ママと道明寺の父親の見合い話。
祖父母が知らないわけはなく。
どうして何も教えてくれなかったのだろうと、あたしは家に帰るとお婆様の部屋を訪ねた。
「どうぞ入ってちょうだい。お紅茶でも淹れましょうね」
「あ、あたしがやります」
「いいのよ、これでも昔から紅茶を入れるのは得意なの。座っててちょうだい」
優しく微笑み、紅茶を入れてくれる。
穏やかで、とても優しい人なのだ。
あたしはそんなお婆様が、とても好きなのだけれど―――
「―――楓さんに聞いたのね、千恵子と―――道明寺さんのこと」
あたしの前に紅茶を置いてくれたお婆様は、そう言いながら自分も椅子に腰かけた。
「はい。あの、ママはこのこと―――」
「覚えていないと思うわ」
そう言って、お婆様はふっと笑った。
「あの頃は、わたしたちは千恵子をこの家につなぎ止めておこうと必死だったの。すでにお付き合いしている人がいるのは知っていたから―――。大きな会社の子息との見合い話をこれでもかというほど持ってきてね。でもこちらが必死になればなるほど千恵子は頑なにそれを拒んで―――見合い写真など開きもしなかったわ」
「ママらしい」
「でしょう?だから、千恵子は道明寺さんとの見合い話なんてこれっぽっちも覚えていないのよ。でも、こちらは事情が違ってた。道明寺家とはそれほど親しくはなくて―――むしろライバル関係だったと言ってもいいわ。だから、最後まで道明寺家の子息との見合いなんて、考えてもいなかったのよ。だけど―――あるとき、あちらからぜひ千恵子と会いたいってお話があってね」
「道明寺の方から?」
「そうよ。千恵子はパーティーにもほとんど出たことがなかったから、その顔も知られていなかったはずなんだけれど、どういうわけかあちらのご子息がどうしても千恵子と会いたいんだと言ってきてね」
「それで―――」
「最初はね、主人もその話には乗り気じゃなくて―――だけど良く考えてみたら道明寺家と菅野家が一緒になったら、それこそ世界一をも狙えるほどの大企業になるわ。それでその話を進めようと、千恵子にも見合いを勧めて―――だけどやっぱりあの子の返事は変わらなかった。それどころか、わたしたちの話には耳も貸さず―――とうとう家を出ていってしまったわ。主人もわたしも、その時に目が覚めたのよ。会社のことばかり考えて―――千恵子の気持ちを考えようとしていなかったって。あの子がそれほどまでに思いつめていたことに、親であるわたしたちが気付かないなんて―――」
辛そうに眼を伏せるお婆様。
あたしは、思わずそのお婆様の手を両手で包み込んだ。
「―――ママは、両親に感謝してるって言ってました」
その言葉に、お婆様が驚いて顔を上げる。
「この家を出て、初めてお金の苦労というものを知って―――反省したって言ってました。それから感謝したって―――あたしが言うのもおかしいかもしれませんけど、ママもきっと、その時は子供だったんです。自分のことしか考えてなくて―――お婆様達に自分たちのことを理解してもらおうと努力する前に、家を出てしまったんだと思います。ママは意地っ張りだから―――きっと」
「つくし・・・・・あなたは優しい子ね」
ふわりと、お婆様が微笑んだ。
25年もの間、ずっと心を痛めていたに違いない。
優しい人だから・・・・・。
「―――あなたとあのF4と呼ばれる彼らのことを調べた時、こんな偶然があるものなのかと思ったわ。あの道明寺家の子が、あなたを好きだなんて―――どうしたものかと、考えていたの。自分の息子が好きになった女の子が、かつて自分との見合いを拒んだ女性の娘だと知ったら、どう思うだろうと・・・・・あいにく本人はずっとアメリカにいるということでその心理まで知ることはできない。だけど千恵子の時のこともあるし、あなたのことはあなたの決断に任せるべきなんじゃないかと、主人と話していたのよ。だから、もちろん道明寺さんと2人になる時間も作るつもりだった。他の3人と同じようにね。そうしなかったのは―――楓さんの気持ちを考えて、かしらね」
「道明寺の、母親・・・・・?」
「そうよ。25年前、千恵子との縁談が決裂し、道明寺さんは楓さんとお見合いをした。それでそのまま結婚したわけだけど―――あの夫婦の仲は、最初からビジネス上のものだけのようだと言われていたわ」
「ビジネス―――」
「道明寺さんは、ずっと千恵子のことを引きずっているようだと、噂に聞いていた。もちろん真相はわからないけれど―――でもその噂はおそらく楓さんも知っていたはず。たとえ結婚がビジネスだったとしても、女として―――そんな噂をたてられればそのプライドは傷ついたでしょう」
道明寺楓の顔を思い出す。
どこか思いを馳せるような目をしていた。
見たことのない表情。
あれは、昔を思い出していた・・・・・?
もしかして―――
「楓さんがあなたのことをどう思っているのか。今、菅野家の人間になったあなたのことを、どう考えているのか―――それを知るまではあまり余計なことはしない方がいいかもしれないと思ったの。そして今日のランチのお誘い―――。どうなるかと思っていたけれど・・・・・先ほど、楓さんから連絡があったのよ」
「え―――そうなんですか?」
「ええ。―――菅野家と、関わりを持つつもりはないとバッサリ切られたわ。もう道明寺は世界に進出していて、菅野家の力も必要ないと。他の3人と結婚しようがどうしようが興味はないと」
苦笑しながらも、それほど落ち込んだ様子のないお婆様。
きっと、そう言われることは予測していたんだろう。
「それで―――これからどうすれば?」
あたしの言葉に、お婆様は肩をすくめた。
「何もする必要はないわ。さっきも言ったけれど―――つくしの人生ですからね、結婚相手を誰にするか決めるのはつくし自身です。その相手がもし、道明寺司だとしたら―――その時は、わたしたちが全面的に協力しましょう。でもそれまでは、特に2人をとりもつようなことはしません。要するに、今までと変わらないということよ。他の3人同じ。ただ、彼にだけ個人教授することがないというのは―――それ以前の問題ね」
―――やっぱり・・・・・
道明寺家との過去。
あたしは会ったことがないけれど―――
道明寺の父親にとって、ママはどんな存在だったんだろう。
ママが覚えていないくらいなのだから、それほど関わりがあったようには思えないけれど―――
でも、少なくとも道明寺楓にとっては、菅野千恵子という女性は忘れられない存在なのだろう・・・・・。
「―――もしかしたら」
お婆様から聞いた話を、ママにしていた時。
ママが突然口を開いた。
「あのときの人が―――道明寺さんだったのかもしれないわ」
それは遠い昔。
ママが高校生だった頃の話だった・・・・・。
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