***言葉に出来ない vol.5***



 「西門さん、もっと急いで!!」
「わあってるよ!!それよりお前、また名前戻ってる!」
「は!?聞こえない!!とにかく急いで!!」
 空港に車を止め、急いで走り出す。


 結局あのまま牧野の家に泊まった俺。
 翌朝、牧野の携帯の音で目を覚ました。
 牧野はまだ寝ていて、俺はボーっとしながらも無意識に着信音を鳴らし続けている携帯を手に取った。
 液晶を確認すると『花沢類』の表示・・・・・。

 どうしようかと一瞬悩み、これはやっぱりルール違反だと牧野を起こすことにした。
「おい、メール来てるぞ」
「ん・・・・・んー・・・・・」
 牧野が目をこすりながらも体を起こし、携帯を受け取る。
「・・・・・類ー・・・・?」
 起きたばかりの甘ったるい声で呼ばれた名前に、またもやもやしかけるが、昨晩のことを思い出し、気を取り直す。
「・・・・・類、なんだって?」
 そう聞いても、牧野は黙ったまま。
「おい?」
「・・・・・今何時?」
「は?」
「何時!?」
 ものすごい剣幕の牧野に押され、俺は時計をちらりと見た。
「9時・・・・だけど・・・・・」
「・・・・10時半までに、空港行ける・・・・・?」
「く、空港・・・・?」
「後1時間半・・・・・急いで!!」
「は!!?」
 何がなんだかわからず・・・・
 俺は家に電話して車を回してもらい、そのまま牧野に引っ張られるように車に乗り込み、成田空港へ向かった。

 「類が?」
 車の中で俺は、牧野に送られてきたメールを見せてもらった。

 『10時半の飛行機でフランスへ発つ。元気で』

 類らしいといえば類らしい、簡潔なメール。
「さよならも言わないで行っちゃうなんて・・・・・」
 きゅっとこぶしを握り締めた牧野。
 人一倍別れに敏感な牧野。
 相手があの類ならなおさら・・・・・・。
 俺は黙って牧野の肩を抱き寄せると、その黒髪にキスを落とした。
「・・・・間に合うよ、大丈夫」


 空港の中を全速力で走る。
 時間を確認してる間もない。
 もう行っちまったか?
 類!!
 間に合ってくれ!!

 搭乗ゲートに向かうエスカレーターの前。
 見覚えのある薄茶のサラ髪が見えた。

 「類!!!」
 牧野の大声に、類の肩がびくりと反応する。
「類!!」
「牧野!?」
 驚きながらも戻ってきた類の元へ牧野が駆け寄る。
「・・・・・総二郎も、何で?」
「何でじゃないでしょ!どうして黙って行っちゃうのよ!空港まで見送りに行くからって、昨日も言ったのに!」
 息を切らしながらも牧野が類を睨みつけながら怒鳴る。
「いや、予定が早まって急に帰らなくちゃいけなくなったから・・・きっと今頃は2人で一緒にいるだろうし、邪魔しちゃ悪いかなって思ったんだけど・・・・・それに一応メールもしたし」
「あんなメールだけで・・・・・ひどいよ。ちゃんと見送りさせてよ」
 さっきまで怒っていたのに、今度は涙ぐんでいる。
 本当に忙しいやつだ。
「ごめん・・・。でも、ちゃんと仲直りできたんだね」
 類がいつものとおり穏やかに笑うと、漸く牧野も笑顔になった。
「うん。ごめんね、昨日は・・・・・。今日、ちゃんと謝りに行こうと思ってたのに」
「いいよ。言ってるでしょ、牧野のごめんは聞きあきたって。俺は牧野がそうやって笑ってくれるならそれでいいんだ」
「でも・・・・ひさしぶりに帰ってきてくれたのに、少ししか一緒にいられなくて」
「また来るよ。いつになるかわからないけど・・・・・。そのときまた、一緒にご飯食べよう」
「うん」
「あのさ・・・・・」
 放っておくと2人の世界にどっぷりはまっていきそうなので、俺はそこで割って入った。
「俺がいること忘れてねえ?」
「総二郎・・・・・」
「わ、忘れてないよ!何言ってんの」
「どうだかなー。この俺足代わりにしやがって」
「だ、だって!」
「必死だったんだぜ、絶対類を見送るんだって。全く彼氏の俺の立場どうしてくれんだっつーの」
 横目で睨んでやると、牧野が気まずそうにあさっての方向を見る。
「・・・・・彼氏の立場でいられるだけいいんじゃない?」
 静かに言った類の言葉に、牧野がはっとして類を見上げる。
「おい・・・・」
「総二郎、昨日俺が言ったこと忘れないでね。俺は牧野のためなら、どこからでも飛んでくるよ」
「類・・・・・」
「わかってる。だけど俺もおんなじヘマやるほど馬鹿じゃねえよ。もう牧野を悲しませるようなことはしない」
 そう言って俺は、牧野の肩を抱き寄せた。
 牧野がちょっと照れくさそうに俺を見上げる。
「それならいい。牧野・・・」
「あ、うん」
「俺はいつでも牧野の幸せを願ってるから。もし何かあったら遠慮せずに連絡して。それから・・・・」
 そこで類は少し声を潜めると、牧野を手招きした。
「?何?」
 牧野が類の傍へ寄る。
 と・・・・・

 類が身を屈め、牧野の唇に触れるだけのキスをした。

「!?」
「!!な、何してんだよ!!」
 俺は慌てて牧野の腕を引っ張り、抱き寄せた。
 牧野は呆然として、目を見開いている。
「お別れの挨拶。このくらいいいだろ?」
「よかない!お前はもう牧野に近よんな!」
「に、西門さん!」
「ひどいな、それ」
「うるせー!牧野にさわんな!」
 俺が怒鳴ると、類は逆に落ち着き払った様子でくすりと笑った。
「・・・・牧野、良かったね」
「え・・・?」
「総二郎には、もう牧野しか見えてない。浮気の心配はないと思うよ。その代わり独占欲はかなり強いみたいだから、気をつけて」
「類・・・・・」
「おまえな・・・・」
「これからずっと、牧野を1人占めできるんだから少しくらいいいでしょ。じゃ、時間ないからもう行くよ」
 そう言って類は手を振り、エスカレーターに向かって歩き出した。

「類!」
 牧野が、類を呼ぶ。
 類が牧野を振り返る。
「・・・・ありがと。あたし、類が大好きだよ」
 牧野の言葉に、類がやわらかく微笑む。
 類が他の誰にも見せたことのない、優しい笑みだ。
「俺も。またね、牧野。元気で」
「類も、元気で!」
 軽く手を上げ、エスカレーターに乗る類。

 その姿が見えなくなるまでじっと見送っていた牧野。
 俺はただ、その姿を見守っていた・・・・・。


 「ね、あのカフェ、今度は2人で行こうよ」
 隣で牧野が満面の笑みで言うが、俺は答えない。
「ねえってば、西門さん!いつまで怒ってるのよ!てか、何怒ってるの?」
 今度はぷくっと頬を膨らませる。
「・・・・・わからないところが問題なんだろ」
「そんなこと言ったって、わからないものはわからないもの」
「・・・・普通、自分の男がいる目の前で、他の男に『大好き』なんて言うかよ?」
 思い出しても腹が立つ。
 彼氏の俺でさえ、昨日漸く『好き』と言ってもらえたばかりだってのに、『大好き』だと!?
「なんだ、そんなこと・・・・・」
 牧野の呆れた言い方に、また腹が立つ。
「そんなことって、お前なー!」
「だって・・・・・」
「それにあのキスだ」
「あれは類が勝手に・・・」
「お前にそういう隙があるからされるんだよ!ちょっとは警戒しろ!」
「・・・・・・ごめん・・・」
「類に対してのお前の気持ちはわかってるつもりだけどな、それでも腹立つんだよ!きっと俺はずっと類に嫉妬するよ」
「西門さん・・・・・」
「あとそれ」
「へ?」
「名前で呼べっつったろ?」
「だ、だって、慣れないし・・・・それに西門さんだって!」
「俺はいいの」
「ずるい!」
 むっと顔を顰める牧野。
「・・・・・つくし」
 だからそう呼んでやれば、今度は真っ赤になって照れる。
 そんな顔見せられたら、もう怒れやしない・・・・。
「・・・・・つくし。ちゃんと名前で呼んでみて」
 真剣に見つめて言えば、少し戸惑ったように赤くなりながらも、呟くように
「・・・・・総」
 と呼んでくれた。
「いい子だ。でも、それだけで許してもらえると思うなよ?」
 にやりと笑って言えば、眉間に皺を寄せて渋い顔。
「も〜〜〜じゃあどうすればいいの?」
「・・・・・つくしちゃんからのキスが欲しいなあ」
「は・・・・・!?」
「キス、してくれたら許してやる」
「で、できるわけ・・・!」
「類とは出来るのに?」
「だからあれは・・・!」
「つくしが好きなのは誰?」
「!!」
「俺を、信じさせてくれよ」
 あと10cm
 息遣いも感じられるほど間近で見つめてみれば、牧野はもう沸騰寸前で。
 あんまり苛めても逆効果かな・・・・
 そう思って離れようとしたら。
 ふいに、牧野が俺の頬に両手で挟みこんだと思うと、牧野の唇が一瞬俺の唇に重なり、そしてすぐに離れた。
 本当に一瞬の出来事。
 それでも牧野の顔は真っ赤で。
 相当の勇気を振り絞ったんだということがわかったら、嬉しくてたまらなくて・・・・・
 気がついたら、牧野を抱きしめていた。
「・・・・・に、西・・・総、みんなが見てる・・・・・」
「見せ付けときゃいい」
「・・・・・信じてくれた・・・・?」
「ああ。すげぇ嬉しい。まじで・・・・好きだよ、つくし」
「・・・・・うん・・・・・」
「好き過ぎて、言葉に出来ないくらい・・・・・愛してる・・・・・」
「・・・・・あたしも・・・・・」

 人生生きてきた中で、一番素直になれた瞬間だと思う。
 誰にも渡したくないって、初めて思ったんだ。
 好きで好きで仕方ない。
 言葉に出来ない想い。
 だから、想いのままに抱きしめて、キスをしよう。
 そうしてずっと、君だけを愛し続けるから・・・・・


                                 fin







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