***火花 vol.6 〜総つく〜***


 -soujirou-

 牧野がお袋と一緒に現われた時には驚いたけれど。

 牧野に助けてもらったことですっかり牧野を気に入ってしまったお袋。

 それはそれで良かったんじゃないかと、俺はほっとしていた。

 ひとつ気になるのは、類と牧野が一緒にいたところを親父が見ていたということ。

 事情を話すべきかどうか・・・・・

 そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。

 牧野がびくりとするのを手で制し、扉を開けると、そこには当の親父が立っていた。
「すまない。ちょっと牧野さんと話がしたいんだが・・・・・」
「え、あたし、ですか・・・・・?」
「ああ。ちょっといいかな」
「あ、はい」
 戸惑いながらも牧野は頷いた。
「何の話?さっきのことだったら、後で俺が―――」
 そう言いかけると、親父は厳しい視線を俺に向けた。
「私は、牧野さんから話を聞きたいんだ」
 一瞬俺達の間に緊張が走る。
「あの、なんでしょうか」
 牧野が一歩前に出ると、親父が牧野の方を向いた。
「すまない。実は今日、ある場所で君を見かけてね」
「え・・・・・」
「花沢類くんと一緒だったようだね。聞けば、君は以前類くんと付き合っていたとか―――」
 その言葉に牧野の顔色がサッと変わった。
「あの、それは―――」
「ああ、勘違いしないでくれ」
 そう言って親父はちょっと手を振った。
「君が以前誰と付き合っていようとそんなことをとやかく言うつもりはない。そこまで私も石頭ではないつもりだよ。ただ、私も親として総二郎の相手のことは知っておきたいと思ってね」
 親父の言葉に、牧野はますます戸惑った表情を見せる。
「今日、どんな事情があって君が類くんと会っていたのかは分からないし、そんなことはどうでもいいんだ。ただ、類くんと君はとても信頼しあっているような―――お似合いのカップルに見えたんだがね。その辺のところはどうなんだい?」
 穏やかな笑顔を見せる親父。
 もちろんその笑顔が、見た目どおりのものじゃないってことは俺にはすぐわかるが・・・・・。
 牧野はちらりと俺のほうを見てから、また親父に向き直り、どう話そうか考えているように少しに間黙っていた。
「牧野、俺から話すから―――」
 俺の言葉に、牧野はちょっと笑って首を振った。
「ううん、大丈夫。聞かれたのはあたしだから。あたしから、話します」
「それはありがたいね」
「確かに―――あたしは花沢類と、付き合ってました。今は、とても信頼できる友達の1人です。花沢類も、そう思ってくれていると思ってます」
「単なる友達だと、そう言うのかい?」
「ただの友達―――とはちょっと違うかもしれません。あたしにとって、花沢類はとても大切な存在なんです。花沢類の代わりになる人はいない。きっと、一生彼との関係は変わらないと思います。少なくとも、あたしはそう思ってます」
「・・・・・なるほど。では総二郎は?君にとってどんな存在だい?」
 その言葉に、牧野はちらりと俺を見た。
 微かに頬が染まり、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「言いづらいようだったら、総二郎には外してもらうが」
「おい、俺の部屋だぜ」
「あ、大丈夫です、その―――ちょっと、恥ずかしいかなと思っただけで・・・・・」
 そう言って牧野は、ひとつ咳払いをした。
「西門さん―――総二郎さんは、あたしにとってとても大切な人です」
「確かさっき、類くんのことについても同じことを言っていたね」
「ええ。なんて言ったらいいか・・・・・花沢類を大切に思うのと、総二郎さんを大切に思うのとは少しちがくて・・・・・花沢類は、あたしの一部なんです。お互いに、一番分かり合える人だって、思ってます。それは男とか女とか、関係なく。ずっと一生変わらない関係だって思ってます。総二郎さんのことは・・・・・自分でも、時々持て余してしまうくらい、すごく、好きです」
 頬を染めながら、それでも懸命に紡がれる言葉に、俺は目を丸くした。
「時々、不安になることがあります。総二郎さんは、とても人気がありますし・・・・・わたしなんかが相手で、良いんだろうかって。あたしは、何も持ってません。特に総二郎さんにしてあげられることもなくて・・・・・だから、本当はつりあってないんじゃないかって、思うことがあります」
 牧野の言葉に、俺は驚いた。
 牧野が、そんなふうに思っていたなんて・・・・・
「それでも・・・・・あたしは、総二郎さんが好きです。他の人には渡したくないって・・・・・取られたくないって、思います。ずっと総二郎さんの傍にいられたらって、思ってます。うまく言えないけど・・・・・今、あたしから総二郎さんを切り離して考えることはできない・・・・・・離れることができない、そんな存在だと思ってます・・・・・」
 
 きっとこの場に親父がいなければ、俺は力いっぱい牧野を抱きしめていただろう。

 ずっと、俺のほうが牧野に夢中なんだと思っていた。

 牧野にとっては類はとても大切な存在で、もし俺と別れるようなことになったら、迷わず類のところへ戻ってしまうんじゃないかと、ずっと思っていた。

 そのことに、ずっと不安を覚えていた俺・・・・・

 だけどそれは、牧野も同じなんだと、初めて知った・・・・・

 「―――よくわかりました」
 親父が、じっと牧野を見つめて穏やかに微笑んだ。
「それを聞いて安心した。わたしは、総二郎が以前とはずいぶん変わったというのを感じていた。それはきっと君と付き合っているからなんだろうとは思っていたが・・・・・総二郎の一方的な思いなのかと、そう思ってしまったんだ。今日、君と類くんの姿を見て・・・・・。もしそうなら、男らしく身を引いた方がいいんじゃないかと、そう思ったものだからね。でも、今の君の言葉に嘘はないだろう。わたしも、いろんな人間を見てきているから、嘘をついている人間はすぐにわかる。君は・・・・・純粋な人なんだね」
 親父の言葉に、牧野の頬が真っ赤に染まる。
 親父に言われて、というのがいまいち気に入らないけれど・・・・・・
「もういいだろ?類は俺にとっても大事な親友だし、信頼もしてる。あんたが考えるような、どろどろした三角関係とかじゃねえから」
 俺の言葉に、親父はふっと笑い、肩をすくめた。
「わかった。邪魔者は退散するよ。牧野さん、家内を助けてくれて本当にありがとう。家内が今度ぜひ一緒に食事をしたいと言っていたから、そのときは招待を受けて欲しい。もちろんわたしもご一緒させてもらうよ」
「は、はい、あの、喜んで」
 ぴょこんと頭を下げる牧野を笑顔で見つめ、ちらりと俺に視線を送ってから、親父は部屋を出て行ったのだった・・・・・・。




  

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