-tsukushi-
『終わったら電話するから、いつもの店で待ってて』
そう言われて、バイトが終わるといつも2人で行く喫茶店に入ったあたし。
窓から見える人の波をぼんやりと眺める。
―――今頃、静さんと会ってるんだよね・・・・・
気にならないわけ、なかった。
静さんは類にとって特別な人。
『特別は、牧野だけ』
そう言ってもらえて、嬉しいけれど・・・・・
ぼんやりしたまま、目の前のティーカップを持ち上げ口に運ぼうとしたその時―――
横を通り過ぎようとした人の体がトン、とあたしの腕に触れ、中の紅茶が零れてしまった。
「あっ」
淡いクリーム色のスカートに見る見るうちに紅茶が染みを作る。
―――げっ、これ買ったばっかりなのに・・・・・
「ああ、すいません」
その声に、思わずきっと攻めるような視線を向け・・・・・
相手が、ブロンドの端正な顔立ちをした外人だったことにぎょっとする。
「すいません、服―――汚してしまいましたね」
顔を見なければ、外人とは気づかないほど流暢な日本語。
背の高い、まるでフランス映画にでも出てきそうなきれいな男の人だった。
「申し訳ない。すぐに変わりの服を―――」
すまなそうにそう言う彼に、あたしは慌てて首を振った。
「あ、いえ、あたしもぼーっとしてたし・・・・・。気にしないでください。たいした服じゃないし・・・・・」
「でも、その格好じゃあせっかくのデートが台無しだ」
その言葉に、あたしは驚いて彼を見上げた。
にっこりと、きれいに微笑む。
「愛しい人を想っている顔をしてましたよ。とてもきれいで・・・・・思わず見惚れていました」
あまりにきれいな顔でそんなこと言うもんだから、あたしは顔が熱くなるのを感じて焦る。
「き、きれいじゃないですよ。あ、あの、本当に平気ですから―――」
慌てて手を振ると、彼はそのあたしの手をそっと掴んだ。
大きく、暖かいその手の感触にドキッとする。
「それでは僕の気が済まない。すぐそこに君に似合いそうな服を売っているお店があったから、少し付き合ってくれないか?」
「ええ?いや、本当にあたし―――」
慌てて断ろうとするあたしの手を、その彼は突然ぐいっと引っ張るとさっさと歩き出した。
「あの―――」
声をかけようとよってきたお店の人に、いつの間に出したのか千円札を数枚出して渡すと、
「彼女の分と、一緒に会計しておいてくれるかい?お釣りは取って置いてくれて構わないから」
「こ、困ります!あの―――」
店員の言葉を無視して、店を出るとそのままあたしの手を引きどんどん歩く。
「あの、ちょっと、待って!」
あたしはどうにか足を踏ん張り、その場に立ち止まった。
彼が振り向く。
「あの、困ります、本当に。知らない人にそんな―――」
「ああ、そうだね」
そう言うと、彼はにっこりと微笑んだ。
「僕の名前はアラン。今日フランスから着いたばかりでね。ここで君のようなかわいらしい人に出会えるとは思わなかった。僕はラッキーだったよ」
「ラッキーって・・・・」
「とにかく、すぐそこだから」
そう言ってまた、アランはあたしの手を引っ張って歩き出した。
「君のようなかわいらしい女性の服を汚して、そのままにしておくわけにはいかない。もし来てくれないなら、警察に自首するよ」
「自首!?」
「そう、女の子を傷つけてしまったってね。どう?大袈裟なことにはしたくないと思わない?」
あたしは、あんぐりとその口を開けた。
―――なんて人なのよ。
結局あたしは、アランに連れられ近くのブティックへ入る羽目になったのだった・・・・・。
-rui-
「ごめんなさいね、すっかり時間取っちゃって」
静が申し訳なさそうに言う。
「いいよ。両親と、ちゃんと話ができてよかったね」
「ええ、ありがとう。やっぱり類がいてくれてよかったわ」
そう言って静はにっこりと笑った。
「それで、その彼はいつこっちに?」
「ええ、あたしの乗ってきた次の便で来てるはずなのよ。ホテルについたら連絡してって言ってあるんだけど・・・・・」
そのとき、静の持っていた携帯が着信を告げた。
「あ、彼だわ」
静が、携帯を開いて耳に当てる。
俺はいないほうがいいかと、その場を離れようとしたけれど・・・・・
「―――類!ちょっと待って!」
その声に、足を止めて振り返る。
「なに?」
「これから彼に会いに行くんだけど、類も来て欲しいの」
「え・・・・・悪いけど俺、これから牧野と約束が―――」
その言葉に、静がにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ」
俺はその言葉に、首を傾げたのだった・・・・・。
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