***火花 vol.10 〜総つく〜***


 -tsukushi-

 まさか、こんなところでプロポーズされるなんて。

 思ってもみなかった展開に、あたしは驚き、すぐには口を開くことができなかった。

 あたしを真っ直ぐに見つめる西門さんの瞳が、その想いが真剣であることをあたしに伝えていた。

 「―――花沢さん」
 それまで黙って成り行きを見守っていた西門さんのお父さんが口を開いた。
 その言葉に、類のお父さんがそちらに視線を向ける。
「なんでしょう?」
「親ばかと思われるでしょうが・・・・・わたしは息子と、それからこのかわいい息子の恋人のためなら、なんでもする覚悟でいます」
「それは素晴らしい。わたしも、もちろん同じ気持ちです。今までわが息子ながら、何を考えているのかわからないことが多かった。静さんとのことも恋愛とも言えない恋愛ごっこで幕を閉じた。もしかしたら、この子は本気で人を愛せないのではないかと―――。もしそうなら、そうさせてしまったのは、このわたし自身だと、そう思っていた」
 類のお父さんが静かに類を見つめ、それからあたしを見た。
「だが、このお嬢さんといる時の類は・・・・・確かに恋をしていると、そう思った。とても嬉しかったよ。君はすばらしいお嬢さんだ。君が類の傍にいてくれるなら。そう思って、結婚は早いかもしれないが、せめて婚約だけでも、と思った。まさか・・・・・あれが演技だったとはね」
 寂しそうに肩を落とす類のお父さんの姿を見て、あたしの胸がずきんと痛んだ。
「ごめんなさい、本当に・・・・・でも、あの時言ったことは嘘じゃありません。類さんには、とても感謝しているんです。言葉では言い表せないくらい・・・・・。類さんのことをなんと言ったらいいのか・・・・・友達とも、恋人ともいえない。だけど、かけがえのない人なんです。わたしにとって・・・・・」
「牧野・・・・・」
 類が、あたしを見て優しく微笑んだ。
「ありがとう。俺も、牧野にそう言ってもらえて嬉しかった。ほんと言うと、今回のこと頼んだのは、総二郎への仕返しの意味もあったんだ」
 そう言っていたずらな笑みを浮かべる類に、あたしは首を傾げる。
「仕返し?」
「うん。だって、悔しかったから。少し総二郎をひやひやさせてやりたかった。さすがに婚約まではやりすぎたって思ったけど・・・・・。でも、このまま2人が幸せになるのをただ見守るだけじゃ面白くないなって思ったんだ」
 類の言葉に、西門さんが顔を顰める。
「お前なあ、そんなことで―――」
「そんなこと、じゃないよ。俺にとっては。俺だって、簡単に牧野を諦めたわけじゃない。今だって牧野が好きだよ。だけど、牧野にとっての幸せは、総二郎といることだと思った。だから、応援したいと思った。その気持ちに、嘘はない。だけど総二郎に嫉妬する気持ちがなくなったわけじゃないからね。少し意地悪してやりたくなったって、仕方ないだろ?」
 類が穏やかに話すと、妙に説得力があるから不思議だ。
 西門さんは苦虫を噛み潰したような顔になり、見ていた西門さんのお父さんがふっと笑った。
「さすがだな。まあ、親友同士だからこそ、それでもうまくやっていけるんだろう。類くんのようないい男が本当に敵じゃなくて良かったな」
 それを聞いていた類のお父さんが、相変わらず笑みを浮かべながら口を開いた。
「まだ安心するのは早いですよ。類の気持ちは今聞いたとおりだし、わたしも―――牧野さんのようなお嫁さんだったら喜んで歓迎する。いつでも、結婚できる準備は整えておくよ」

 さすがの西門さんもその言葉に目を見開き―――

 西門さんのお父さんと、類のお父さんの間に、不思議な火花が飛散る。

 ―――えーと、これは・・・・・俗に言う嫁取り合戦・・・・・てやつ?ちょっと違う?

 まあどっちでもいいや。
 てか、あたしの気持ちもちゃんと考えてくれるんだよね・・・・・?

 「牧野」
 類があたしの髪を優しく撫でる。
「大丈夫。一番大事なのは、牧野の気持ちだから。それを無視して勝手に結婚の話を進めたりはしないよ」
「類・・・・・」
「当然だろ。てか、それ以前にもう勝負はついてるっつーの」
「それはどうかなあ」
「おい」
 2人の間で火花が散り始めるのを、あたしは間に挟まり、止めるべきかどうしようかと迷い・・・・

 ふと部屋の入口に目を向けると、そこにはいつの間に来たのか、類のお母さんと西門さんのお母さんが2人で部屋の中を覗き込み、楽しそうに笑いながらおしゃべりをしていたのだった・・・・・。


 
 「たく、えらい目にあった」
「でも、一応丸く収まった・・・・・んだよね?」
 類の家を出て、西門さんに家まで送ってもらいながら。
 そう言ったあたしを、ちらりと横目で見る西門さん。
「な、何?その目」
「・・・・・収まってねえぞ、まだ」
「え、なんで?」
 だって一応類のご両親にも納得してもらったし、喧嘩にもならずに済んだし・・・・・・

 そう思っていると、急に西門さんがぴたりと足を止めた。

 「つくし」

 突然名前を呼ばれ、ドキッとして立ち止まる。

 「・・・・・プロポーズの返事、まだ聞いてないぜ」
 頬に触れる、西門さんの掌の感触に胸が高鳴る。
「今日みたいのが、またそう何回もあったんじゃ、身がもたねえよ。ちゃんと・・・・・はっきりさせときたいんだ」
「西門さん・・・・・」
「それから、その呼び方も・・・・・。いい加減、名前で呼んで欲しいし」
「え・・・・・」
「類は呼び捨てで、俺は・・・・・・。回りが、お前と付き合ってんのは類だって思っても無理ないだろ、それじゃ」
「う・・・・・」
「さっき、あそこで言ったことは全部本当だから。俺の気持ちは、これからもずっと変わらない。だから・・・・・つくし。俺と、結婚して欲しい」

 気付いたら、涙が頬を伝っていた。

 今、この人を信じなくていつ信じるというのだろう。

 真っ直ぐにあたしを見つめる瞳は、どこまでも澄んでいて真実を映し出しているのに―――

 「はい・・・・・・」

 そう答えるだけで精一杯のあたしを、西門さんはふわりと、優しく抱きしめてくれた。

 「愛してる・・・・・・・つくし」

 「・・・・・あたしも、愛してるよ、総・・・・・・」

 この先も変わらない思いを、あたしはその腕の中で告げた・・・・・。


                                 fin.



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