***言葉がなくても vol.3 〜総つく〜***


 -soujirou-

 「あら」
 俺の顔を見るなり、目を丸くする。
 まあそうだろう。
 ここ何年も、母親の部屋に俺が行くなんてことなかったのだから。
「―――今、ちょっと良い?」
 俺の言葉に、母親は不思議そうに頷いた。
「珍しいことがあるものね。総二郎さんが私の部屋に来るなんて」
 そう言いながらも俺を促し、部屋に入れてくれた。
「・・・・・牧野のことだけど」
「まあ、それ以外であなたがここに来るとも思えないわよね」
 くすりと意味深な笑みを浮かべる。
 俺はなんとなく気恥ずかしくなってあさってのほうを向きながら頭をかく。
「最近、あいつが何か悩んでるみたいなんだけど・・・・・」
「牧野さんが?」
 母親が目を丸くする。
「ああ。何か知らねえ?最近、良く牧野と話してるみたいだけど」
 その言葉に、ちょっと下を向き考える。
「そう・・・・・牧野さん、悩んでいるの・・・・・」
「・・・・何か、知ってるのか?」
「・・・・・ちょっと、いいかしら」
「は?」
「これから・・・・・牧野さんを呼んでいただける?」
 わけがわからなかったが・・・・・
 とりあえず、俺は母親の言うとおりに牧野に電話をしたのだった・・・・・。


 「牧野さん、ごめんなさいね急に」
 そう言って謝る母親に、家に駆けつけた牧野が首を振る。
「いえ、大丈夫です」
「いったい、何だっていうんだよ?俺がいくら聞いても何もいわねえし」
 少々不貞腐れ気味に俺が言うのを、母親が苦笑して見る。
「牧野さん・・・・・あなたが悩んでるって聞いて・・・・・私のせいなのね」
 その言葉に、牧野が慌てたように首を振った。
「そんな・・・・・あの、あたし・・・・・」
「いいのよ。私が悪かったわ・・・・・。あなたの性格を考えれば、当然そうやって悩むこと、容易に想像できたことなのに・・・・・」
 申し訳なさそうに首を振る母親を、俺は意外に思って見ていた。
「お義母様・・・・・」
「あなたにそう呼んでもらえるようになるなんて嬉しいわ・・・・・。なのに、あなたを悩ませてしまうなんて・・・・・」
 まったく見えてこない話に、俺はいらいらし始めていた。
「なあ、そろそろ俺にもわかるように話して欲しいんだけど」
 俺の言葉に、牧野は困ったように俺と母親の顔を見比べた。
「・・・・・いいのよ、牧野さん。あなたから話してあげて」
「でも・・・・・」
「最初から、そうするべきだったのね。そうすれば、あなたを悩ませずにすんだわ」
 母親の言葉に、牧野は首を振った。
「いえ、あたしも・・・・・最初から、言えばよかったんです」
「おい、牧野」
「牧野さん、総二郎さんにはあなたから言ってあげて」
 母親が、優しい笑顔を牧野に向ける。
 息子である俺さえも滅多に見ることがない笑顔だ。
 その笑顔にほっとしたように牧野は俺を見上げ・・・・
 口を開いた。

 「あたし・・・・・妊娠してるの・・・・・」

 すぐには、言葉が出てこなかった。

 目の前の牧野を見つめる。

 不安そうに俺を見つめる牧野。

 俺は、黙って牧野を抱きしめた。

 「・・・・・なんで・・・・・もっと早く・・・・・」
 その言葉に答えたのは、牧野ではなく母親だった。
「私が、まだ言わないようにと言ったのよ」
「何でそんな勝手なこと!」
 思わずかっとなって叫ぶ俺を、なだめるように牧野が俺の腕に触れる。
「西門さん・・・・・」
「結婚前に妊娠したのがわかると体裁が悪いからか?そんなにこの家の名前が大事かよ?」
「ええ。大事よ。でも・・・・・そのために言わないでと頼んだわけではないわ」
 静かにそう話す母親を、俺と牧野は戸惑いながら見つめた。
「牧野さんから妊娠の話を聞いて・・・・・本当に嬉しかったわ。なんて素敵なことかしらって。すぐに、あなたの喜ぶ顔が目に浮かんだわ。それから・・・・・考えたの」
「何を?」
「式の当日まで黙ってて、あなたを・・・・・それから親戚の人たちを驚かせたらどうかしらって」
 そう言って、はにかんだような微笑を浮かべる母親を、俺と牧野はあっけに取られて見つめていたのだった・・・・・。






  

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