***火花 vol.5 〜総つく〜***


 -tsukushi-

 「じゃあ、牧野、気をつけて」
 心配そうにあたしを見る類に、あたしはにっこりと笑って見せた。
「うん、ありがとう」
 それでも名残惜しそうにあたしを見て・・・・

 車の中にいた類のお母さんに促され、漸く車に乗り込む類。

 車の中からあたしに軽く頭を下げる類の両親に、あたしも慌てて深く頭を下げ・・・・・

 黒く光るリムジンが走り出し、やがて見えなくなるころに、漸くあたしは体の力を抜いたのだった・・・・・・。

 「超緊張した・・・・・。あ、そうだ、電話・・・・・」
 西門さんのことを思い出し、彼に電話しようとバッグから携帯を取り出そうとして―――

 「きゃああ―――!誰か!!」

 空気を切り裂くような女性の悲鳴に、あたしはびくっとして声のしたほうを見た。

 今あたしがいたフレンチレストランの少し先にある、これまたとても高級そうな料亭。
 その前に和服姿の女性がうずくまっていた。
 女性の前に止まっていたリムジンから、運転手らしき男性が慌てて飛び出してくるのが見えた。
 
 そして、こちらの方へ走ってくる若い男。
 その手には、その男には似つかわしくない、高級そうな女性もののハンドバッグが―――

 ―――ひったくりだ!

 気付いたときには、体が勝手に動いていた。

 横をすり抜けていこうとする男に、思い切り体当たりをする。
「うわあ!」
 叫び声とともに倒れる男。
 その手からバッグが放り出され―――
「くそっ」
 慌てて起き上がる男。
 男と一緒に倒れていたあたしも、慌てて起き上がろうとして―――
 足首に、鋭い痛みが走り顔を顰める。
 
 男はまた、飛ばされたバッグを拾い逃げようとしていて―――

 とっさのことだった。

 考える間もなく、あたしは自分が履いていたパンプスを脱ぐと、その男めがけて思い切り投げつけたのだった―――。



 「本当に、助かりましたわ。あのバッグの中には、大切なものが入っていたの」
 深々と頭を下げられ、あたしは慌てて手を振る。
「そんな、頭なんて下げないでください。あたしはただ、体が勝手に動いてしまっただけで・・・・・偶然ですから」
 和服姿のその女性が顔を上げる。

 本当に驚いた。

 もう周りは暗くなっていて、始めは気づかなかったのだ。

 運転手に助け起こされ、あたしの元へ駆けつけたその女性は・・・・・
「さあ、車にお乗りになって。急いで足の手当てをしなければ・・・・・。牧野さんに怪我をさせたなんて言ったら、総二郎さんに怒られてしまうわ」

 そう、ひったくりにあった和服の女性は、西門さんのお母さんだったのだ。

 あたしの投げつけたパンプスは見事引ったくりの男の頭に命中。
 男はそのままあっけなく伸びてしまい、駆けつけた警察によって連行されたのだった。

 足首を捻ってしまったあたしは、西門家の運転手の方に肩を貸してもらい漸く立ち上がり、西門さんのお母さんに頭を下げられていた・・・・・というわけだ。

 「あの、本当に大丈夫なので・・・・・」
 リムジンに乗るよう勧められたあたしだったが、突然あたしがお母さんと一緒に現われたら、きっと西門さんもびっくりするだろうと思って遠慮したのだけれど―――
「そんな、このまま帰らせるわけにはいきません。総二郎さんの大切な人ですもの。それに、わたくしにとっても大事な恩人ですわ。さあどうぞ、ご遠慮なさらずに」
 そう言って、半ば強引に車に押し込まれたあたし。

 そして西門さんのお母さんも後から乗り込み、車は出発したのだった・・・・・。


 「あら、珍しい。あなたも帰ってらしたの」
 西門邸に着き、客室へと続く廊下で西門さんのお父さんを見た西門さんのお母さんが驚いて声を上げた。
「お前こそ―――」
「牧野!?」
 お父さんがあたしを見て目を丸くしたのと同時に、お父さんの後ろにいた西門さんが声を上げた。
「何でお前が?」
「まあ総二郎さん、お前だなんて・・・・・!牧野さんは足を怪我してらっしゃるのよ、急いで手当てしないと」
「怪我?」
 西門さんの表情が変わる。
「あの、たいしたことないの。ちょっと捻っただけで・・・・・」
「・・・・・どういうことか、説明してもらえるか?」
 お父さんが、お母さんに向かって言うと、お母さんは静かに微笑んだ。
「わたくしを、助けてくださったのよ、このお嬢さんは」
 その言葉に、西門さんとお父さんは顔を見合わせたのだった・・・・・。


 「まったく、相変わらずお前ってやつは無茶ばっかりして」
 おでこをピンと弾かれ、あたしは痛さに顔を顰めた。

 あたしと西門さんは、あたしの足の手当てをしたあと、西門さんの部屋に来ていた。
 もう遅いからと帰ろうとしたのを、西門さんが強引に止めたのだ。
 帰りは送るから、と。
 言い方こそ穏やかだったけれど、そこには有無を言わせぬ迫力があって・・・・・
 あたしは、黙って言うことを聞くしかなかった。

 「いったい!やめてよ、痕になっちゃう」
「しかし・・・・・お前が、お袋を助けるなんてな」
「あたしもびっくりした。まさかあんなところで西門さんのお母さんに会うとは思わなかった」
「・・・・・類に送ってもらうのかと思ってた」
 西門さんの繊細な掌が、あたしの頬に触れた。
「類もそのつもりだったみたいだけど、お仕事みたいで・・・・・でもいいの。緊張しちゃって・・・・・漸く今日、ほっとできたみたい、今」
 あたしの言葉に、西門さんは小さく笑い・・・・・
 そっと、あたしの唇に口付けた・・・・・。





  

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