-soujirou-
類に連絡を取ると、家にいるから来てくれということだった。
リムジンに乗り、俺と牧野、それから親父は花沢邸へ向かった。
屋敷へ着くと、早速広間へ通される。
そこにいたのは、類と、類の父親だった。
「お久しぶりですね。類たちが、小学生のとき以来かな」 類の父親がそう言って微笑むと、親父も頷き、ちょっと笑った。 「懐かしいですね。お互い、年をとりましたね」 「ああ、子供たちが成長した分、それも仕方がない。総二郎君も立派になりましたな」 「いや、まだまだ・・・・・類くんこそ、堂々としたものだ」 親父たちの社交辞令のような会話を聞きながら、俺と類はちらりと目を見交わした。
「おじさん、すいません。突然押しかけて・・・・・」 俺が口を開くと、類の父親が俺のほうを見た。 「いや。類から大体の話を聞いているよ。牧野さん」 突然類の父親から名前を呼ばれ、牧野がビクリとしてその目を見開く。 「はい、あの―――」 「まずは、謝らせて欲しい。こちらが勝手に婚約の話を進めてしまい、申し訳なかったね」 「い、いえ、そんな。すいません、わたしこそ・・・・・。こんな、お2人を騙すようなことをしてしまって申し訳ありませんでした。」 深々と頭を下げる牧野。 そんな牧野の傍に来て、そっと肩に手を置く類。 「牧野、頭上げて。今回のこと、悪いのは俺だから、牧野が謝る必要なんかないんだよ」 「でも―――」 「いや、そのとおり。類から聞いたときは、驚いたが・・・・・これも、わたしたちが結婚を急ぎすぎて見合いを強行に進めようとしたことが原因だ。妻とも話したんだが・・・・・牧野さんには、本当にすまないことをしたと思っているよ」 類の父親が、頭を下げる。 これには牧野はもちろん、俺や親父も驚いてしまった。 おそらく類も、父親のそんな姿を見るのは初めてじゃないだろうか・・・・・。 「やめてください、そんな―――わたしはただ、類さんのお役に立てればと、そう思っただけなんです。その結果、お2人を騙すようなことになってしまって、本当に申し訳なくて―――」 類の父親が頭を上げ、牧野のことをじっと見つめた。 類とよく似たその眼差しで見つめられ、牧野の頬が微かに染まったのがわかる。 「あなたは―――本当にいいお嬢さんだ」 にっこりと微笑まれ、牧野が照れてうろたえる。 「そんなことは―――」 「今は、そちらの総二郎君とお付き合いしているそうだね」 ちらりとこちらに視線を送られ、類とよく似たその意味深な眼差しに、俺も一瞬緊張する。 「はい。今回のこと、僕も知っていましたので、彼女と一緒にお詫びにと思いました」 「いや、その必要はないよ。きみは類の親友でもある。親友に頼まれて無碍に断ることもできず、ずいぶん心配したんじゃないかね?」 ふっと、見透かしたような笑みを浮かべる。 「―――彼女のことも、類くんのことも、僕は信じてますから」 慎重に、言葉を選ぶ。 類の父親がただ穏やかなだけじゃないと言うことは昔から良く知っている。 仕事の面でも、また家族関係についても常に厳しかった人だ。 牧野のことを気に入っていると言うのが意外でもあったが、それだけに油断の出来ない相手、という気がした・・・・・。 「うれしいことを言ってくれるね。君のような男が類の親友で、わたしもうれしいよ。ところで・・・・・今回の婚約発表は見送ることにしたんだが」 その言葉に、牧野がほっと息をつく。 「ありがとうございます」 「ただ、類が君という女性にとても深い愛情を持っていることを考えると非常に残念でね・・・・・。きっといい夫婦になると思ったんだが」 類の父親の言葉に牧野は頬染め、困ったように類の方を見た。 類も困ったように溜息をつくと、父親の方を見た。 「父さん、それはさっきも言ったとおり―――」 「ああ、わかってるよ。だが、総二郎君ともまだ結婚すると決まったわけじゃない。以前からの関係を考えれば、今後また君たちの関係が変わる―――とも考えられないかね?」 思っても見なかった類の父親の言葉に、俺たちは驚いて声も出なかった。 「父さん!」 類が、険しい表情で父親を睨んだ。 「俺は、牧野が幸せでいてくれるならそれでいいんだ。今牧野は総二郎と付き合っていて、それで幸せなんだ。その幸せを邪魔するようなこと、いくら父さんでも許さないよ」 そんな類の険しい視線を穏やかに受け止め、肩を竦める。 「別にわたしは2人の仲を壊そうと思っているわけではない。ただ、先のことは誰にもわからない。今、2人でいることが幸せでも1年後、それが幸せとは限らない。そうじゃないかね?現に、牧野さんは高校生の時にはあの司君と付き合っていた。男と女の仲というのは予想できないものだ。だが、一生を共にできる相手というのはそうそういるものではない。わたしは―――牧野さんこそ、類の一生を共にできる女性だと思ったんだよ。だからこそ、先走って婚約発表しようなどということまで考えてしまった」 予想もしていなかった類の父親の話しに、牧野はどう答えたらいいのかわからない様子でその顔を眺めていた。 類も困ったように父親の表情を伺っている。 俺は、この場で言っていいものかどうか迷ったが――― ふと親父を見ると、俺の視線に気付き、ひょいと肩を竦めて見せた。 好きにしろ、とでも言うように・・・・・。
「おじさん、いいですか」 俺の声に、類の父親がその穏やかだが厳しい瞳を俺に向けた。 「なんだね?」 「確かにおじさんの言うとおり、先のことなんて誰にもわかりません。事実牧野が司や類と付き合ってきたのを俺はずっと見て来ました。俺の気持ちも、ずっと同じではなかった。単なる同じ学校に通う女の子が、いつの間にか友達になり、大切な仲間になり―――好きになってました。女性として・・・・・。その時はまだ類と付き合っていて、それでも諦めることができなくて・・・・・。漸く実らせることができた、大切な恋なんです。少なくとも、俺のこの気持ちが変わることはないと、俺は断言できます。牧野を幸せにするためなら、俺は何でも出来ます。牧野を幸せにすることで、俺も幸せになれる。だから・・・・・俺は、牧野と別れるつもりはありません。これからもずっと・・・・・」 「西門さん・・・・・」 俺は、牧野の瞳を見つめた。 「牧野・・・・・俺と、結婚して欲しい」
俺の言葉に、牧野の瞳が驚きに見開かれた・・・・・。
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