「映画を見に行こう」
フランス語の勉強のため、いつものように花沢類の家へ行くと、唐突に類がそう言った。
「映画?」
「うん。フランス映画だよ」
ああ―――勉強のためか。
これも授業の一環てことだよね。
何となくがっかりしたような気分になってしまった自分に驚く。
遊びに来てるんじゃないのに・・・。
気持ちを切り替えるようにぶるぶると首を振る。
見ていた類が、不思議そうに首を傾げる。
「何してんの」
「べ、別に、何でもないよ」
「そう?ならいいけど。じゃ、行こうか。もう車も用意できてるから」
「うん」
そうしてあたしたちは車に乗り込み、映画館へ向かった。
ついたのは、想像していたよりもこじんまりとした映画館で。
「あんまりメジャーな作品じゃないからね。たまたま、雑誌を見てたらここでこの映画がやってるって知って。小説では読んだことあるけど、なかなかいい話だったから、牧野にもどうかと思って」
「あたしに――――」
「うん。フランス語の小説じゃ、まだ読むのは難しいだろうけど、映画なら多少言葉がわからなくても見てれば大体の話はわかるでしょ」
本当は多少、どころではないんだけれど。
あたしのことを考えてくれた類の気持ちが嬉しくて。
少しでもフランス語を理解できるようになりたいと、集中しながら映画を見た。
もちろんわからない部分の方が多かったけれど―――
でも映像はきれいだし、大体の話の内容は理解することができた。
特に最後の主人公と恋人のキスシーンはとてもきれいで―――
思わず見惚れてしまっていた。
ふわりと、突然手が暖かいものに包まれる。
驚いて見ると、あたしの手を花沢類の手が包みこんでいた。
「花沢類、手―――」
「しっ。まだ終わってないよ」
マイナーなフランス映画なので、観客もあまりいなかったけれど・・・
それでも言われたとおり、あたしは口をつぐむ。
相変わらず手は花沢類に握られたまま。
なんだか手に汗をかいてしまいそうだ。
妙に緊張してしまって―――
くすりと、類が笑う気配。
「緊張してる?」
「だって―――手なんか握るから」
「見惚れてる牧野が可愛かったから」
「かわいくは、ないけど」
あんまりさらっと褒められると、どうしていいかわからない。
そういうのには慣れてない。
「かわいいよ、牧野は。俺が今まで会った女たちの中で一番・・・」
「そ、そんなわけないでしょ。静さんの方が―――」
「静のは、可愛いって言わない。それに―――やっぱり牧野の方が可愛い」
「やめてよ、なんか―――緊張する」
あたしの言葉に、類が噴き出す。
「そういうところが、可愛いんだよ」
「からかわないで」
「からかってない」
急に、声が真剣みを増して。
はっと気づくと、花沢類のきれいな顔が目の前に迫っていた。
「は、花沢類、映画―――」
「もう終わりだよ」
スクリーンには、エンドロールが流れ始めていた。
席を立つ人の姿もちらほら見えて―――
あたしは、誰かに見られたらと余計に焦ってしまって。
「お、終わったなら、もう出ようよ―――」
「そうだね」
言いながらも、席を立とうとしない類。
そのビー玉のような瞳で、あたしをじっと見つめてる。
それがあまりにもきれいで、あたしは身動きがとれなかった。
映画館の薄暗い闇の中。
まるであたしの時間だけ止まってしまったかのように―――
次の瞬間には、花沢類の唇が、あたしの唇を塞いでいた・・・・・。
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