***火花 vol.2 〜総つく〜***


 -tsukushi-

 アパートまで迎えに来てくれた類の車に乗る。
 演技とはいえ、類の恋人として両親に挨拶しなくてはいけないという大仕事に、嫌でも緊張が高まる。
「そんなに緊張するなよ」
 くすりと類が笑うのを、恨めしそうに見る。
「そんなの、無理。類の両親に会うのだって初めてだし・・・・・。ねえ、あたしの格好変じゃない?」
 シンプルな紺のワンピース姿の自分を見下ろす。
 類がちらりとあたしの全身に目を走らせる。
「変ではないよ。地味だけど・・・・・」
「だって、このくらいしかまともなのって持ってない。変じゃないなら、いいかな」
 ほっと息をつくと、類はちょっと考えるようにう〜んと唸り・・・・・
「ちょっと、寄っていこうか」
「え?どこに?」
 不思議に思って聞くと、類はそれには答えず、急にハンドルを切ってぐるりと車をUターンさせた。
 突然のことに体を持っていかれるような感覚になり、あたしは目を白黒させる。
「うわあっ、何するの!」
「シートベルト、したほうがいいよ」
「早く言って!てか、どこ行くのよ?」
「ブティック」
「はあ!?」
 にこりと微笑む類。
 そうして呆気にとられるあたしをよそに、車はすごいスピードで、青山へと向かっていたのだった・・・・・。


 「―――信じらんない」
 鏡の前で、あたしは溜息とともに呟いた。
「似合ってるよ。これにしよう。あと、これに合うアクセサリーと靴をつけて」
「かしこまりました」
 ブティックの従業員が頭を下げ、その場を離れる。
 あたしは、もう一度鏡に映った自分を見た。

 薄いクリームイエローのさらりとしたシルクのワンピース。
 胸の下にアクセントになる黒い幅広のベルト。
 ふわりと広がった膝丈の裾からは品のいいレースが覗いていた。
 
 さすがと言うか、着るものが違うだけであたしでもお嬢様に見えるから不思議だ。
「かわいいよ」
 隣でにっこりと微笑む類にはっとする。
「ね、ねえ、これ―――」
「プレゼント」
 類の言葉に、さすがに慌てる。
「そんな!貰えないよこんな高い服!」
「でも、さっきの紺のやつよりずっと牧野に似合ってるよ」
「そういう問題じゃなくて!」
「いいじゃん。俺の両親に会ってもらうんだから、そのくらいさせてよ。自分のためじゃなくて、俺のためって思ってくれればいい」
 その言葉に、ぐっと詰まる。
 
 類の為。

 そう言われてしまえば、断れなくなるとわかってて言ってるんだから・・・・・
 
 お手上げ、と溜め息をつけば、類がくすくすと笑う。

 「今日だけは俺の恋人なんだから、よろしくね、つくし」
 あたしの名前を呼ぶ声に、なんとなく甘さを感じてドキッとしてしまう。
「わ、わかってる」
 そう言って、目を逸らすのが精一杯。
 ビー玉のような瞳で見つめられると、落ち着かない気分になってしまう。
 何も後ろめたいことはないはずなのに、この場に西門さんがいなくて良かったと、ほっとしている自分がいた・・・・・。


 店を出たところで、類がちらりと時計を見る。
「ちょっとギリギリ。急がないと」
 その言葉に、ぎくりとする。
「ねえ、安全運転してよ?」
「もちろん。俺の運転はいつだって安全だよ?」
 しれっと言われた言葉に、思わずぞっとする。
「あたし、まだ死にたくないし」
「何言ってんの。いいから早く乗れよ」
 促され、助手席に乗り込む。
 シートベルトを締めた瞬間、ぐんと勢いよく発射する車。
 思わず十字を切りたくなったことは、類にはないしょだけれど・・・・・。


 そのあたしたちの姿を、通りの向こうからじっと見つめている人物がいた。
「あれは確か・・・・・」
 眉間に皺を寄せ、記憶を手繰り寄せるようにじっと考え込む。
「どうかされましたか?」
 運転手の声に、ゆっくりと首を振る。
「いや・・・・・。良いんだ。行ってくれ」
 その言葉に、運転手が車をゆっくりと発進させたのだった・・・・・。


 「こちらが、牧野つくしさん。今、彼女と付き合ってる」
 類があたしの肩を抱いて言う。
「お話は伺ってます。あなたのような方が類の相手というのが意外ですが」
 厳格そうな類の父親がつくしをじっと見つめる。
 厳しく、一部の隙も見逃さないようなその視線に、つくしは小さく体を震わせた。
「彼女が、どんな人物だろうとそんなことはどうでもいいでしょう。とにかく、今俺は彼女と付き合っていて結婚なんてするつもりはないから」
 父親の目を真っ直ぐに見ながらそう告げる類。
 2人の間に、緊張が走る。
「わたしは素敵なお嬢さんだと思うわ」
 ふわりと、まるで緩やかな風のようにそう言ったのは類の母親だ。
 穏やかに微笑むその雰囲気は、類にとても似ていると思った。
「類は、そのお嬢さんと結婚したいと思っているの?」
 母親の言葉に、類はちらりとあたしを見て肩をすくめる。
「今はまだ、結婚は考えていません。はっきりと言えるのは、俺は彼女以外の女性と付き合うつもりも、結婚するつもりもないということです」
 そうはっきりと言い切った類を、少し驚いたように類の両親は見て、目を見交わしたのだった・・・・・。





  

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