「菅野家の生活には慣れた?」
花沢類の部屋で、あたしはソファーに類と並んで座り、フランス語の本を開いていた。
今日は花沢類にフランス語を習う日だ。
「うーん、慣れたと言えば慣れたけど・・・・」
「慣れないと言えば慣れない?」
くすくすとおかしそうに笑う類。
あたしはちょっと頬を膨らませた。
「からかわないでよ。だって本当に初めてのことばっかりで―――そんなにすぐ慣れないよ」
「結構様になってる気もするけどな」
「まさか」
「マジで。牧野はいつも背筋伸ばして堂々としてるから、そう見えるのかな」
優しい笑みを浮かべながらそう言ってあたしを見つめる。
そんな風に見つめられると思わずドキドキしてしまう。
本当に・・・
心臓に悪い人たちなんだから。
「も、もう、しゃべってないでちゃんと教えてよ」
「はいはい。―――ところで、司には何を教えてもらうの」
「道明寺?あいつには別に何も―――」
「じゃああいつだけ個人レッスンなし?それじゃあ拗ねない?」
「だって―――じゃあ花沢類はあたしが道明寺に教わることってあると思う?」
あたしの言葉に花沢類はちょっと考え―――
「―――けんかとか?」
と言った・・・・・。
「―――もうこんな時間か。そろそろ迎えが来るころかな」
花沢類が部屋の時計を見上げる。
「あ、ほんと・・・。なんかあっという間。花沢類って、教え方うまいんだね」
あたしの言葉に、くすりと笑う。
「人に教えたことなんかないけど―――牧野が相手だと楽しいから」
「そ、そう?じゃ、また来週よろしくね」
そう言って立ち上がろうとして。
その手を掴まれ、くいっと引っ張られた拍子にバランスを崩し、花沢類の腕の中に倒れこんでしまう。
「な、何してんの!」
慌てて離れようとして。
そのまま抱きすくめられてしまう。
「は、花沢類、離して・・・」
「―――離れがたくなった」
「何言ってんの、もうすぐ迎えが―――」
「だから、あともう少し」
耳元に響く花沢類の甘い声に、胸の鼓動が速くなる。
こんな風に密着していると、その心臓の音まで聞こえそうで―――
「―――総二郎とあきらに、何もされなかった?」
「え―――」
「2人とも、手が早いから心配。2人きりでいて、何もされてない?」
「さ、されてない・・・・2人のところには、遊びに行ってるわけじゃないんだし―――」
「それでも、2人きりになれる絶好の機会だろ?牧野は無防備だから―――あんまり隙を見せないように」
「隙なんて―――」
そんなつもりはまるでないのだけれど。
でもここで、花沢類に抱きしめられてしまっているあたしは、やっぱり隙があるんだろうか?
それでも、花沢類を拒否することなんて、できなくて―――
『コンコン』
扉を叩く音にハッとして、あたしは慌てて花沢類から体を離した。
花沢類が、くすりと笑う。
『失礼いたします。牧野さまのお迎えがいらっしゃいました』
扉の外から聞こえてきた声に、類が立ち上がる。
「今行くよ。―――玄関まで送るよ」
「う、うん」
真っ赤になっているであろう顔を隠すようにあたしは類に背を向け、バッグと上着を手に取った。
玄関では石田が待っていた。
「―――じゃあ、また明日学校で」
類がそう言ってにっこりと微笑むのを、少し離れたところで見ていた花沢家の家政婦さんが驚いたように見つめていた。
「うん、また」
あたしもちょっと笑って手を振り、石田とともに花沢家を後にしたのだった・・・・・。
「―――花沢様は、伺っていた印象とだいぶ違うような気が」
駐車場までの道を歩きながら、石田がぽつりと言った。
「え?そう?どこが?」
「とても静かな方だと伺ってます。あまりご自分の話をなさらず、感情を表に出されないと―――。少なくとも、あの様な笑顔を見せられるような方とは思っておりませんでした。あちらの家政婦の方も驚いておられるようでしたし―――ひょっとして、あの様に笑われるのはつくしお嬢様に対してだけなのでしょうか?」
花沢類の笑顔。
そう言えば、知り合ったばかりのころは、あんな笑顔滅多に見せてくれなかった。
だから、たまに見せてくれる笑顔にすごくドキドキして、どこかに閉じ込めておきたいなんて気持ちになったっけ・・・・・
「―――よく、わからない・・・・・」
あたしの言葉に、石田はちらりとあたしの方を見て。
「失礼いたしました。立ち入ったことを―――」
そう言って、頭を下げたのだった・・・・・。
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