「わりい、明日ダメになった」 携帯を耳に当てながら、電話口の向こうにいる牧野の様子を伺う。 『・・・・仕事?』 「ああ。女性誌の取材で・・・・ずっと前から頼まれてたコラム、母親が勝手に承諾しちまって、明日は担当者と打ち合わせ」 『そっか・・・・仕事じゃしょうがないよ。じゃ、また今度ね』 「・・・・・・ん、じゃあな」 短い会話を終えて。 俺は閉じた携帯を睨んでため息をついた。
俺が牧野と付き合い始めたのは、3ヶ月前。
1年前俺は大学を卒業し、本格的に西門流の十六代目を継ぐべく父親について回る毎日。 F4それぞれが別の道を歩み始め、類はフランスの支社へ、あきらも世界中を飛び回っているようで日本にはめったに戻ってこない。 そして、俺らが卒業してから何があったのか・・・・牧野が大学を卒業する間際になって、あの2人が別れたことを知った。 大学の卒業プロムにも出ずに帰ろうとしていた牧野を捕まえ、無理やり話を聞いた。 「―――世界が、違うんだよ」 牧野は、そう言った。 「そんなの、わかってたことだろ?何を今更・・・・」 俺の言葉に、牧野は首を振った。 「違う。そうじゃなくて・・・・あいつの見ている世界が、あたしとは違うの。4年間て、本当に長いんだよ。あいつは、前みたいに無茶なところがなくなって、すっかり大人になって・・・それが悪いって言ってるんじゃない。けど、あたしはただあいつが好きで、一緒にいられるようになりたくて、がんばってたのに・・・・あいつは違うんだよ。もう道明寺を背負って立つ人間になっちゃってて・・・・嬉しいんだよ、あたしだって。でも・・・・・あいつが見据えてる未来を、あたしと一緒に進んでいこうとする未来を、あたしは見ることが出来ないの。あたしが思い描いていた未来とは違う・・・・。2人で一緒に歩いていきたかったあたしの未来とは、違ってるんだよ・・・・」 「牧野・・・・・」 「時間が、解決してくれるって、思ってた。一緒にいれば、そんなのまた変わるもんだって思ってた。でも・・・・あいつには、伝わらなかった。俺と同じ未来を歩けないなら・・・・もう、必要ないって・・・・」 「司が!?まさか!あいつがまさか、そんなこと・・・・・」 あんなに牧野のことが好きで好きでしょうがなかった司が・・・・? でも。 俺も司とはもうずいぶん会ってない。 ときどき雑誌や新聞で、道明寺の記事は目にするけれど・・・・・。 驚く俺に、牧野は弱々しく微笑んで首を振った。 「本当なの。だから・・・・・もう、あたしたちは元には戻らない・・・・・」 今にも泣き出しそうなのに。 そのまま崩れてしまいそうなほど震えているのに。 牧野は、笑って立っていた。
それから俺は、暇を見つけては牧野を連れ出し、いろんなところへ連れて行った。 普通の出版社に就職した牧野は忙しそうだったけど、それでも休みの日に無理やり連れ出してはドライブしたり、うまいものを食いに行ったり・・・・お茶をたててやったりもした。 「どうして?」 そう何度も牧野に聞かれたけれど・・・・ 俺にだってわからなかった。ただ、強がって必死に自分を支えようとするあいつを、放っておけなかった。 そしていつの間にか、俺の隣に牧野がいることが当たり前になってきていた。 あの、滅多に他人に心を許さない母親までもが、牧野を連れて来るのを楽しみにするようになり、茶会に誘ったりまでするようになっていた。
そんな風に、俺の隣にいることに牧野が戸惑いを見せたのは、茶会に出るための着物を母親が用意したと話したときのこと。 「・・・・数多くの彼女に恨まれない?あたしやだよー、またいじめられるの」 そう言って顔をしかめたあいつに 「じゃ、全員と別れたら、俺と付き合うか?」 咄嗟に出た言葉。 牧野は目をぱちくりさせて・・・・・ 「はあ?何言ってんのよ、無理無理そんなの。あんたが1人の女と付き合うなんて・・・考えらんない。しかもあたしとなんて」 「言ってくれんじゃん。ってことは、かけてもいいんじゃねえ?1週間以内に俺が付き合ってる女全部と手ェ切ったらお前は俺と付き合うこと。いいな?」 何でこんなこと言ったのか。 このままだと、牧野が俺から離れてしまいそうな気がしたから。 離したくなかった。 ただ、傍に置いておきたかった・・・・・。
無理やり賭けを成立させ、俺は3日で全ての女と手を切った。 もちろん全てきれいにとはいかなかったけど・・・・ けど、大抵の女は俺ではなく、西門流という名目に惚れてただけだから。 別れを納得させるのは、難しいことじゃなかった。
そして俺は牧野に詰め寄った。 あいつの驚いた顔は、今でも忘れられない。 鳩が豆でっぽう食らったような顔をしやがって・・・・・ 「あたし・・・・・西門さんのこと、友達としか見てないよ」 「いいよ、それでも。絶対惚れさせて見せるから」 「自信家・・・・・」 「言って許されるからむかつく?」 牧野のセリフを取ってやると、むっとしたように上目遣いで俺を睨む。 その表情が、なぜか俺にはドキッとするほどかわいく見えて・・・・・ 初めて、あいつの唇に触れるだけのキスをした。 平手打ちだけは免れたけど。 不意打ちのキスに、真っ赤になって怒ってたあいつ。
初めて、牧野のことを好きだと気付いた。 初めて、抱きしめたいと思った。
だけどそれはまだ言わない。 あいつが俺に惚れたら、言ってやろうと思ってた。 それまでは、言葉にしないで取っておこうと・・・・・
だけど、さすがは牧野つくし。 一筋縄じゃいかない女だ。 茶会にも一緒に出席して母親を喜ばせてくれたし、どこかに連れ出すにも嫌がらなくなった。 だけど、なかなか俺の方は見てくれない。 楽しそうに笑ってくれるようにはなったけど、あくまでも『友達』 それがわかるのは、俺が女といるとき。 もちろん彼女じゃない。 雑誌の取材なんかを受けるようになって、たまに出版社の人間が来る。そのほとんどが若い女だった。 自分で言うのもなんだが、俺はかなりいい男なので、大抵の女は俺に惚れる。 そして、仕事にかこつけて電話してきたり、メールを送ってきたりと、かなり積極的に迫ってくるのもいる。 俺も仕事なら仕方ないから呼び出しに応じると、向こうはなぜか1人で。あからさまにホテルのキーを渡されたこともある。 その度に、俺には彼女がいるからと牧野を呼び出して紹介するのだが・・・・。 女の方が帰った後、決まって怒られる。 「断る口実に使わないでよ!!」 「だって、事実だろ?つくしちゃん」 そう言って笑顔を見せてもてんで効き目なし。 だけど、ヤキモチを妬いて怒ってくれてるのかと思えば、 「ったくもう、夕飯の途中だったのに・・・・コロッケ1個、食べ損ねた!」 なんて言い出す始末。 牧野らしいと言えば牧野らしい。 だけど・・・・・
せめて、もう少し妬いてくれてもいいんじゃねえの? 賭けに負けたからとはいえ、今俺と付き合ってるのは事実なんだし。 これじゃ友達とかわんねえよ。
そして明日。 1週間前から一緒に行こうと約束してた、オープンしたばかりのカフェ。 あいつが行きたいと騒いでたから、休みの日に行こうと約束してたのに、母親が勝手に入れた仕事のせいでキャンセルだ。 俺だってかなり頭に来てるのに、あいつは怒りもしない。 女性誌の取材。来るのが女の担当者だってことはわかってる。 何度か家まで押しかけてきたことがある。偶然、牧野と一緒のときだったことも・・・。 なのに、そのことについても何にも触れないときてる。
・・・・・いつまで、俺は友達のままなんだ・・・・?
さすがの俺も、少し焦っていたのかもしれない・・・・・
「―――門さん。西門さん?」 女の声にはっとする。 「どうかしました?具合でも?」 顔を覗き込んでくる、編集の清水という女。 長い髪をかきあげるのがクセの、よくいる『いい女風』の女。若いころはモデルをしてたこともあるとか何とか、どうでもいいこと言ってたな。 「いや、別に・・・悪いね、ぼうっとしてた」 「いえ、そんな・・・じゃあ、続きを・・・・」 「ああ・・・・」 そう言って、何気なくちらりと窓の外へ目を向けた俺は。 窓の外、大通りの向こう側を歩く人並みに、知っている顔を見つけて愕然とした。 「ええとじゃあ、さっきのお話なんですけど・・・・・」 女の声も、右から左へ通り抜ける。
背の高い、大勢の人の中でもひときわ目立つ、端正な顔立ちの男・・・・・・あれは、類だ。 そして、その類と嬉しそうに微笑み合いながら歩く女・・・・・ 「牧野・・・・・・・?」 「え?」 女が顔を上げる。 俺は、目の前の光景を信じられないような思いで、見つめていた・・・・・。
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