったの?」
 冷静に切り返され、言葉に詰まる。
 そんな俺を見て、類がふっと笑った。
「・・・・らしくないね。ポーカーフェイス、得意なはずなのに。さっきから、まるで周りも見えてない。・・・・・誰のせい?」
「・・・・・・・わかってるんだったら、聞くな。性格わりィぞ」
 俺は類の胸元から手を離すと、ふいと顔をそらせた。
「デートの邪魔した、お返しだよ」
 いけしゃあしゃあと言いやがるから、俺はまたカチンときて睨みつけてやった。
「・・・・・・話、聞かせろよ」
 そう言って、俺は近くのカフェへ類を連れて行った。


 「いつ、帰国した?」
「今朝だよ。着いてすぐ、牧野に電話した」
 席に向かい合って座り、コーヒーを飲みながら、類は淡々と話し始めた。
「びっくりしてたけど・・・・・一緒に食事したいって言ったら、喜んでくれたよ。1年振りだし・・・・帰ってきたときに一緒に行こうって言ってたレストランがあったんだ」
「・・・・・へえ」
「・・・・・ずっと、心配してたんだ。司とのことは聞いてたけど、仕事が忙しくて帰って来れなかったから・・・・。まさか、総二郎と付き合うことになってたなんてね。あきらに聞いたときは本当に驚いた」
 あきらには、2週間前向こうから電話があって、牧野とのことを教えた。
 あきらも驚いてたけど・・・・・「お前、いつから牧野を好きだった?っつーか、自分でも気付いてなかったろ」と言われて・・・・言葉が出てこなかった。
「俺、気付いてたよ、総二郎の気持ち。総二郎が自覚してなかったみたいだから、言わなかったけど」
 そう言って、類は穏やかに笑った。
「・・・・こんなことなら、仕事なんかほっぽり出して帰って来れば良かったって後悔した。でも・・・・今日、牧野に会って、すごく元気そうで・・・・・うまくいってるんだなって思ったら、安心した。俺は、牧野が幸せならそれでいいんだ」
「類・・・・・」
「でも、総二郎が牧野を泣かすなら、話は別。牧野は、俺の一部だから。牧野を悲しませる奴はたとえ総二郎でも許さないよ」
 じろりと俺を睨みつける鋭い目。
 背中をぞくりと悪寒が走る。
「でもびっくりした。総二郎があんなふうにヤキモチ妬くところなんて、初めて見た」
 くすくすと本当におかしそうに笑うから、俺は照れくさくなって視線を逸らした。
「るせーよ。笑うな」
「・・・・・牧野にちゃんと、告白したの?」
「は?」
「賭けから始まったって言ったね。でも、そんな小細工する必要なかったんじゃないの?」
「・・・・・ああでもしなきゃ、牧野が俺と付き合うなんてありえねえだろ」
 俺の言葉に、類は一瞬驚いたように目を瞬かせた。
「なんだよ」
「いや・・・・・牧野も同じようなこと言ってたから」
「牧野が・・・・・?」
「ん。総二郎が、自分と付き合いたいって言うなんて、ありえないって。あんな賭けまでして、ゲームかなんかのつもりなんじゃないかって。それでも・・・・牧野は、好きでもない男と付き合ったりするような女じゃないよ。それくらい、わかってるだろ?」
 俺は、なんとも言えず俯いた。
「賭けに負けたからって、自分の意思に反することに黙って従ったりしない。わかってるくせに・・・・2人とも、素直じゃないね」
「・・・・・あいつが、誰を想ってるのか、俺にはわからねえよ」
 俺は、呟くように言った。
「司に心底惚れてたあいつが、傷ついて、別れを選んで・・・・・最初は放っておけなかった。ただ、それだけだと思ってた。でも、そのうち離せなくなってた。ずっと傍にいて欲しくて、あんな賭けまでして・・・・・。だけど、あいつと一緒にいればいるほどあいつの気持ちがわからなくなる。俺ばっかりがあいつに惚れてどうしようもなくなって・・・・情けねえ」
 溜息が漏れる。
 類は、黙って俺を見ていた。
「それをそのまま、伝えればいいのに」
 たいした事じゃないとでも言うようにそう言われ、俺はまた溜息をついた。
「それが出来ねえから情けねえって言ってんの。この俺が・・・・たかが女1人に告白も出来ねえなんて・・・・・。牧野に拒まれたら。もう会えなくなっちまったらって思うと、どうしても一歩、踏み出せねえんだ」
「・・・・・良かった」
 類が、うれしそうに言った。
「良かったって・・・・・何がだよ?」
「総二郎の気持ちがわかって。牧野は、俺にとって特別だから・・・・。もし総二郎がいい加減な気持ちで牧野と付き合ってるんだったら、本当に許さないつもりだった。だから・・・・総二郎が、真剣に牧野を思ってるってわかって、安心した」
「類、俺は・・・・・」
「ちゃんと、言ってあげなよ。牧野は、待ってるよ」
「・・・・・そう思うか?」
「ん。牧野も素直じゃないからね。でも・・・・俺はこれ以上、協力はしないよ」
 そう言って類はにやりと笑った。
「牧野が幸せならそれでいい。その幸せを与えるのが俺じゃなくても。だけど、やっぱり悔しいから・・・・総二郎に協力はしない。今度またこじれて別れ話でも出たら、そのときは本当に俺が牧野をもらうから、そのつもりでいてよ」
「アホか」
 俺は類を睨み返して、言った。
「何回こじれたって、お前に・・・・・他の奴になんか渡さねえよ。お前にとってあいつがお前の一部だって言うなら、俺にとってあいつは俺の全てだ。あいつがいなかったら・・・・生きていけねえよ」
「・・・・・じゃ、奪うわけには行かないね・・・・」
「ああ・・・・・覚えといてくれよ」
 そう言って俺たちは目を見交わし、拳をつき合わせた・・・・・。




  

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