-tsukushi-
「こ、婚約!?」 類の言葉に、あたしは思わず席を立ち、大きな声を上げてしまった。 「おい、どういうことだよ、それ」 西門さんもさすがに表情を険しくする。 「ごめん、親父が勝手に話進めちゃって」 類が珍しく困ったように髪をかきあげる。 「来月、大きなパーティーがあるんだけど」 「もしかして、あの合併の話か」 横で聞いていた美作さんが聞くと、類が頷いた。 「ああ。その発表会見の席で婚約発表したいって」 「待てよ、まさかそれ、承諾したんじゃねえだろうな」 西門さんの言葉に類は首を振った。 「まさか。最初から、結婚はまだ考えてないって言ってたんだから。でも、親父としては、婚約くらいしておいた方がいいと思ったらしくて」 「冗談じゃねえ。話が違うだろ?牧野を預けたのは見合いを断る為って言われたからだぜ。婚約なんて認めるわけにはいかねえ」 厳しい口調の西門さんに、類も困ったような顔をする。 「わかってるよ。なんとか説得してみるけど・・・・・母親もそうだけど、何故か親父が牧野のことえらく気にいっちゃって。芯のある、頭のいい女性だって言ってたよ」 「ええ?」 類の言葉にギョッとする。 何しろ道明寺の母親には最後まで嫌われていたから、F4の親というだけで、条件反射的に緊張してしまうのだ。 それがまさか、それほど気に入られることがあるなんて思いもしなかった・・・・・。
とにかくもう一度話をしてみる、と言って類は大学を後にした。
「しかしあの類の親父さんがね・・・・・大したもんだよ、牧野」 美作さんの言葉にあたしは顔をしかめた。 「やめてよ、感心してる場合じゃないんだから。まさかこんなことになるなんて・・・・・」 そのあたしの横で、西門さんが不機嫌そうに溜め息をついた。 「ったく・・・・・だから、最初から断っときゃよかったんだ」 「そんなこと言ったって・・・・・」 「大々的に婚約発表なんてことになったら、それこそ芝居だったなんて言い訳通らなくなるぞ」 西門さんの言葉に、あたしはギュッと拳を握りしめた。 「総二郎、今牧野を責めたって仕方ないだろう。牧野のせいじゃねえんだから、お前はとにかく牧野の傍にいてやれよ」 美作さんの言葉にも西門さんは溜息をつき、イライラと頭をかいた。
その姿に、あたしの胸が嫌な音を立てる。
あたしが、軽はずみにあんなことを引き受けなければ・・・・・
西門さんは、始めから反対していたのに。
このままじゃ、西門さんだけじゃなくって、類や類の両親も傷つけることになってしまう―――。
そう思うといても立ってもいられなくて、あたしは席を立った。 「牧野?どこ行くんだ?」 美作さんが声をかける。 「類の両親に、会ってくる」 あたしの言葉に、美作さんと西門さんがぎょっとして目を見開く。 「なに言ってんだよ、お前!」 そこを離れようとしたあたしの手を、西門さんが掴む。 「さっき、類が行ったばっかりだろ?今お前が行ってどうなるんだよ?」 「だって、あたしのせいで―――」 「牧野」 「あたし・・・・・類の両親を騙したんだよ。恋人の振りして―――」 「それは、類に頼まれたからだろ?」 「でも、騙してることに変わりない。あんなに・・・・・優しくしてもらったのに・・・・・・あたし、あの2人を傷つけちゃうんだよ」
類の両親に会って、謝りたかった。 ちゃんと会って、頭を下げなければいけないと、そう思った・・・・・。
「・・・・・わかった。俺も一緒に行く」 西門さんの言葉に、あたしは驚いてその顔を見上げた。 「西門さんが?」 「ああ。その前に―――お前に、付き合ってほしいところがある」 「え・・・・・?」
2人で大学を出て西門さんの車で向かった先は、とある料亭だった。
そこの女将らしき女性が出てきて、案内されるままに西門さんとともに中を進んでいく。
いったい何があるんだろう?
知らず、あたしは緊張していた。
「お連れ様をお連れいたしました」 1つの部屋の前で止まり、女将が中にそう声をかけると、襖を静かに開けた。 「あ―――」 思わず、声を上げる。 お膳の向こうに並んで座っていたのは、西門さんのご両親だったのだ―――。 「お袋が、昨日のお礼に牧野を招待したいって言ってたんだ」 西門さんの言葉に、西門さんのお母さんがにっこりと微笑む。 「ごめんなさいね、突然。あまりかしこまらないで、気楽にしてちょうだい」 「母さん、悪い。実はあんまりゆっくりしてられないんだ」 「まあ」 「総二郎、どういうことだ?」 西門さんのお父さんが口を開く。 あたしは、戸惑いながら西門さんを見上げた。 「これから、俺たち類の両親のところに行かなくちゃならないんだ」 西門さんの言葉に、ご両親は顔を見合わせる。 「花沢さんに?それはどうしてだ?」 「・・・・・父さんが、昨日類と一緒のところを見たって言っただろ?」 「ああ」 「昨日、牧野は類の両親と会ってたんだ」 西門さんの言葉に、座っていた2人は顔を見合わせたのだった・・・・・。
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