-tsukushi-
―――こんなに緊張しながら食事をしたのは初めてかもしれない。
足を踏み入れたことのない、超高級フレンチレストラン。
そこの個室で、あたしと類は、類の両親と食事をしていた。
時折類のお母さんが笑顔で声をかけてくれるけれど、それ以外は静かなもので・・・・・類と類のお父さんは向かい合って座ってるにもかかわらず、目も合わせない。 仲が悪い、というわけではないようだけど・・・・・。 たぶん、2人の性格なのだろう、と思えた。 ただ、いつもテレビをつけてわいわい話しながら食事をするのが常だったあたしにとって、この静けさはとても居心地が悪くて・・・・・。
「牧野さんが、困ってるわ。あなたたち、親子なんだから少しおしゃべりくらいしたらどうなの?」 にっこりと、穏やかに微笑む類のお母さん。 なんとなく人を安心させるような笑顔が、類に似ている、と思った。 「―――そんなの、いつも話してないのに何話せばいいんだか」 類が肩を竦めると、類のお父さんがちらりとあたしを見た。 その様子に、やっぱり類と重なるとこを見つけ、なんだかどきどきしていた。 「我が子ながら、ずいぶんぶっきらぼうなやつだと思うんだが・・・・・君は、類のどこにそんなに惹かれたんだい?」 「え・・・・・」 「君はとてもしっかりした女性のようだ。類の見た目にだけ惹かれたとは思えない」 「あなた・・・・・」 「ぜひ、聞かせて欲しい。君の気持ちを」 真っ直ぐに、あたしを見つめる瞳。 その瞳は、やはり類にどこか似ていて・・・・・ あたしは、目を逸らすことができなかった。
「わたしは・・・・・類さんに、とても感謝しているんです」 あたしの言葉に、類があたしの方を見た。 「いろいろなことがあって、とても辛いときもありました。でもそのどんなときにも、類さんはあたしの傍にいてくれました。あたしは類さんの傍にいるだけで、安心できた。いつでも傍にいて・・・・・1人じゃないんだってこと、教えてくれる人です。だから、あたしも類さんのために何か出来るなら、喜んでそれをしたいって思ってます」 「―――それは、結婚でも、ということかい?」 類のおとうさんの言葉に、あたしは目を見開いた。 「類は、君のことを真剣に愛している。いずれは結婚を、と思っているだろう。君はそこまで考えているかい?」 「あの、あたしは・・・・・」 その時、類が口を開いた。 「牧野を困らせるようなこと、言わないでよ。まだ俺たちはそういうこと話し合ってないんだ。学生のうちは、そういうこと考えないで楽しめればいい。結婚についてはそのうち考えるから」 類の言葉に、類のお父さんは肩をすくめ、苦笑した。 「―――分かった。悪かったね、牧野さん。老婆心で……つい、結婚と直結して考えてしまうんだよ。今の話は忘れてくれ」 「あ・・・・・はい」 あたしはそっと安堵の息を吐き出し、類のほうを見た。 類が、あたしに笑顔を向けてくれる。 ちょっとからかうような、安心させてくれるような、そんな笑顔だ。 そんな類にあたしも笑顔で返した時―――
『Prrrrrrrr……』
突然なりだした携帯の着信音に、その場の空気が一瞬止まる。 「ああ、すまない、私だ」 そう言って類のお父さんは席を立ち、胸ポケットから携帯を取り出しながら、個室の扉を開けた。
お父さんが出ていくと、あたしは思わず息を吐き出してしまった。 それを見て、類と、類のお母さんがくすりと笑う。 そのタイミングが、本当にそっくりで2人が親子なんだということに改めて気付かされた感じだった。 「ごめん、牧野。気を遣わせて」 類の言葉に、あたしは慌てて首を振った。 「ううん、そんなこと。ちょっと緊張してしまって・・・・・」 「かわいらしい方ね。とても素直で・・・・・なんだか久しぶりに楽しい食事ができた気分よ」 そう言ってにっこりとほほ笑んでくれた類のお母さんに――― あたしの胸が、ずきりと痛んだ。 頼まれたとは言っても、あたしは、この優しい人をだましているんだ。 そう思うと―――
その時、個室の扉が開き、類のお父さんが戻ってきた。 「すまない、実は急な用事が入ってしまって・・・・・すぐに失礼しなくてはならない」 その言葉に、類のお母さんが顔を顰める。 「まあ、あなた・・・・・せっかく牧野さんと食事をしているのに―――」 「あ、あの、私なら大丈夫ですから、どうぞ―――」 あたしが手を振って言うと、類のお父さんがあたしを見て頭を下げた。 「本当にすまない。この埋め合わせは必ず―――」 「そんな、気にしないでください。こんな素敵なレストランに連れてきていただいて、それだけでとても感謝してるんです」 あたしの言葉に、類のお父さんがふっと笑った。 思わずドキッとしてしまうほど、やさしい笑みだった。 「ありがとう。あなたは、やさしいお嬢さんだ。またぜひ、お会いしたいな」 その言葉に、またあたしの胸がずきりと痛む。 「それで、すまないんだが、類にも一緒に行ってほしいんだが」 「俺?」 類が、目を瞬かせる。 「ああ、先方の希望で、ぜひお前も一緒に、とのことだ。顔見せ程度だが、大事な取引相手だ。断ることはできない」 「またそんな勝手な・・・・・牧野をここに1人で置いてけって言うの?」 「あ、あたしなら平気だから」 「けど・・・・・」 「車を1台呼んで、牧野さんを送らせよう」 類のお父さんの言葉に、あたしは慌てて首を振る。 「そんな、大丈夫です、わたし。ここからなら電車で帰れますし―――」 「いや、しかし―――」 「本当に、大丈夫です。緊張してしまうので・・・・・どうかもう、気を使わないでください」 そんなあたしをちらりと横目で見て、類が口を開いた。 「牧野がそう言うなら、そうするよ。ここは駅からも近いし、危ないことはないだろうし。ただ、気をつけて。タクシー呼んでもいいし」 類の言葉に、ほっと息をつく。 「うん、ありがとう」 類の両親は顔を見合わせると、ちょっと息をついた。 「わかった。君たちがそう言うなら・・・・・。だが、女性の1人歩きは危ない。くれぐれも、気をつけてくれよ」 「はい、ありがとうございます」 そう言って、あたしは類の両親に頭を下げたのだった・・・・・。
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