***君だけに vol.2 〜類つく〜***



 もう行かなくちゃ。

 結婚式はもう始まってるだろう。

 司ももう着いてるかもしれない。

 そう思うのに、体が動かない。

 牧野も、俺の腕の中でじっとしていた・・・・・。

 「・・・・・いいの?そろそろ行かないと・・・・・。きっと司も来てる・・・・・」
 俺の言葉に、牧野の方がぴくりと震える。
「・・・・・わかってる。もう式、始まっちゃってるよね・・・・・。静さんに、謝らなくちゃ・・・・・」
「うん、俺も・・・・・」
 牧野がゆっくり俺から離れ、2人で立ち上がった。

 牧野は俯いていたが、少し微笑み、口を開いた。
「ごめん、泣いたりして・・・・・気にしないでね、ちょっと気持ちが高ぶっちゃっただけだから」
 そう言いながらも、俺のほうを見ようとしない。
「牧野」
 俺は、そのまま行こうとする牧野の手を掴んだ。
「どうして・・・・・俺の方を見ないの?」
「・・・・・別に・・・・・」
「こっち見て」
 ぐいと手を引っ張る。
「牧野」
 名前を呼ぶ声を少し強めると、漸くそろそろと顔を上げる牧野。
 俺を見つめる瞳は揺れていて・・・・・

 まるで牧野の心そのものを現しているように思えた。
「・・・・・そんな顔で、行くの?司が来てるかもしれないのに・・・・・」
「・・・・・大丈夫、教会につくまでに・・・・・顔、整えとくから・・・・・」
「牧野・・・・・。だったら、今言って。どうしてそんな顔してるのか」
「そんなの・・・・・言えない」
「どうして?」
「だって・・・・・」
 再び俯いてしまう牧野。

 俺は牧野の手を握ったまま、じっと牧野を見つめていた。

 「・・・・・お願い、見つめないで」
 消え入りそうな小さな声。
「どうして?」
「・・・・・類の顔が、真っ直ぐに見れない。あたし・・・・・このままじゃ・・・・・道明寺の前に行けない・・・・・」
「・・・・・どうして?」
 繰り返し聞くと、牧野は戸惑う素振りを見せながらも、口を開いた。
「類が・・・・・類が死んだらどうしようって・・・・・いなくなったらどうしようって・・・・・本当に怖くなったの。あたし・・・・・類と会えなくなることなんて考えられなかった。いつも傍にいてくれて・・・・・それが当然みたいに感じてて・・・・・違うのに・・・・・。類には類の人生があって・・・・・いつか結婚して、自分の家庭を築いていくのに・・・・・。それが当たり前のことなのに、あたし考えてなかった。考えたく・・・・・なかった・・・・・。それがどうしてなのか・・・・・ずっと考えずにいたのに・・・・・類がいなくなっちゃうかもって思った瞬間に・・・・・わかっちゃったの・・・・・」
 牧野の泣き濡れた瞳が俺を見上げる。
 俺は、黙って牧野を見つめていた。
「あたし・・・・・類が好きなの・・・・・」

 揺れる瞳に、俺が映っていた。

 俺は黙って、牧野を抱きしめた。

 「類と・・・・・離れるのはいや・・・・・ずっと・・・・・傍にいたい・・・・・」
 涙声で紡がれる言葉が、俺の胸に響く。
「じゃあ、傍にいて。ずっと俺の傍に・・・・・」
「でも・・・・・・」
「いやだよ、もう離さない。ずっと、好きだったんだ・・・・。漸く俺の方を見てくれたのに・・・・・。もう、手放すことなんて出来ない」
「類・・・・・」
「このまま・・・・・俺の傍にいて。司からも・・・・・どんなものからも守ってみせるから」

 そっと俺を見上げる牧野。
 俺は牧野の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
 牧野の、涙の味がした。
 
 何度もそのぬくもりを確かめるように、何度も口付けを交わしていた、そのとき。

 「お前ら、何やってる!!」
 鋭い怒声に、はっとして牧野が俺から離れる。
 俺はとっさに牧野を自分の背に隠した。

 「・・・・類、てめえ・・・・・どういうつもりだ」
 路地の入口で、こちらを睨みつけていたのは司だった。
「司・・・・・来てたの・・・・・」
「ああ、来てたさ。お前らがホテルにフィルムを取りに行ったきり戻らないって言うから、探しに来て見れば・・・・・牧野!説明しろよ!」
 牧野が、ビクリと体を震わせる。
「道明寺・・・・・ごめん・・・・・」
 牧野の震える声に、司の眉がぴくりと吊り上がる。
「ごめん・・・・・だって?それはどういう意味だ。まさかお前・・・・・類とできてるのか?」
「へんな言い方しないで!そんなんじゃないよ!」
「そんなんじゃない?じゃあ今のはなんだ!類と・・・・・キスしてたじゃねえか!」
「それは―――!」
 俺は、言葉を遮るように2人の間に立った。
「牧野は、悪くない。俺が・・・・・牧野を諦め切れなかったんだ」
「類・・・・・」
「ふざけんなよ・・・・・諦め切れなかったからキスしたって言うのか?牧野の気持ちを無視して!」
「道明寺、違うよ。類はあたしの気持ちを無視したりしない!あたしが、類のことを―――」
 牧野が俺の前に立ち、真っ直ぐに司を見つめた。
「あたしが・・・・・類のことを好きになったの。類がいない世界は・・・・・考えられないの・・・・・」
「牧野・・・・・類とは友達だろ?友達として、ずっと近くにいりゃあいい。何で今になって―――」
 司が牧野の肩を掴む。
「ダメなの・・・・・自分の気持ちに、気付いちゃったから・・・・・もう、嘘はつけない・・・・・・。道明寺のこと、本当に好きだった。でも・・・・・類が、好きなの・・・・・・離れたくないの・・・・・」

 牧野の瞳に、涙が光る。

 俺はそっと牧野に近づき、その手を握った・・・・・。








  

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