***君だけに vol.1 〜類つく〜***



 静の結婚式に招待され、総二郎、あきら、そして牧野とフランスへ来ていた。

 ほぼ日帰りの慌しいスケジュールの中、牧野は写真を撮るのに夢中だった。

 後もう少しで結婚式が始まろうというとき。
 フィルムを取りに戻ると言って駆け出した牧野のあとを、俺は少し遅れて追いかけた。
「待って、牧野、俺も行く」
 俺の言葉に、走りながら振り向く牧野。
「ええ?いいのに。静さん待たせちゃ悪いし、あたしだけなら・・・・・」
「牧野を1人にすると、何か面倒に巻き込まれそうだから、心配」
 俺の言葉に、牧野はうっと詰まる。
「ひどっ、人をトラブルメーカーみたいに!」
「まんま、牧野のことだと思うけど・・・・・」
「類!」
「急がなくていいの?」
「あ!」
 そしてまた、慌てて走り出す。

 そんな牧野の後姿を見て、俺はちょっと笑った。

 ―――いつになっても、牧野は変わらない。

 そんな牧野だから、俺は・・・・・

 ホテルに戻り、フィルムをバッグにしまいこむと再び教会へ向かって走り出す。
「なんか、同じような街角ばっかりで、迷いそう」
 きょろきょろと街中を見回す牧野の手を、そっと掴む。
 牧野が、微かに頬を染めて俺を見上げる。
「こっち。着いてきてよかった。1人だったら確実に迷子ってるんじゃない?」
「そ、そんなことないってば」
 必死に言い募る牧野に、思わず笑いが漏れる。
「良いから、早く行こう。式、始まっちゃうから」
「あ、そうだ!」
 途端に慌てだす。
 ほんと、牧野といると退屈しない・・・・・・。

 「・・・・・ここ通ったほうが近いかも」
 途中、細い路地を見つけてそこへ入る。
「な、なんか薄暗いとこだね。大丈夫?」
 不安げな牧野に、俺は振り返って笑顔を見せる。
「すぐ通り抜けるから。ほら、もうすぐそこ―――」
 そう言ってまた前を向いたときだった。

 ―――ドスンッ

 何かに思い切り体当たりされたような衝撃。

 「類!!」

 牧野の声が聞こえた。

 だけど目の前は真っ暗で・・・・・・

 意識を失う瞬間、牧野の笑顔が見えた気がした・・・・・。


 「類!類!!しっかりして!!」
 牧野の大声が耳元に響き、俺は目を覚ました。
「うるさ・・・・・牧野・・・・・」
「類!よかった!」
 ほっとしたような声。
 目を開けると、牧野が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
 うっすらと、涙が滲んでいるようにも見える。
「・・・・・牧野?一体・・・・・・」
「さっきの・・・・・通り魔だったみたい。ほら、日本のニュースでもやってたでしょ?フランスで出没してるって言ってた・・・・・・今、パトカーが来て連れてったとこ」
 牧野の言葉に、俺はがばっと起き上がる。
「牧野、怪我は?」
 思わず牧野の肩を掴む。
「あたしは平気。それより類のほうこそ、大丈夫?痛いところない?警察の人は、みぞおちを殴られて気絶してるだけ・・・・みたいなこと言ってたけど、あたし、フランス語なんてしゃべれないし、良くわからなくて・・・・・。病院、行った方が・・・・・」
 心配そうに俺を見つめる牧野に、俺はちょっと笑って見せた。
「いや、大丈夫。牧野が無事でよかった・・・・・。ごめん、こんなところ通った俺が悪い」
 俺の言葉に、牧野は首を振る。
「ううん。元はといえば、あたしが式の直前にフィルム取りに戻ったりするから・・・・・・」
「それにしても、どうやってそいつ捕まえたの?」
「捕まえたって言うか・・・・・類が殴られたの見て、頭に血が上っちゃって。バッグで思いっきり何度も殴ってやったら、伸びちゃったの」
 照れくさそうに頭をかきながら言う牧野。
 その光景が頭に浮かび、思わず噴出す。
「ぶっくく・・・・・・それ最高。見たかったな」
 その言葉に、牧野は顔を顰める。
「やめてよ、必死だったんだから・・・・・。類が・・・・・死んだらどうしようって」
「縁起でもないな。それより・・・・・本当だったら俺があんたを守らなくちゃいけないのに・・・・・。危ない目にあわせてごめん」
 俺の言葉に牧野は首を振り、俺のシャツをぎゅっと掴んだ。
 瞳には、今にも零れそうな涙が溜まっていた。
「牧野?どっか痛い?」
 ふるふると首を振った瞬間、牧野の瞳から涙が零れ落ちる。
「よかった・・・・・類が無事で・・・・・」
「牧野・・・・・」
 牧野の瞳から零れ落ちた涙が、俺のシャツを濡らした。
「類が死んだらどうしようって・・・・・類がいなくなったらどうしようって・・・・・。生きてて、よかった・・・・・」
 俺は、ぽろぽろと涙を流し始めた牧野の髪を撫で、その頭を引き寄せた。
「泣くなよ・・・・・。これから結婚式だってのに、そんな泣き顔で行くつもり?」
「・・・・・類が・・・・・いなくなるなんて・・・・・思ったことなかったから・・・・・。いなくなるって考えただけで、あたし・・・・・どうにかなりそうだった・・・・・」
 牧野の言葉に、俺は何も言うことが出来ず・・・・・ただそっと、その体を抱きしめた。

 僅かに身じろぎする牧野。
「ごめ・・・・・シャツ、汚れちゃう・・・・・」
「・・・・・構わない」

 ただ、抱きしめていたかった。

 俺のために涙を流す牧野が愛しくて。

 ずっと、このまま牧野を掴まえていられたらいいのにと。

 言葉に出来ない想いが、胸に溢れていた・・・・・・。








  

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