***言葉がなくても vol.4 〜総つく〜***


 -soujirou-

 「俺を、驚かせる・・・・・?」
 まさか、自分の母親がそんなことを考えるなんて思ってもみなかった。

 てっきり、結婚もまだなのに妊娠したなんて体裁が悪いからと、牧野に口止めをしたのだと思ったのだ。
 そう思ったのは牧野も同じだったようで・・・・・。

 「そう、だったんですか・・・・・?あたし、てっきり・・・・・体裁が悪いんだろうって・・・・・・。だから・・・・・この時期に妊娠してしまったのはあたしの責任でもあるし、あたしは・・・・・まだ受け入れてもらってないんだと・・・・・」
 その言葉に、母親は苦笑して首を振った。
「そんな風に思わせてしまったのね。本当に悪いことをしたわ。私は・・・・・今までずっと西門の家を第一に考えていたわ。それが私の役目だと思っていましたし、生きがいでもあった。でもね・・・・・・総二郎さんが牧野さんをここへ連れてくるようになって・・・・・・考え方が少しずつ変わってきたの。もっと、外の世界へ目を向けるべきなんじゃないかって。それで改めてこの家の名前の重要さと・・・・・・それから今後のこの家に何が大事かってう事を知ったのよ」
 静かに話す母親の言葉を、俺と牧野は黙って聞いていた。
「ずっと、西門流を残していくことを考えていたの。だけど、重要なのは残すということだけじゃない。この世界を愛し、それから外の世界へも目を向けられる目こそが大事なのよ。そのためには・・・・牧野さん、あなたのような人こそが必要なんだってわかったの」
「お義母様・・・・・」
「だから、あなたが妊娠していると聞いて本当に嬉しかったのよ。体裁なんか、考えもしなかったわ」
 うふふ、と楽しそうに微笑む母親を、俺はなんとなく気が抜けたように見た。
「じゃあ・・・・・ただ、俺を驚かそうとしただけ?」
「ええ、それから親戚にもね。いろいろと牧野さんのことについて言って来る人たちもいるわ。その人たちの前で、堂々と牧野さんを紹介し、そしておめでたを発表してしまおうと思ったのよ。結婚式というおめでたい場で、他に来賓もいる。そこでもし気に入らなくてもおおっぴらに文句をいう人もいないだろうと思ったのよ」

 そこまで、考えもしなかった。

 西門流のためでもあり、牧野や俺のため、そして生まれてくる子のため・・・・・

 母親がそこまで考えていたんだと知って、俺は言葉が出てこなかった。

 「―――わかりました」
 牧野が、静に口を開いた。
「ごめんなさい、あたしそこまで考えてなくて・・・・・でもやっぱり、総二郎さんには知っていてもらったほうがいいですし・・・・・」
 そう言って俺を見上げるのに、俺も頷いた。
「ああ。そういうことなら、俺も協力する。このことは、式の当日まで誰にもいわねえよ」
 その言葉に、母親は満足そうに頷いたのだった。
「きっと、そう言ってくれると思っていたわ」
 なんとなく、母親の思い通りというのが気に入らないでもなかったが・・・・・

 それよりも、やっぱり嬉しさのほうが上回っていた・・・・・。


 「しかし、何でお袋に先に言うかな」
 2人きりで夜道を歩きながら、俺はやっぱり言わずにはいられなかった。
「だって・・・・・。あたしもてんぱってて。ちょうど西門さんいなかったし、お義母様の意見も聞きたかったの」
「まったく・・・・・。お前が、俺との結婚迷ってんのかと思ってすげえ焦ってたってのに」
 俺の言葉に、牧野が目を丸くする。
「ええ?そんなこと、あるはずないでしょ。そんな間際になって・・・・・。お義母様にまだ言っちゃいけないって言われて、あたしもいろいろ考えすぎちゃってたの。あんなふうに考えてくれてるって知らなかったから・・・・・。それでも何度か西門さんには言おうとしたんだけど、でも・・・・・結婚前に妊娠なんて、いくら西門さんでもやっぱり体裁気にしたりするかなって・・・・・。そう思うと、言えなかった」
「お前なー!何だよそれ!これから結婚するってのに、もう少し俺のこと信用しろよ!」
「だって!」
 とたんに、牧野が泣きそうな顔で俺を見上げてくるから、その表情にドキッとする。
「不安だったんだよ、これでも!お義母様にも認めてもらって、西門さんと結婚できるって決まったときは本当に嬉しくって・・・・・だけど、赤ちゃんが生まれてくることを喜んでもらえなかったらどうしようって!生むの反対されたらどうしようって!あたしは、西門さんの子だから生みたいって思うけど、西門さんの気持ちは違ったらどうしようって・・・・・・信用してないわけじゃないけど、それでもやっぱり・・・・・不安だったんだよ」
 
 牧野の大きな瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

 次々に零れ落ちる涙を見て。

 俺は堪らず牧野の体を引き寄せ、抱きしめた。

 「―――ごめん・・・・・。気付いてやれなくて・・・・・お前が、悩んでることはわかってたのに・・・・・・・」

 言葉にできなくて悩んでいた牧野の気持ちを、一番にわかってやらなくちゃいけなかったのに。

 結婚だとか、妊娠だとか。

 人生の中でそんな大事な時期に、こいつは1人で悩んでその小さな胸を痛めていたんだと思うと、たまらなくいとおしい気持ちになった。

 「俺が、反対なんかするわけない。驚きはしたけど・・・・・・すげえ嬉しいんだ、これでも。この気持ちをどう言ったらいいかわからないけど・・・・・でも嬉しいのは本当だ。だから・・・・・・隠し事はしないでくれ」
「ん・・・・・ごめん・・・・・」

 牧野の顎を上げさせ、その唇を塞ごうとしたとき―――

 「よお、仲直りしたのか?」

 突然の声に振り返れば、そこには車から顔を出してこっちを見ている司の姿が。
「司・・・・・お前、何してんの」
 俺の言葉に、司が肩をすくめる。
「仕事の都合で、またすぐにN.Yに戻らなきゃならなくなった。その前に・・・・ちゃんと結婚式ができんのかどうか確かめとこうと思ってよ。中止になるようなら、代わりに俺が花婿になるってのもありかと」
「バーカ、ふざけんなよ。お前なんかに代わりはできねえよ。こいつの隣にいていいのは俺だけ。式の日取りが決まったら招待状送ってやるから、おとなしく待ってろよ」
「そうするよ。ま、何かあったら俺だけじゃなくって類のやつだって黙ってねえと思うから、しっかり捕まえとけよ」
「余計なお世話。言われなくっても類にもお前にも譲るつもりはねえよ」
 その言葉に司はにやりと笑い、牧野に視線を移した。
 優しく、慈しむような視線だ。
「牧野、幸せになれよ。何かあったときには力になるやつがいるってこと、忘れんな」
「―――うん。ありがとう、道明寺」
 牧野の言葉に頷き、司が窓を閉めると車はすぐに発車し、そのまま見えなくなってしまった・・・・・。

 「あいつは、余計なときに出てきやがる」
 俺の言葉に、牧野がぷっと吹き出す。
「笑うなよ。言っとくけど、司にも類にもお前をやるつもりはねえからな」
「そっちこそ、何言ってるの。そんなことできないように、ちゃんと捕まえててくれるんでしょ?」
 いたずらな笑みを浮かべる牧野を、再び抱きしめ、キスをする。
「もちろん。ずっと離すつもりはねえよ」

 言葉がなくても、お互いの気持ちがわかるような、そんな関係でありたい。

 愛する存在を悲しませることがないように。
 
 ずっと傍にいられるように・・・・・・ 

 ずっとこの存在を抱きしめていられるように・・・・・。


                                fin.







お気に召しましたらクリックしていってくださいね♪